第十六話『脱出劇』
「正直に言って、この状況で僕だけだとデモリテには勝てない」
脱出の段取りを話す前にフーリエさんが真剣な表情でこの言葉を口にした。
オレにとっては気落ちするような報告だったが、隣で回復ポーションを飲んで「うう、まずい……」と文句を垂れていたグレースには理由の見当はついてたようだ。
「使えるマナの量……ですね?」
「マナ?」
空っぽになったポーションの瓶が光の粒と化して消えていくのを見ながら、グレースは根拠を述べる。そして分からない表情をしていたオレにも分かるようきちんと説明してくれた。
「簡単に言うと魔法とかを使うためのエネルギーみたいなものね。主に自分の体か、周りの大気から取り込んで使うけど、多数の敵を相手にするときにはどうしても不足しちゃうものなのよ」
「ほ、ほぉー」
「君……分かってないよね?」
オレの返事から完全に分かっていないことを見透かされてしまったが、グレースの次の言葉は思ったよりも軽いものだった。
「今の君が理解しなくても問題は無いわ。私が状況を理解していれば対応は可能だもん」
愛用の蒼い弓のチェックをしながら、グレースはフーリエさんとサポートのパターンについて色々と考察していた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「テメェ……何者だ?」
高威力の鉄球スキルを水の防御魔法で防いだフーリエさんがオレらの前に出ると、デモリテの表情が一変した。
「見たことあるなそのツラ、確かフーリエって奴か?」
「僕の名前を知ってもらって光栄だね。このゲームでも悪名高い犯罪者集団のボスさん。まさか本物の犯罪に手を染めるほど腐った人間のようだね」
優しい笑みを見せるフーリエさんだが、言い放つ言葉は辛辣だ。その笑みに一体どれだけのポテンシャルを持つのだろうか。それに対するデモリテの今までに見せなかった動揺に、そんな考えが芽生えていた。
「何でウンディーネのテメェがここに……」
そう呟いて少しの間黙るも、何かを思い出したのかいやらしい笑みを浮かべてフーリエさんに指を突きつける。
「なるほど……そういや確かお前、元居たギルドを裏切ったんだよな? だから一人でこんな所に居るんだろ?」
その言葉にグレースも何か気が付いたような顔を見せた。増援がこちらへと向かっているのか、周囲からも騒ぐような声が徐々にその大きさが増している。
「フーリエさん……いきますよ!」
「ああ、分かった……」
グレースはすぐに表情を引き締め直し、弓を構えて空に三発の矢を放つ。それを見たフーリエさんも杖を空に向けて突き上げた。
「おいでルネ!」
誰かを呼ぶフーリエさんは曇天に向けて大きく声を張り上げる。すると上空を切り裂く三本の矢の周りを雨の粒が纏まり、大きな水の塊へと成長していった。
塊は少しずつ形を成していき、甲高い鳴き声を発したのは水の塊が犬のような獣の姿を模した時だ。
『キュオオオン』
水の獣の体内には中心になった三本の矢があったが、それが光の粒になって消えるのと同時にフーリエさんが杖を南側に向けた。
「二人とも、僕の合図で門まで走るんだ!」
対するデモリテは右足を地面がひび割れる勢いで踏み込むと、体勢を低くして構える。
「こんな魔法、俺様のパワーでぶっ潰してやる……」
鎖を両手持ちで持つと、鉄球が藍色に瞬いた。さっきと違うスキルだろうが、攻撃を迎え撃てないオレと、そもそも筋肉ムキムキの近接相手に弓など通用するのか分からないグレースはフーリエさんの合図を後ろで待っていた。
「今から僕が出す魔法の後ろに付いて行くんだ!」
その言葉と同時に水の獣が雄叫びを上げてデモリテへと目掛けて突進していく。迎え撃つデモリテもスキルの予備動作なのか、頭上で大きく鉄球を振り回していた。
「うおおおっ!」
水の獣に負けず劣らずの雄叫びを上げて鉄球を放った。雨粒と空気を押し退ける轟音を上げながら、互いの攻撃のつばぜり合いは水煙を空に巻き上げながら十数秒ほど続いている。
それと同時にオレとグレースは一気に煙の中を駆け抜けていった。周りは見えなかったが、フーリエさんを信じてただひたすらに前へと走ると、少しずつだが煙が薄くなって前方が見えていく。
「門が見えてきたわよ!」
「……ああ!」
雨煙に紛れてまだよく見えなかったがそれも数秒のもので、すぐそこに巨大な門が現れた。とうとうアレスティアと外をつなぐゴールに到達したのだ。
後ろを振り返ると、フーリエさんとデモリテは水煙の中で戦っていたのか、互いに傷を負ったような赤いエフェクトがあちらこちらに見えている。
「フーリエさん!」
オレの気遣いにもフーリエさんは心配ないと言わんばかりに、外に向けて指を指した。
「君たちがここから出られれば問題ない。さぁ、早く!」
そう言われてオレとグレースは門の上へと登り始めた。その様子をフーリエさん越しに見ていたデモリテは歯軋りをしている。
「逃がすかよ……」
こちらに向かって猛然と向かって来たのだ。今までにない圧力にオレの背筋が凍るような感覚が体を駆け巡る。
デモリテの鬼気迫る様子にオレらの危機を感じ取ったのか、フーリエさんはそれを食い止めようと獣に命じる。
「ルネ、あいつを止めるよ!」
水の獣はそれに呼応して宙を駆け出し、フーリエさんの杖の先には魔法の予備動作か、水が渦を成していく。しかし、建物の上からいくつもの影が飛び下りてきた。
「させるかよぉ!」
「てめえらはここでぶっ殺してやる!」
上からの増援十名ほどがフーリエさんに向け、銘々の得物を振りかぶった。
「これでは魔法に集中できないね……」
多対一の状況になったフーリエさんも、デモリテへと水の獣をコントロールすることもできずに増援を相手にするためにデモリテを通さざるを得なかった。
「お前ら覚悟はできてんだろうなあ!」
憤怒の形相でこちらに走ってくるデモリテ。オレよりレベルが高いグレースはステータスアシストで軽々と門を登り切り、既に天辺で待っていた。
オレも必死になって梯子を上るが、ステータスアシストが無ければ常人の速さしか出ない。
「セイリア君! もう少しだから早く登って!」
「わ……わかってる」
グレースはそんなオレを助ける為に、門のすぐそばまで詰めよって来ていたデモリテを牽制するために矢を放ってはいたが、あっさり鉄球で弾き飛ばされていた。
「そんなヘナチョコ玉効かねぇよ!」
壁の真下に辿り着くと、見かけによらないスピードで梯子に手を掛けてをよじ登って来る。下から這い上がってくる恐怖と濡れた服に体温を奪われて寒気がこみ上げてくる。
「くっそ……」
このままだとあいつに追い付かれると察し、ある賭けに出てみることにした。
門の側に生えていた木から頑丈そうでありながら、しなやかそうな木の枝に両手で掴み、全体重を掛けて枝を大きくしならせる。
「グレース、後は頼むぞ!」
「何する気よ?」
そして枝をバネにしてオレの体は全力の叫びと共に、両手を握りしめて空へと飛び出した。
「うおおっ!?」
「ちょっと、君飛びすぎよ!」
ロケットのように雨を切って突き進むオレは勢い余って、壁よりも高く飛び上がってしまったのだが、これが失策だった。
「逃がすか!」
壁のふもとから約一メートル上の地点、デモリテは梯子に足を引っ掛け、オレと同じようにステータスアシストで飛び上がって来たのだ。しかもスピードはオレよりも速い。
グレースもスキルを使って黄色に輝く矢を五発一気に放つが、デモリテの腕一振りで弾かれるだけで落とすだけの力が無い。
「あいつマジかよ……」
オレの位置は壁の上空から一メートル。対するデモリテの位置は丁度壁の天辺ほどで、手を伸ばせば届く距離だった。
「オラァ! 捕まえたぞ……」
デモリテが勝利を確信した笑みを浮かべたその時、オレは体勢を空中でちょうど逆さまにしてからあいつに向けて左の手のひらを向けた。
勝ち誇った様子のデモリテはオレの行動に対して何の警戒も見せていない。
「ウィンディオン!」
オレの叫んだ言葉は手のひらから風の球を創り出すと、目と鼻の先に伸びてきたデモリテの太い右腕を弾き、顔面の目と鼻の先で破裂する。
こちらまで届くような瞬間的な突風に不意を喰らったデモリテは「むぐぅ」と息を漏らし、オレに迫っていた手の動きが鈍る。
しかし依然として鉄球を投げつけでもすればオレを打ち落とせる距離だ。
「おらぁっ!!」
鉄球と鎖の繋がる部分を握って振りかぶると、スキルエフェクトの光を帯びる。そして彼我の距離二メートル、デモリテの鉄球が目標を捉えたとき、オレは右手をあいつに向けて大きく振った。
腕を振ったのはあるものを投げるためであるが、それは小さな筒だ。手のひらに収まるほどの大きさのそれはフーリエさんから手渡されたものであり、レベル1のオレに与えられた唯一の役割でもあった。
「んだぁ? これは……」
デモリテは正体不明の筒に一瞬気を取られるも、攻撃は投げつけた筒にぶつかり、そのまま筒ごとオレを吹き飛ばす……はずだった。
筒の蓋を破って現れたのはフーリエさんが召喚した水の獣を小さくしたものだ。鉄球に衝突する直前に獣は口から水を吹き出し、防御魔法を展開してくれたのだ。
「がっ!」
鉄球ははじき返され、鉄球はまだ上昇していたデモリテの顔面に激突して、獣は雨に消えていく。
オレはグレースのナイスキャッチで門の上に着地し、デモリテはバランスを崩してそのまま落下を始めた。
「ぢぐじょおおぉ……」
悲痛な叫びを残し、雨に煙る闇にその巨体は消えていき、少ししたら鈍い音がわずかに耳に入ってきた。
これでそのままHP全損といけばいいのだが、最大レベルの肉体は落下の衝撃に耐えるかもしれないだろう。
「まさかフーリエさんの最後の助言と役割が、こんな所で役に立つなんて思わなかったぞ……」
「私もよ。魔法道具がここで決め手になるなんて考えもしないもの」
ここではどうだか知らないが、現実では体重六十キロはあるオレを簡単に受け止めたグレースは一息ついて不敵な笑みを浮かべた。
「男の子がか弱い女の子にお姫様抱っこをされるのはどんな気分かしら?」
「うるさい……」
ようやく下ろされ、自慢げな顔を見せるグレースから目を逸らした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「最後にだけど、セイリア君のスキルは片手直剣技ともう一つは何だい?」
作戦会議が終わって脱出直前、フーリエさんはオレのスキル構成を訊ねてきた。オレはすぐにメニューを開いて取得スキルの欄を確認して、そこに記載してあることを字面のまま読み上げる。
「えっと……基本体術ですね」
そう答えたらグレースが「ええ?」と外に聞こえないように声を出した。彼女にしてみればおかしいのだろうが、この構成はリアルでの親友であるコーネリアが教えたものだ。オレにその構成が良いものなのかはわからない。
「それ、熟練度上げてないと攻撃技使えないわよ?」
「は、本当かよ?」
役に立たないスキルを設定させたコーネリアを恨んだが、フーリエさんはウインドウをフリックしながらグレースの言葉に異を唱える。
「いや、基本体術は熟練度が無くたって敏捷性に補正が掛かる。このゲームだと無駄に複数の攻撃スキルを入れるよりも、一つの攻撃スキルに集中した方が初心者には戦いやすくなるよ」
前言撤回だ。コーネリアはしっかりオレの事を考えていたのだ。そしてフーリエさんはオレに一つの提案をする。
「今回は基本体術を風属性の攻撃魔法に入れ換えてくれないかな?」
「どうしてですか?」
突然の提案に疑問が湧いて出る。フーリエさんはオレへの疑問の答えとして、懐に手を突っ込んで一つのアイテムを取り出した。
「単純に自己防衛さ。そしてこれが君へのプレゼントだよ。時として飛び道具は使い慣れた剣よりも役に立つものなのさ」
手渡された者は手のひらサイズの青い筒だ。こんなものが何かの役に立つとは思えないのだが、きっと何かしらの効果を秘めているはずだろう。
「これは君が攻撃を受けそうなときに投げつけてくれ。できれば使わないのがいいんだけど、君の役割はデモリテが勝てるって思う状況になったときにこれで出し抜くことだ」
「は、はぁ」
「油断は時として致命的な状況を生み出す。ピンチの時こそ最大の好機というやつさ」
フーリエさんはそんな単純な説明をオレに残しただけで、すぐに脱出計画を実行に移したのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
デモリテから逃げ切ったのは二度目で、両方とも幸運が作用する結果となってしまったが、無事グレースを助けられて本当に良かった。
後はフーリエさんが逃げるだけだが、この事に関してはただあの人を信じるしかない。
「私が先に降りて受け止めるから、合図したらそのまま飛び下りてね」
「……わかったよ」
あの人がどうやって脱出するのかはわからないが、ここは信じることしかできない。
オレは先に向こう側へと下りていったグレースの合図を待ってから後を追いかけた。
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