#241:唯一無二でなきにしも、あらざりにけり
その後の事は、あまりにもばたばたしていて、正確には覚えていない。首謀者を屠った我々は、アオナギの「ずらかるぞ」の合図で、一斉に地上へ向けての逃走を開始したわけで。
ミズマイ一派の残党の手から逃れるためだった。照明を落としたり、ミコトさんをまた絶唱させたりで、力の限り攪乱してくださった実況少女の皆さんや、僕らに賛同してくれた黒服の方たちのおかげで、僕らは早々に、地上への階段を登り切ったのであった。後は出口を目指すのみ。
「しっかし、本当にミズマイをやっちまうとはな。久しぶりに腹の底から笑えたぜ。少年、やっぱ持ってる奴ぁ、違うわ」
先陣切って突っ走るアオナギが、肩越しに、ちらと僕の顔を見て、そんな事を言ってくる。決勝は徹頭徹尾、傍観者だったけど、色々と逃げる算段を手配してくれていたそうだ。
「……」
その横を走るカワミナミさんは無言のままだったけど、その両肩は、走る挙動とは別に、小刻みに上下していた。笑ってるのかな? 僕も何だか笑いたい気分だけど。
「……ほんとによぉ、お前さんは、凄い奴よぉ。やっぱり、舞い降りた天使だったのかもしれねえ」
丸男は例の「ローラーヒーロー」の操り方を完璧にマスターしたのか、大した力も使ってなさそうに、腕組みの素立ちのまま、滑走している。頭には阿修羅像くんのご尊顔が乗っかったままだけど。
「当ったり前じゃなぁい……ムロっちゃんは、私らダメ人間たちひとりひとりに、笑いやら、涙やら、そして痛みやら……色々もたらしにやって来て、それで全てを巻き込んでぶっ壊して、拡散させて、ぶっ飛ばしちゃう、破壊と殺戮の天使だものぉ」
ジョリーさんも僕の背後からそう言うけど、いやそれは言い過ぎでは?
「……あれ? でも私の所には、違うものをもたらしに来たけど……あれ? これはなぁに? 何なの? ねえ、何なのって言ってるでしょ?」
すぐ隣まで追いついてきたサエさんが、小首を傾げてわざとらしい口調で聞いてくるけど!! 何かテンション上がってません? わかりましたよ。言やいいんでしょ、言やあ。
「愛ですっ!! 愛なんやでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
恥ずかしい言葉を吐きつつ、僕はいたたまれずに加速する。息が上がりそうになる頃、ようやく出口が近づいてきた。そして、
「少年!! お前さんの取り分だ。諸々色つけて200万!! 決勝の対局料がもらえりゃあ、この倍くらいいったろーが、まあそれはそれ。せいぜい、こいつを『世界一周旅行』の足しにでもしてくれや」
言いつつ、ぽん、と放り投げられた封筒には、アオナギが言った通りの二つの束が入っていた。僕が欲しかったものだ。でも僕はもう知っている。本当に欲しかったものが何だったのかを。
「……もう会う事もねえだろうが、少年、達者でな」
アオナギが振り向き、にやりとした顔を、僕はもう直視出来ない。
「お前さんはよう!! 何であれ世界で戦える逸材よぉ、だから自信持ってなぁ。あ、それと変わった塩を見つけたら送ってくんない」
いいですよ、ヒマラヤのでも、アンデスのでも。僕はメイド服の袖を汚したくないから、顔も拭えないまま、下を向いて丸男から顔を逸らしながら、何度も頷く。
「……アタイは待ってるわよぉん、優秀な助手くぅん。いつでもいらっしゃいな。死ぬまでこの仕事は続けるつもりだからねぇん」
ジョリーさん。いつか、僕もこんなメイド服を作ってみたいです。そう伝えたかったけど、もうまともな声は出そうもなかった。唸り声と、不規則な呼吸音しか出せなくなっている僕の背中を、サエさんが優しく抱きしめてくれる。
「……タクシーは入り口に手配してある。永佐久、ムロトを頼んだ」
カワミナミさんがそう言いつつ、建物の入り口の扉を開いて僕らを手招きする。
「……少年、また会おう」
カワミナミさんが差し出した拳に、震える拳を何とか合わせると、僕はサエさんに抱えられるようにして会場を後にし、よろめくように危なっかしい足取りのまま歩き続け、その前の道に停まっていた黒塗りの車の後部座席に押し込まれた。
みんなの姿はもう見えない。僕は隣に乗り込んだサエさんと両手を握り合いながら、今までの諸々を思い出しつつも、強烈な疲労によって、すとんと眠りへと引き込まれていったわけで。
……こうしてアオナギとの出会いから始まったダメにまつわる諸々の事は終わりを告げた。
このたった十日あまりの出来事が、おそらく僕の人生を大幅に変えてしまったのだと、後にしてみればそう思う。
そして今でもふと思い返して、少し笑ってしまうんだ。
閉じ切ろうとしていた僕の目に、様々な、色とりどりの世界を映し出して、見開かせてくれた、
ダメ人間コンテストという、得体の知れない、化物のような祭典を。
飛天・絶・天弄最終章:ダメの光はすべてダメ 完
※次回、エピローグをお送りします。
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