第十五話『真夜中の雨』

 時刻は三時半を過ぎていた。メダルの徴収を終え、プレイヤー達を解散させたデモリテは広場のすぐ近くにある牢獄へと足を向ける。


 目的はこのゲーム内でも有数のギルドである、クリスタルローズに所属する最高クラスの弓の命中精度を誇るアーチャー【蒼弓】を自分たちの陣営に引き込む事だった。


 手段は何であれ、これが上手くいけば、この先この街を掌握し続けられるだけの力に繋がるが、部下によると【蒼弓】は「あんた達に従いたくない」と突っぱねていた。


 このままでは交渉は決裂する可能性は大だが、そういった人間の心をへし折るために開発した尋問にかけてしまえば、最終的には従ってくれるだろうというのが彼の想定だった。


「おい開けるぞ!」


 反応は無い。デモリテは短く刈り込んだ髪を手でくしゃくしゃと掻きながら、大きくため息を吐き出す。


「まぁいいだろ……」


 そう呟いて鉄のドアを開ける。そこで彼は自らの目を疑った。


「何だよ……あいついないじゃねぇかよ!」


 中は見事にもぬけのからだった。しかも壁にはポッカリと大穴が大雨の降る外に繋がっているではないか。


「あのクソ女妙な真似しやがってぇ……ぶっ殺してやる!」


 してやられたことを察したデモリテは歯ぎしりして地団駄を踏み、やり場の無い怒りを壁への蹴りでぶつけると、壁には同じくらいの大穴が開いていた。


 デモリテは外に出ると、捕まえたプレイヤーを引き連れていた部下らに向けて大声を上げる。


「お前ら【蒼弓】がどっかに逃げやがった。今すぐ探して捕まえろ!」


「うす!」


「見つけたら即刻俺様に知らせろ。自分の手であの女を片付けてやるからよ!」


 デモリテの咆哮が雨音の響く真夜中のアレスティアを切り裂き、部下達は急いで四方八方に散っていく。雷が近くの森に落ち、そこからは火の手が上がった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「もう気付かれたみたいだね……」


 一番前をグレース、二番目をオレ、殿しんがりをフーリエさんが所々に魔法の罠を仕掛けながら走っていた。ヴァン・フレリアの敏捷性補正があるとはいえ、初期レベルのオレは一番足が遅くて皆が合わせてくれる形になっている。


「とにかく走るんだ。外に出さえすれば大丈夫だから!」


 後ろからフーリエさんが励ましてくれる。さっき休憩していたからか疲れは感じなかったが、精神的な疲労は相当溜まっている感覚はあった。それでも助けてくれた恩人にこれ以上の苦労は掛けられない。そんな一心で足を前へ前へと進めていく。


「見つけたぞ!」


 後ろから声が響く。やはりオレの足ではすぐに追い付かれてしまうのか。


 現実で事故に遭う前ならこうはいかない自信はあったが、結果足を引っ張っているという責任を感じない訳が無い。


「アクエンス!」


「ギャアッ!」


 フーリエさんが何か唱えるのを聞いたオレは後ろを振り返ると、杖の先から水の球が飛び出し、後ろを追いかけていた二人をボウリングのピンのように吹き飛ばした。


「あれ何だよ!?」


 前のグレースに問い掛けると、一度は「そんな暇があるなら走ってよ!」とでも言いたげに頬を膨らませるが、すぐに簡潔な説明をくれた。


「あれは魔法ね。水属性の基本攻撃魔法よ」


 さすがは高レベルらしく、一番基本の魔法でも相手によっては一発ノックダウンをとれている。


 そして視界には、雨のカーテンで輪郭をぼやけさせながらも侵入した南の門が見えてきたのだが、現実はそう甘くは無かった。一番出くわしたくない奴が現れたのだ。


「オラァ! 見つけたぞ蒼弓!」


 ドスの利いた声と共にグレースの前に大男が屋根の上から飛び降りてきた。


 着地地点の石畳には蜘蛛の巣状のヒビが入り、その大きな力を見せ付けながら立ち上がったのは、逃走において最大の障壁になるであろうデモリテだ。


「よぉ、俺様から逃げようなんざいい度胸だな、あ?」


「……本当にキモいわね。他人からメダルを奪うために何度も死なせて拷問だなんてことして、あんたみたいなやつ、よくも現実で警察に捕まらなかったものよ」


 顔をしかめるグレースの発した言葉は常軌を逸したおぞましい内容だ。オレの心に怒りの炎が燃え盛り、グレースの横に立ち並んで声を張り上げた。


「そんなことして人のメダルを奪ってたのかよ! どうしてそんなことができるんだ?」


「あァ? そんなの気持ちいいからに決まってるだろ! ここはゲームの中だ。人をいくら殺してやろうが、警察になんざ捕まらないし強化もできる。全くアプデ様々だよなぁ! それによぉ……」


 やはりこの男との戦いは避けられないのだろうか? 虚勢で睨み付けるオレと目が合うと、獲物を見つけた猛獣のように眼光を光らせてこちらに一歩近づく。


「まさかカモがネギ背負ってやってくるなんて……やっぱ俺様は持ってるんだよなぁ」


 嬉しそうに右手を出すとあの鉄球が現れ、それを頭上で振り回しながら大きく構えを取った。


「とっとと終わらせてメダルを回収しねぇといけねえな!」


 スキルを発動させた鉄球が赤く光ってオレとグレースに襲いかかってきたその時、雨を吹き飛ばさんかという声が夜の空気を切り裂く。


「アルス・アクエンス・シルディオ!」


 その言葉と共にオレらの目の前に大きな水の壁が現れ、凶悪な威力を持った鉄球を包み込む。


 鉄球はその勢いを弱め、ついにはオレたちの数メートル前で鉄球が地に落ちると同時に、水の壁は姿を消してしまった。


「なんだよこいつは……俺様のスキルを止めた?」


 スキルを止められて驚愕するデモリテだが、当然オレとグレースも同じ反応だ。


「今の詠唱ってそこまで強力な魔法じゃないのよ……どれだけ魔力値高いの?」


「…………」


 手で口を押さえるグレースとただただ絶句するオレ。


「全く、これは面倒な事だよ……」


 後ろからフーリエさんが追い付いてきた。しかも追っ手は全員道に倒れている。敵全体は街中に分散していたとはいえ、大体十人はいた追っ手を倒してしまったのだ。


「まあ追っ手がそこまで強くなくて良かった。お陰で僕のSPを削らずに済んだからね」


「フーリエさん……」


 雨の中静かに歩みを進めるウンディーネの魔法使いはオレとグレースの前に立ち、デモリテと対峙する。


「さて、奴がデモリテか……どうしたものか」

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