赤い戦士8



 神殿の入り口は至ってシンプルだった。

 石で出来た両サイドに立つ円柱の門をくぐると、まるで作りたてのように清浄な空気に包まれた。


 パワースポットなどの類は信じない主義だったのだが、この場所はその感覚を感じざるを得なかった。

 両壁、天井にも大理石があしらわれており、光を綺麗に反射させていた。キョロキョロと辺りを見ながら歩いていると、足が止まる。


 ピンヒールで石の床を突くような音、明らかに俺とは違う足音が聞こえた――



 つばを飲み込み、身構えた。

 敵か味方かと考える間も無く、すぐにその音の主はその姿を現した。



「ようこそ、お待ちしておりました」



 落ち着いた声が俺の緊張を緩める。

 栗毛色の肩まで伸びた長髪、真ん中で二つに分かれるワンレンの前髪、清楚で華奢な体に反発するかのような大きな胸。はち切れんばかりの神官服を身に纏っている。単調な口調で一礼すると、大きな胸が後から、たゆんと揺れる。それを気にもしないそぶりでニコリと微笑む彼女。



「こちらへどうぞ」



 振り返り歩き出す彼女は案内してくれるのか、俺がこの場所に来ることが分かっていたかのような対応に、疑問を感じながらも、後を付いて歩く。


 先には一つのドアの無い入り口がある。眩しく後光のように光が差す部屋へ入ると、目が眩んだ。


 視界に現れたのは、正にその名の通り、真紅の羽に身を包まれた見上げるほどの巨大な鳳凰、頭がゆっくりと動き、その黄色いガラス玉のような目にギロリと睨みつけられた。



「貴様が、伝説と言われている、勇者か」



 腹の芯に響くような引く、貫禄のある声。その一言だけで偉大さがわかった。勇者とは違うのだが、ここはこの流れに従った方がよさそう、俺はそう思った。



「は、はい......」


「ではその証拠を見せてみよ」


「いや、その証拠というものは?」


「痣だ、首筋に勇者の痣があるはずだ」


「......い、今は無い。何度も転移を繰り返す中、その痣は消えてしまった」


「ほう......では何故、何度も転移をしたのだ」


「......そ、それは、よ、呼ばれれば助けに現れるのが勇者というものだ、違うか」



 自分でも驚くほど、口からでまかせがスラスラと出た。神経の凝結したような顔でその遅い返答を待つ。



「なるほど、それは一理あるのら」



 ......



「ら?」



 ら? 聞き間違えか、語尾にらがついた。



「あっ、わ、我は赤神せきじん不死鳥レッドウォーリア、悪いが貴様の願いは聞き入れられないのら」


「ちょ、グラタン様......」


「あ、待つのら、分かっておるのら」



 小声で焦る声が聞こえる、なんだかもめているような、しかし声は一つの場所からしか聞こえない。



「あの......ウォーリア様?」



「あ、怪しんでおるのら、お前の声が聞こえたからなのら!」


「元はと言えば、グラタン様がボロを出すからじゃないですか!」


「なんだとなのら!」



 もみ合う音が聞こえる、しかし目の前の鳳凰は表情一つ変えない、声のトーンは低いまま、一人二役のように話す内容が、あまりにもおかしい。



「あの、ウォーリア様? 大丈夫ですか?」



「あー、もう! 絶対バレたのら!」


「どうするんですか!」


「もういいのら、辞めるのら!」



 笑いが込み上げて来るようなその姿と話す内容のギャップだ。



「あっ、ちょ」



 その声で突然目の前の鳳凰が霞むように消えていく。



「え? え?」



 そこに現れたのは小さな女の子と、先程の女性だった。

 小学生くらいだろうか、緋色ひいろの長い髪が腰まである赤眼の女の子は、リモコンのような物をこちらに向けて、頬を膨らませている。上に上がるにつれて赤から白にグラデーションがかった炎を思わせる色と形をしたワンピースの裾。そこから伸びた細く白い足。


 ワンレンの清楚で上品な振る舞いだった彼女は、目を丸くし、膝をついて必死にそのリモコンを取り上げようとしたまま固まっていた。なんともお母さんのような姿だった。



「あ......」



 目が合う。声が漏れると、みるみるうちに顔が赫らむ女性。

 数秒間そのまま固まっていた彼女だったが、態勢を立て直して凛然とした。



「失礼しました、改めまして、ようこそいらっしゃいました、勇者様」


「いや、はい」



 状況が理解できない、淑女と女児、さっきまでいたレッドウォーリア様はどこに消えたのか。




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