赤い戦士4

 


 ***





「ここは......」


「何をしている! 早く来い」



 燃え盛る炎、あちこちで火の手が上がっている、人の焼け焦げた匂いと叫び声、魔物のものであろうか、雄叫びが上がる。

 まさにここは戦場の真っ只中だった。


 俺を逃がそうと廊下の先にいるのは......



「マリジューレか?」



 顔は煤や埃にまみれていた、衣装も所々破れ破損している、自慢の槍も持っていない。


 俺は......


 背中に手をやると、剣の鞘だけを背負っている。気がつくとそこら中が擦り傷だらけだった。衣装も破れ焦げている。



「早く逃げなければ、私達まで死ぬぞ!」



 強く手を引っ張られ倒れこむ。その瞬間、俺の真後ろから爪のようなものが一閃、背中を掠めた。



「うわっ」


「もうこんな所まで」


「な、なんだよこれ」



 俺の後ろに飛び出したマリジューレはその爪の長い熊の様な魔物に回し蹴りを浴びせる、横顔にクリティカルヒットしたのだろう、魔物はよろけて倒れる。



「早く!」



 焦るマリジューレの手を掴み立ち上がろうと足に力を入れる。その瞬間、



「うっ」



 倒れた魔物の爪が彼女の脇腹に刺さっていた。

 一度よろけたマリジューレだったが、再度魔物の顔に蹴りを入れ、隙を見て俺の手を引くと、俺達は、そのまま全力で走った。



 彼女の手は、俺の手のひらで包み込んでもまだ余るのではないのかと思うほどに小さかった。

 こんな事態とはいえ、なぜかドキンと鼓動が高鳴り、俺は彼女を初めて意識してしまった。



 どれだけ走っただろう、息が上がりそうになった「少し止まりたい」そう思ったとき、一つの扉の前で立ち止まった。



「こっちだ」



 マリジューレは左右を見て魔法を唱える。景色が水面におこる波紋のように歪み出した。

 ドアを開けて俺を先に入れると、腕を最後に残して自分も部屋に入った。



「よし、この場所は隠せた......はぁ、とりあえず、はぁ......安心だ」



 薄暗い部屋、明かりはない。窓から見える向かい側の建物が燃える炎で、かろうじて彼女の顔が見える。

 ドアを背にして座り込んだマリジューレは、自分の脇腹に手を当てた。



「エ、エージ......今まで、嫌なことばかりして、すまなかった」


「き、急に何言ってんだよ」



「ハッ」と、笑うマリジューレの額には凄い量の汗が浮かぶ。脇腹に当てた手の下から赤い血が浮き出る、みるみるうちに服を染めて、床にまで流れ出る。



「おいヤバイって、ヒ、ヒール、ヒールしろよ」


「ダメだ、もうその力は残っていない」



 痛そうに顔を歪める彼女は、顎を上げて天井を見る。



「姫様も殺られた、私もこの様......もう、この国は全滅だ......エージは、元いた世界に帰れ」


「な、何言ってんだよ、魔物なんて俺が」


「無駄だ、お前にそんな力は無い、だが――」


「だが?」


「最後に、私の願い、聞いてくれるか?」


「な、なんだよ」


「そ、その......な、なんだ、この際だから言うが......実は私はこう見えて、キ、キス......というものをした、ことがない、初めての相手は、そ、その......」



 眉間に入るシワが無くなった、代わりに小さく笑う彼女の目から一筋の涙が流れた。



「バカだな、もっと素直に生きれば良かった、こんなにならなければ、言えないなんて......」


「したいん......だな」



 コクリと頷く



「俺で、いいのか?」


「言わすな......お前以外とは、考えられない。私、ずっとエージのこと......好きだった」


「もういい、喋るな、傷にさわる」



 顔を近づけると、彼女は目を瞑った、その表情は胸のモヤモヤが取れたような、どこか安らかな、それでいて恥じらいを感じる女子の顔をしていた。



 俺も目を――




 *




「はい、アウトー!!」



 目が飛び出るかと思うほどの腹痛、口から血の塊が飛び出る。



「がはっ! な、何?」


「は、い、ア、ウ、トォー」



 ふわりと体が中に浮く、背中から一突き、俺の腹からマリジューレの槍が突き抜けている。



「え? ちょっ」


「なぜ相手が私なのだ、気持ち悪い」



 串刺しになり、高らかと持ち上げられた俺、下に見えるエリザもマリジューレの隣で腕を組んで頬を膨らませている。

 口からおびただしい量の血が溢れてくる、



「頼む......ヒール」



 ......

