#177:非公式な(あるいは、響け!ハカゼイニアム)

 

 響くアカペラに、会場中の人間が言葉を、動きを忘れて聞き入っていた。全身を、魂を揺さぶられるかのようなその歌声は、やはり凄まじかったわけで。


「……」


 しかし先ほど葉風院も言っていたように、平常心を保っての熱唱とはいかなかったようだ。


 「平常心乖離率が100%を上回るとランダムクラッシュ発動」という、誰もが忘れかけていた無粋なルールが、その身体に取り付けられたプロテクターを衝撃と共に弾け飛ばし続けるけど、それを全く意に介さず、葉風院は聖母を賛美する歌を、その華奢な体から全力で発し続ける。


「……」


 僕はその歌声に、説明するのは難しいことながら、心を、魂を鋭利なアイスピックのようなもので刺し貫かれるような感覚を受けていた。何度も、何度も。いつの間にか、僕の目からは、さっきの慟哭の時よりも多くの涙が流れ続けていたわけで。


「……」


 ついに体を繋ぎとめていた最後のプロテクターが吹っ飛んだ瞬間、葉風院はそれでも高らかに歌い続けながら、足場を滑り降りていった。僕の顔を最後に不敵な笑みで見やりつつ。


「け、決着っ!! チーム19の、勝利となりますっ!!」


 実況少女、池田リアちゃんが一瞬戸惑ったかのようにそう告げた。決着。またもや長かった戦いがついに終結したわけで。


 いろいろなことがあった。翼との事。僕自身の事。リアちゃんのTフロントの事。そして、「限DEPジャンケン」よりもその設定が生かされることのなかった、かの「DEPデプ戯王ぎおう」の事。


 僕の中ではうまく咀嚼しきれかったそれらを、曲がりなりにも、葉風院は落とし前という形で奇麗に締めくくってみせた。それはもう、流石としかいいようがない。


 でも今の心境を正直に言い表すとしたら「いろいろあって疲れた」だ。僕はサエさんに背中を抱かれたまま、立ち続けていたのに、立ち眩みをしたかのような、意識が白くなっていく瞬間を感じたかと思った瞬間、急速にそのまま途切


「……あらお目覚のようよぉ」


 次に認識したのは、僕の顔を見下ろしてくるジョリーさんのむほりとした笑顔だった。


「あ……僕……」


 どうやらベッドに寝かされていたようだ。視界に入ってきた白い天井に、前の前の対局後に、アオナギが担ぎ込まれた医務室なんだろうなと、そう認識させられたわけで。


「……処置はしといたけど、さすがに意識ない人間にシャワーを浴びせるのは無理だったから、後で行くといいわ」


 ジョリーさんの横から、サエさんの顔も出てくる。すみません、お手間ばかりおかけしまして……。


「……相棒の方も、目に来る酢酸臭以外は問題ねえそうだ。今、シャワールームで格闘中だとよ」


 アオナギが僕の視界の外から、そう言ってくる。良かった。じゃあまた三人揃って対局に臨むことが出来るわけですね。


「ついでに言うと、ミリィ&タリィ……翼とリタだな、二人も無事とのことだ。にしてもお前さんのあの跳躍は見ものだったぜぇ。何度も言うが、持ってる奴はやっぱ違うねえ」


 いやいや、紙一重の神業級でしたけど。まあ、二人が元に戻って良かったですよ。もうこの球場を後にしたのかな? 最後に顔を見たかったっていうのはあるけど。そう思った、正にその瞬間だった。


「岬……」


 医務室の扉のところから声がかかる。昔の、ままの声で。

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