森に住む者8



「こ、殺した?」


「ええ、殺しました」


「な、なんで!」


「なんでって……私は貴方の妻ですよ、旦那様となった貴方を守るのは当たり前、近づく女は始末するに決まってるじゃないですか」


「じゃ、じゃあ、料理を運んでくれたあのエルフも、か?」


「ええ、殺しました。貴方に触れたから」




 とびきりの笑顔で言っているが、その内容は恐ろしい。




「いや、だからといってその女戦士、謝ってたし、命乞いもしてたじゃないか」


「だとしてもです、私の愛はこの森のように深いのですから」


「だったら俺のこと、婿様のことも信じてくれてもいいんじゃないか、それが夫婦ってもんだろ?」




 俺達のすぐ後ろの廊下が吹き飛ぶ、追い付いたトロルの攻撃が始まった。

 何をごちゃごちゃ言っている、と言った感じだ。

 俺は、すかさずアルメリーの手を握る。



「話は後だ、逃げるぞ」


「いい!」



 俺の手を振りほどいたアルメリーは、その場にしゃがみこみ、両手で顔を覆う。



「私なんかここで死ねばいいんでしょ、そう思ってるんでしょ、もういい一人で逃げて!」


「なんだよ、本当に死ぬぞ!」



 俺は振り上げたトロルのこん棒を見上げた。数秒後、確実に俺は死ぬ。逃げよう、もうこんなメンヘラ女に付き合っていられない、全力で走り出した、



「もう、なんで一人で逃げるの!?」


「はぁ!?」



 二、三歩、踏み出した時にアルメリーの矛盾した叫び声がした。棒立ちになっている彼女の真後ろにこん棒がかすめる。

 地面が割れると同時に体が浮き上がった。



「ちょっと、あんた邪魔よ!」



 浮かび上がった勢いを利用して、トロルの腕に乗ったアルメリーは、そのまま腕を伝って顔まで登る。その早さは想像以上だった。

 赤い残像が光線のように残る。


 トロルの不細工な目が虚ろになる。アルメリーの両手が、自分の体がほどありそうな分厚い唇を掴むと、ゆっくり自分の唇をそれに添えた。



「オォオオオーン!」



 次の瞬間トロルは発狂し、凄まじい地響きと共に前屈みに倒れた。

 続いてストンと軽やかにアルメリーが着地する。



「うぇえ」



 袖で口を拭い取ると、舌を出して嘔吐でもするかのような素振りをみせる。

 何をしたのかがわかった、その姿を思い出して想像しただけで、俺も同じ行動をとった。



「もう、わかったでしょ? 私の能力」


「な、なんとなく……」


「私の能力。口から相手の生命を吸い取ることができるのよ、グリーンエルフの姫、アルメリー・リコーナ」



 わかっていたが、改めて聞くとやはり身の毛がよだつ――――


 近くで爆発音が響く、屋根の無くなった廊下から、まだ数匹のトロルがいることがわかった。



「だ、か、ら、浮気は、絶対許さないから」



 冷たく氷つくような目、舌がペロリと唇を一周する、マリジューレのそれとはまた違う鋭さがあった。



「あ、はは、しないしない」



(てか、いつから俺はこうなったのだ)


 それより早く外に逃げなければと、見上げると、トロルがねずみ色になって動かなくなっていた、それはまるで石像のように、次々とトロルの動きが止まる。



「な、なんだ、あれ」


「カロンよ、私の妹、キスをした者は皆、石になる、メデューサよ」


「メ……」



 言葉が出ない、だとすれば俺は、石になる、のか? ではやはりこの周りに散らばる石像はやはりこの姉妹に殺された人? 汗が滲み出るのが分かる。


 アルメリーは妹の活躍を感心するように、腕を組んで見上げている。その向こう、空を月明かりと燃える火が照らす。黒い点が現れたと思うと羽の生えたた魔物がみるみるうちに空を覆う。更に援軍が来たのか。


 地震のように足元から揺れを感じる、目の前からバタバタと大きな足音が近付いてきた。



姉様ねえさま、逃げましょう!」



 長い緑髪をボサボサにしながら顔は煤や泥に汚れている、やはり俺がキス無双をした相手、あの娘だ。



「カロン、あなたほどの妖術使いがどうしたのです、こんな襲撃で」


「違うの、こいつら」



「ブォオオオオオーー!」


「キャーーッ!」



 雄叫びと悲鳴が同時に聞こえた、振り返るとアルメリーが倒したはずのトロルに足を掴まれ逆さまに持ち上げられる、



「なんでっ? なんでよっ!」



 トロルは息を吹き返したのか、アルメリーの細い足は下着と一緒に根元まで露になってしまい、今にもその巨大な手に折られそうになっている。



「痛い痛い痛いーギャアアアアー」


「姉様ぁー!」



 カロンが慌てて駆け寄りジャンプする、軽快な身のこなしで、トロルの膝、腹にと、赤い残像が浮かぶ。

 唇に手をかけ、顔を近づけたその時、羽の生えた小悪魔のような魔物に体当たりで地面に叩きつけられた。



「キキキキキー」


「が、がふっ」



 背中から落ちたカロンは、一瞬息が止まったのかと思うような咳だ、更にはトカゲのような鎧騎士の大群が押し寄せてくる、



「おいおいおい!」



 俺は背中の剣を抜いた。




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