 ............



 若干の暖かさを感じる。



「リトルヒール」



 かろうじて息がある、そんな感じだ。



「た、頼むよマリジューレ、まだ痛いよ」


「貴様などこれで十分だ」


「エージ様、マリジューレにそんなことを思っておられたのですか?」


「い、いや......そんなわけではないんだよ」


「しかしこれは、人の本性が現れると言われています。口には出さない内に秘めた強い思いなどが形となって現れるのですから」


「いや、本当にそんなこと」


「本当ですね、では、もう一度っ」


「おい、待てっ!」





***





 吹き抜ける風が頬に心地よい。コンのブレザーを着ている。高校の時に着ていた制服と同じようなものだ。


 校舎の屋上、目を丸くしているエリザが俺の目の中にいた。



「エ、エリザ?」



 それは一瞬だった

 だが、忘れられないものになった――



 急に突風が吹く、膝上丈のスカートは勢いよくめくれ上がった。

「キャッ」と、スカートに手をやるエリザ、女子高生シチュエーションの白いパンツは俺の目に焼き付いた。




「はい、アウトー!」





「ちょっ、早くねーか?」



 目の前がブレる、空と地面が入れ替わったように見えた。途轍もなく腹の傷口が痛い。

 足払いをされ倒されたのかと、ようやく自分の状況を理解した時には、腹の傷口をマリジューレにぐりぐりと踏まれていた。



「痛い痛い痛い、やめてくれ」


「クソキモ童貞野郎が!!」



 踏みつける足は更にエスカレートし、ドカドカと何度も踏みつけてきた。



「ああ、うう」


「マリジューレ、さっきのはセーフではないのか?」


「し、しかし姫様」


「私のおパンツは、セーフであろう?」


「いや、しかし童貞という者はその汚れなきおパンツをオカズにするのでございまして」


「お、おかず?」


「そうです、おかずです」


「美味いのか?」


「ま、まあ美味いと言えば美味い......かと」


「では、良いではないか!」



 にこりと笑うエリザの顔に救われた――

 今にも顔面を踏みつけそうな表情のマリジューレは足を止めた。


 ポツポツと芝に雫が落ちる。遠くで雷が鳴っている。


 雨――


 今度はスライムではなく、本物の雨だ。

 そう気がついた時には、バケツをひっくり返したように雨が降る。

「わあ」と、大きな木の下に逃げ込む二人、俺はずぶ濡れになりながら、ボロボロの体を引きずり、彼女達に追いついた。



「はー、濡れてしまいましたね、大丈夫でございますか? 姫様」


「ああ、少しばかり濡れましたが、大丈夫だ」



 マリジューレとエリザの胸元は、白いシャツが濡れて肌に吸い付くように密着していた。くっきりと下着の形が浮かび上がり、その色、柄までもが分かるほどだった。



「脱いで乾かそうではないか、マリジューレ」


「ひ、姫様!」



 エリザは胸元のボタンを外しかける、それを止めようと近寄ったマリジューレ、するとエリザは不意をついたように、マリジューレの首の後ろに手を回し、戦闘メイド服のエプロンの紐を緩めた。


 胸元の部分がめくれ落ち、白いシャツがむき出しになる。



「おお! 付けておらんのか?」


「ひっ姫様!」



 突然のことに驚きを隠せなかったマリジューレの胸は、シャツの上からでもしっかりと、小さな円の中にある突起物を確認できた。


 咄嗟に両手で胸を覆うマリジューレ、濡れてボリュームの無くなった髪から雫が垂れ、妙に艶っぽい。


その一部始終を真横から見ていた。

そしてそれを確認するように、彼女はゆっくりと俺を見る。



「......どこを見ている。童貞」


「え?」



 稲光と共に、竜巻が発生した。



「はい、あうとー」



 エリザの笑いながら言った声が響いた――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます