森に住む者7




「あ、いやあ、そんなこと言ったっけ?」



 不覚! まったくの不覚だ、というより俺は本当に『ら』と、言ったのだろうか、



「うん、言った……」



 アルメリーの目を見れなかった、恐らく俺は言ったのだろう、ずっと天井の一点を見つめながら答える。



「そ、そっか? 多分空耳だよ、聞き間違い、聞き間違いだよそれ」


「……」



 俺を掴む手に力が入る。



「言って、誰?」


「いや、言ってないし……うん、言ってないよ」


「……は? 何言ってんの?」



 髪を鷲掴みにされ、目を合わせられる、その目はさっき外で見たあの女の目と同じ赤い色をしている。薄暗い中でも光を放っているかのような半透明の輝き、至近距離でじっと見られると吸い込まれそうな。

 さっきの彼女から受けた印象の怖い、というよりも、なんだか暖かく、落ち着くというか、もうどうでもよくなるというか……



 気づいた時には、俺は顎を上げ、ゆっくりと目を閉じながらキスを迫っていた。



「お前もか――――」



 アルメリーの呟いた小さい声、どこか悲しそうでもあり、怒っているような、腹の底から出たのかと思わせるほど低く、でも確実に耳に入った。


 唇に感触が無い、と思った瞬間、外から物凄い音が響き渡った。

 静寂を保っていた夜を、瓦礫の飛び散る音のような爆発音が切り裂く。



「何!?」



 アルメリーの叫ぶ声にハッとする、さっきまでのやり取りが嘘のように彼女の目は元に戻っていた。



「アルメリー様!」



 ドアの向こうから声が聞こえる。焦ったように声を荒げている。更に爆発音は聞こえ続ける、ドアを開けて入って来たのは数人の女戦士の格好をしたエルフだった。



「早くこちらへ」


「何事ですか?」


「敵襲です、数名の護衛が向かいましたが、もつかどうか」



 更に爆発音が響く、近い、そう思ったのと同時に今度は風も伴い屋根が吹き飛んだ。綺麗な夜空は炎に包まれ夕方のように明るい、ヌッと怪物のような顔が覗く。グレーの肌、左右の目の位置はズレ、頭は数本の髪の毛が疎らに生えているだけ、顔から裂けるように分厚く大きな唇。「オオオオー」と、叩きつけるような、うなり声が俺達を襲った。



「トロルか……」



 肩をすくめる俺の隣でアルメリーの呟く声が聞こえたような気がした。



「お逃げ下さい!」



 それをかきけすように女戦士は俺達を庇い前に出る、俺とアルメリーは一人の焦る女戦士に手を引かれ部屋を出た。


 風情のあった廊下は面影もなく、多くのエルフが逃げ惑う。

 しばらく足が止まってその光景を呆然と見ていた。



「こちらへ」



 再度俺の手を掴む女戦士、アルメリーがその手首を掴んだ。



「さっきから、何やってるのあなた」


「はい?」



 なぜかアルメリーはこんな状況でも至って冷静だ、これが一族を納める力なのか、このくらいの器に、俺もなりたいものだ。



「あっ、もっ、申し訳ありません!」



 急に顔色が変わる女戦士、じっと見つめるアルメリー。まさにとって食われるようなそんな焦りようだ、小刻みに震える彼女の手。

 女戦士は俺の手を振りほどくように離し、頭を下げる。



「ひ、姫様の旦那様に、ふ、触れてしまい、も、申し訳ありません!」



 アルメリーの目は冷静、というよりも、冷酷……

 そう気づいた時にはもう遅かった。

 アルメリーはあの赤い目になっている。歩く度にその半透明の赤い残像を残しながら女戦士に近づく。



「ふふっ、いいのよ……あなた、私の婿様に、興味があるのよね?」


「い、いえ、そんなことはございません」


「嘘おっしゃい、そんな大きな胸で、誘惑しようとしてたのでしょ?」


「い、いえ、決してそんなこと……」



 爆発音と共に後ろの部屋が吹き飛ぶ。さっきまで俺達のいた部屋だ。どうやらトロルの持っているこん棒をフルスイングしたのだろう、瓦礫が飛び散り、怪物の雄叫びが聞こえる。



「おい、まずいって、早く逃げよう」



 確実に身の危険を感じる。あの大木のようなこん棒で殴られれば、一瞬で命どころか、肉体まで無くなるだろう。



「おい、何やってんだよ!」


「少し待ってて、大丈夫だから」



 アルメリーは前にいる女戦士をじっと見ながら俺に言った。

 小刻みに震える彼女の顎に手をかけてグイッと、顔を上げさせる。同時に涙がボロボロと溢れだしているのがわかった。



「あ、ああ……」



 アルメリーの赤い目を一瞬見ただけで女戦士の目はトロンと半開きになる、



「この方に触れることは許しませんよ、だって私の婿様なのですから」


「嫌ゃあ……助け……て」



 涙を流しながらも目は虚ろだ、森が焼けて火の粉が舞う中、ゆっくりとアルメリーの唇が女戦士の唇に触れる。

 くちゅくちゅと、お互いの唾が口を行き交う音がする。

 こういうのを百合……というのだろうか、もったいない。実にもったいない――――



 と、観賞に浸っている暇は無い、今は逃げなければもったいないも何も無い。



「お、ちょっと、あの……逃げ、ません、か?」



 こちらを向いたトロルと目が合った。一直線に俺達に向かって歩いてくる。体が重いせいか、動きがゆっくりなことには、ありがたかった。



「……えっ、て、ちょっと」



 もう一度彼女達に目をやると、ぐったりと力が抜けた女戦士がアルメリーの足元に倒れた。

 半開きの目からは輝きが無くなり、涙も止まっている。



「さ、逃げましょ婿様」



 アルメリーは唇を拭いながら緑色の目を細める。



「逃げるって、彼女が」


「ああ、死んだようね」


「死んだって、おまっ……」


「うん、私が殺したのよ」



 俺は全身に鳥肌が立った――――




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