第二十四話『サハギンの襲来』
この町で最も高いタウンホールから町を見渡すと、至るところから煙が上がっていた。本当にモンスターが襲って来ているようだ。
聞くには村を守るイベントでこういったことはあったようだが、プレイヤーが拠点にする大きな街をモンスターが大挙して攻めるのは珍しいという。
街を襲ってきたモンスターは『サハギン』と呼ばれる、この手のゲームに出てくる中でもそして討伐推奨レベルは三十前後と、初心者の最初の壁に位置するモンスターらしい。
現在の状況はレベリングに出発した主力部隊が帰ってくる二十時までの約一時間半の耐久戦を強いられており、街に残ったプレイヤーの内、戦えるレベルでないプレイヤーはおよそ六割もいる。
レベル八のオレができる事は、敵と戦う事よりも初心者プレイヤーの避難の誘導くらいのものだったが、そんなオレにも役割があった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
街中から悲鳴が上がる。聞こえてきた方向に走ると、見た目はファンタジー系の小説の挿し絵で見たような、青い体にウロコがビッシリと生え、三ツ又の槍を持ってペタペタと足音を鳴らしてプレイヤー達を追いかけ回していた。
「あれがサハギンか。キッモ……」
追いかけられているプレイヤーらは皆が初心者らしく、誰も反撃できていなかった。
しかし陸の上だからか、敵の動きは思ったほど俊敏では無く、何とか追い付かれずにこちらへ向かってきている。
「だったら……」
オレは背中の剣帯からブロードソードを抜き、走りながら右手を前に構えた。
プレイヤーの一団とぶつかるまで、三、二、一……。
――今だ!
心の中で叫び、最後方のプレイヤーとすれ違うとおよそ二~三メートル先にいた半魚人に手のひらを向ける。
「ウィンディオン!」
魔法を詠唱した右手に魔法の風球が生成されると、それはサハギン目掛けて飛んでいって顔面で破裂した。
初めて使ったときは飛ぶ前に破裂したが、練習の成果によるものか中々に上手くいった。
「ギギィ……」
ノックバックを受けたサハギンはダメージこそわずかでも、プレイヤー達を逃がす時間稼ぎには充分過ぎるものだった。
どうやら風属性魔法には多少なりともノックバックを与えるらしく、足止めにはかなりの効力を発揮する。
「助かりました!」
リーダーらしき
「こっちに来いウスノロ!」
相手に言葉が通じるか分からなかったが、一応挑発してみると、そのお陰かサハギンはギョロリと眼球を動かして追ってきた。
「よし……」
さっきのプレイヤーの一団とオレだとこっちの方が足が速い。それならオレがサハギンを引き受けた方が危険が少ないという判断による行動だった。
コートが風を切って、オレは水の街を駆けていく。気がつけば追ってくるサハギンの数は九体に増えている。
普通ならトレインというフィールドなどでモンスターをつれ回す迷惑行為らしいが、これはセシリアさんの指示によるものだ。
まず、街に居るプレイヤーにアナウンスでタウンホールへと避難するように指示をする。
次にオレが他のプレイヤーに集まっているヘイトをこちらに向けることで敵の集団をメインストリートに集めてから、屋根の上から数少ない中級者以上のプレイヤーが一網打尽にするというものだ。
「この作戦はセイリア君が一番の危険に晒されるが、これは装備の強力な敏捷性補正を活かした作戦だ。もちろん、作戦中は魔法による回復や支援魔法で君がやられる可能性を最大限下げる努力はする」
「初心者のオレにしたらゾッとしない作戦ですね。見たこともない半魚人に追いかけ回されるなんて……」
そんな危険な作戦の内容を聞いたオレが顔をしかめて見せると、セシリアさんの表情が曇ったのが見えた。
「もちろん、客人である君にこんな無茶な要求ができる身分では無いことは分かっている。サハギンの攻撃力は当然侮れる物ではない。君くらいレベルの低いと最悪一撃でHP全損もあり得るからな」
オレに起こりうる危険性を語るセシリアさんだが、次に言った言葉は強いものだった。
「それでも私にはこの町を守る役割がある。その為ならば……」
「ちょっ、ちょっとセシリアさん。そんなこと……」
【聖騎士】と呼ばれる程のトッププレイヤーがたったレベル八の初心者に頭を下げたのだ。もちろんオレは慌てて頭を上げるように言うが、セシリアさんは頭を上げようとしなかった。
「頼む……君の力を貸してはくれないか。サハギンを倒せる程のプレイヤーは今はわずかしか居ないし、主力部隊もまだ戻ることができない。このままでは私が出たところで、報告にある数から考えても多勢に無勢だ」
頭を上げること無く、厳しい現状を説明するセシリアさん。その声は追い詰められている事を正直に伝えているのがはっきりと分かる。
「突然のゲームの世界に閉じ込められて困っていたプレイヤー達は、私が領主になることを望んでくれた。絶望を脱する為の光だと言ってくれた人もいた」
「…………」
言葉を掛けられなかった。彼女は自らのプライドよりも、他のプレイヤーの為に頭を下げていた。
「その為に私は全力でこの町のプレイヤーが戦えるように厳しい政策を練っている。きっと、初心者たちは外にも出さずに生産ばかりさせる私を嫌っているかもしれない。でも……」
顔を上げた聖騎士の瞳は真っ直ぐオレの眼を見ている。やはり多くの人を率いてきたのか、彼女の言葉には力があった。
「このままでは二時間近くもとても耐えられない。サハギンの討伐に一人でも手が欲しいのだからこんな危険なことを君に頼むしかないんだ。もちろん君やフーリエたちにはそれなりの謝礼も出す」
この人はこの町を守るため、希望を絶やさない為に、客人としてここに来たオレに頭を下げて一番危険なことをお願いしている。
トップギルドの副団長が皆を導く最中、これでこの町が壊滅しようものならここのプレイヤーたちに与える精神的ダメージは計り知れない。
そんなことを考えてオレは目を瞑った。
「分かりました。セシリアさんの想いを叶えるために、オレも手伝います」
「……済まない。恩に着るよ」
そしてオレは執務室を後に走り始めた。風に揺らめくコートは今の弱いオレにどれだけの力を与えてくれるのだろうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
この町に侵入したとされるサハギンはおよそ千体はいるらしい。この街の広さは現実での一つの市や街と何ら変わりない。どうしてそんな数が侵入したかは分からないが、流石に全滅はこの状態では不可能だと聞いた。
それでも現在、街全体にいたプレイヤーの活躍で百体は倒したらしいが、サハギンを一対一で倒せるプレイヤーのほとんどが連戦に耐えられるだけの余裕はない。
今回は二時間の間、町を防衛するために目標討伐数を全体の半分程の五百体に設定しているが、広い街全体に散らばったサハギンを倒せるレベルのプレイヤー約数十人が一人当たり十体以上を倒すのは、この町の広さから考えても決して楽なことではなかった。
更にサハギンは全体の数が減ると、路地裏や川の中や橋のたもとなどに隠れてしまう習性があるらしく、発見はより困難になるようだ。
その上、町のどこかからサハギンが更に侵入する可能性も否定できなかった。それ故に、今町にいる分だけでも極力減らしておかなくてはいけない。
オレは路地から出てきた追加の十体に目をつけて、先頭にいた一体に向けて魔法を放つ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
もうすぐ二時間が経過する。流石にずっと走りっぱなしは出来ないので、三十分毎に休憩を入れながら囮作戦をしていたお陰か、こちらが囮になった場所だけでも百体弱の討伐が出来た。
予想通り数が減少すると残りは身を隠してしまい、一体一体を探すのに手間取ったことで合計討伐数は三百体弱で止まっている。しかし、初心者プレイヤーの避難もオレが相手を引き付けた事により上手くいったようだ。
「もう休んで大丈夫だよ! この辺は倒しきったみたい!」
屋根の上からオレを追いかけていたグレースから伝言が伝わる。魔法攻撃用のSPもほとんど使い果たし、疲れはててその場に倒れ込むことしかできなかった。
長時間走っていたせいか、息は上がり脇腹が疼く感覚がある。リアルな痛みとは違うがこれがゲーム内での限界を示していることは旅の経験からわかっていた。
「ううっ……疲れた……」
夜空を仰ぐと石畳のヒンヤリとした感覚にホッと一息をつく。
「そろそろ主力も戻るし、もう大丈夫だな……」
「キャーッ!」
安心して休憩に目を閉じたところで、近くの路地裏から女の子の悲鳴が夜の空気を切る。
「なっ、何だ?」
すぐさま起き上がり悲鳴の聞こえた方向に走ると、そこに居たのはさっきまで鬼ごっこをしていたサハギンが水色のウロコを輝かせて路地裏のプレイヤーを追い詰めている。
ニタリと下卑た笑みを浮かべて、三ツ又の槍を構えている姿は完全にモンスターだ。
「まだいたのかよ……」
思わず背中の剣に手を掛けるが、セシリアさんたちには一人で手出しをしないように釘を刺されている。オレが戦ったところで勝てない相手だからだ。
――どっ、どうすればいい……。
