#216:時期尚早な(あるいは、フライング・クリーマン)

 インから順に、丸男―カワミナミさん―僕-アヤさん―アオナギ―コニーさんと並んでスタートライン上。既に「用意」までスタート合図が進んでいる。


 「スタート」の合図がどういうものかは分からないけど(説明も例のごとくなかったけど)、次来た何かで、僕らは飛び出していかなければならない。緊張からなのか、多分に間を測っているのか、ものすごく「ため」があるように感じられるこの時空間。息が……詰まる。


「……」


 迷った挙句、僕は陸上短距離のクラウチングスタートのような体勢でスタートを待つことにしていた。片膝を立てて腰を下ろし、両手を、膝を立てた方の爪先の真横くらいに肩幅ほど開いて、地面(アクリル足場)に付ける。指を隣の人に轢かれるとやなので、拳を握って相撲の立ち合いのように。その状態から軽く腰を浮かせて空中で止めている。


 素人の僕にはかなり無理ある姿勢だったと後悔するが、時すでに遅し。そして、もっとどでかい後悔がこの後待ち受けているとは、この時の僕には想像もつかなかった、と言ったらまあ嘘になるけど。とかくあらゆる想定外の事が起こりうるこの球場では、先に立たなくても、後悔自体をしている余裕も間もないわけで。


「……」


 そして今回の僕の失策は、履いているこの『ロケティック=ローラーヒーロー』なる、自走式車輪靴が、スタート合図が為されるまでは、その動力が作動しないように設定されていたということ、プラス、僕の勢い込んだこのスタート姿勢が、動力スイッチたる爪先下部の「アクセル」をベタ踏みよろしく、最大限まで押し込んでいる体勢であったこと。この二つから導き出される答えはひとつ……っ!!


「……スタートなんだからねっ!!」


 スタートライン横から、サエさんの号令が聞こえ、素早く立ち上がろうとした、その瞬間だった。


「フオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!?」


 思わず漏れ出る驚愕の叫び声。僕だった。僕の体は中腰で地面に両拳をつけたままという珍妙な姿勢のまま、前方へと推定時速30キロで滑走をおっぱじめていたわけで。あ、アクセル全開、勝手にぃぃぃぃぃぃぃっ!! 凄まじい勢いで周りの風景が流れていく。やばいやばい止めないと!!


「……!!」


 しかし、体のバランスを取ることに精一杯で、そして中腰の前傾という、およそ踵に体重をかけるということが最も困難と思われる姿勢のため、僕の疾走は止まらない。


 下から照射されている赤・青・黄色の極太レーザービーム達が、僕の視界を邪魔してくるものの、そしてそのうちのいくつかに体を突っ込みながらも、僕は左方向への「カーブ」が迫ってきていることを悟る。


 あかぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!

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