相手はオレ一人ではとても倒せないモンスター。しかし追い込まれていたプレイヤーを見た瞬間に、オレの足は無意識に地を蹴っていた。
僅かに見えたのは銀髪のロングヘアーの少女と短めのブロンドの髪の少年の二人、それだけで誰なのか判断できた。しかもかなりのダメージを受けていたのか、装備はボロボロでいつやられてもおかしくない状況だ。
「やめろおおっ!」
オレは全力で叫んでサハギンのヘイトを稼ごうとするが、相手はこちらを振り向かない。
「ヘイト値が足りないか……」
残りわずかのSPでは今使える中でも強い剣技スキルは使えなかったこともあり、オレは舌打ちをすると剣を持った左手を肩まで引く構えを取った。
「いっけぇっ!」
剣技『スラスト』は最初等の剣技の中でも出が速く、比較的威力も高い。オレは溜めた威力と体重を余すこと無く剣に乗せて、敵の装備で守られていない背中に突きを撃ち込む。
鱗と刃がぶつかったとは思えないほどの甲高い金属音が路地裏に響いた。剣先は完全に半魚人の無防備な背中を捉えていたが、左手に伝わる重たい衝撃で手が痺れている。
「そんな……」
思わず声を漏れ出ていた。サハギンの頑丈なウロコがブロードソードの鋒を受け止めていたのだ。加えて減少した敵のHPもほぼゼロという最悪の結果。そして次の瞬間には右脇腹をサハギンのカウンターで放った裏拳がえぐっていた。
「ぐっ……はあっ!」
昔体験した交通事故ほどでは無いにしても、呼吸が出来なくなる程の衝撃と、二、三メートルほど飛ばされて地面に叩き付けられた衝撃も加わり、視界が白くスパークする。
痛みは無くても、そんな攻撃を喰らい身動きも出来なくなってしまった。HPも一気にレッドゾーンまで減少していて、ヴァン・フレリアが無ければ確実に死んでいた威力だろう。
「くっ……こんなに強いのかよ」
吐き捨てるように呟いたオレはすぐに剣を構え直し、相手に向き直る。
「クヒヒッ」
痺れるような左手の感覚に顔をしかめるオレを、サハギンは嬉しそうに何とも気色の悪い笑い声を出す。
「何だよ? やっぱキモいな……お前」
率直な感想を述べてサハギンに対するオレはその後ろにいたスティーブやイーヤ達に指示を出した。
「オレが時間を稼ぐから、早くこっから逃げろ!」
右手でそれを示すつもりでジェスチャーをしてみるも動く気配は無い。どうやら上手く通じていない様子だ。
戦えないプレイヤーは領主であるセシリアさんからのアナウンスを聞いて避難しているはずだが、日本語が分からなければ警告も分かるわけがない。それ故に逃げるのが遅れてしまったのだろう。
「どうしたらいいんだよ……」
オレに狙いを変えた半魚人がジリジリと距離を詰めてくる。走って逃げれば足の遅いサハギンからは逃げられるだろうが、イーヤたちはそうもいかないはずだ。
そしてサハギンがオレを目掛けて槍の突進を仕掛けた。槍が青く輝いている上にスピードも今までの比じゃない。
「モンスターもスキル使うのかよ!」
オレは腰を落として体勢を低くして力を溜め、サハギンの頭上を越える大ジャンプを見せた。敏捷性のステータスが上がるとジャンプの高さも上昇するのだ。
だが突進を避けられたサハギンはすぐに方向転換すると、もう一度同じ突進を仕掛けたのだ。
「嘘だろ?」
今のオレの体勢は着地の直前、次のジャンプでサハギンの突進攻撃を避けるには到底間に合わない。徐々に迫る槍の先端を目で捉えて『もうダメだ……』そう思ったとき、オレとサハギンの間に一筋の銀色の閃光が割り込み、敵に連続攻撃を防具の隙間を狙って叩き込む。
「ギイッ!?」
ノックバックでのけ反る半魚人の隙を突いてスティーブ達が一気に敵の横を駆け抜けていく。オレもそれを追いかけ大通りに出るための道を塞ぐように立つと、隣に一人サハギンに向き直る人影があった。
「イーヤ!」
さっき相手に一撃を当てたイーヤが得物の二刀の短刀(ダガー)を持ってオレの隣に立っていた。
足下に目をやると、初めて出会った時から履いていたこげ茶色の革ブーツから彼女が着ている水色系の服装と同系色のブーツに変わっている。そして彼女が手に持った短剣を見せて何やら話してきた。何を言っているのかは分からなかったが、恐らく一緒に戦う意思を示したのだろうか?
どちらにせよ、他の人たちが逃げるためには一分位は粘らなければならないし、二人がかりなら死ぬ確率も減るだろう。
「じゃあ、よろしく頼むぞ」
オレの言葉を理解してはないだろうが、彼女はゆっくり頷く。甲高い叫び声で襲いかかるサハギンを迎え撃つために、オレとイーヤはそれぞれの得物を構えた。
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