旅立ち11



「おおー、凄いぞマリジューレ!」



 テンションの上がるエリザの声が高い壁のむこうから聞こえてくる、機嫌の悪さも一気に吹っ飛んだようだった。



「姫様、走ると危ないですよ」


「そんなことよりお前、なぜ裸にならんのだ?」


「そ、それは......け、警戒でございます姫様」


「警戒? ハッ、誰も除いてなんかおらぬわ」


「ま、まあよろしいではありませんか」



 エリザマリジューレの声が聞こえる、予想を遥かに超えたこの景色にエリザの怒りもどこかに吹っ飛んだように思えた。

 時の粉じんH、その散りを吸い込んだ者の動きを止める。俺は湯船に浸かり、その巾着袋を眺めていた。幸いなことに露天風呂には誰もいない、チェックインが遅かったのか、貸切状態だった。


 しかしスケベ心を剥き出しにして手に入れたはいいが、俺は卑怯者以外の何者でもないのではないのだろうか。




「わぁー、ほんと貸切状態の露天だー!」


「でしょでしょー」





「んなっ!!!!」




 突如彼女達が男風呂に来た。胸からタオルを巻いているが、訳が分からない。あたふたと俺は背中を向け肩を竦め、気づかれまいと小さくなる。



「あー、お兄さーん」



 やはり気付かれるのは早かった。ピシャピシャと足音を立ててピンク髪が俺の隣に座る、更に逆側には金髪聖職者、前には武闘家と魔法使いが俺を囲んだ。



「お兄さんには、お礼をしなきゃねー」


「そうだよねー」



 ぎゅうっと間合いを詰められる、胸の谷間に寄せる波が妙にいやらしく、目のやり場に困る。



「誰がいいか、決まりましたかぁ」


「あ、いや」


「全員でも、いいんですよ」


「ハ、ハハハ」


「んふ、わかりました全員ですね」



 顔を背けると、彼女達が胸に巻いていたタオルがゆらゆらと湯面に浮かぶのが見える。


 俺の両肩に手を添わす。





「おい、まだか!」


「まだとは何がだ?」



 マリジューレの焦る声とエリザの不審がる声が聞こえてくる。

 そうだ、合図、合図はもうされていたのか!


 ピンク髪達の誘惑にやられて、マリジューレの合図を聞き逃していた。ヤバイ、早く投げなければ、しかし今はこっちの方が――



「お兄さん、もしかして......こ、ゆ、の、はじめて?」



 両手で無理矢理顔をホールドされ、向きを変えられる。彼女の唇が俺の唇に触れそうで触れていない、湯気か吐息か、何度も顔を撫でるように感じる。

 体が熱い、のぼせたせいなのか、それとも――




「おい! 勇者!」



 マリジューレの声は耳から抜けてしまった。もはやどうでもいい、彼女には悪いが今は目の前に置かれた餌を食べることに全てを注ごう、そう思った。



「勇者......お兄さんは伝説の勇者様なの?」


「ハ、ハハ、バレちゃしょうがないな」



 隣にいた聖職者が超がつくほど豊満な胸の間に俺の左腕を挟み、上下に擦り付ける。



「えー、カッコいいー」


「あ、いや、そうかなぁ」


「そうですよぉ」


「いやぁ、ちょっと無敵で、ちょっと魔王退治を任されただけなんだけどね」


「魔王退治、そんな難しいこと、本当ですかぁ?」


「難しいのかなぁ、ま、俺くらいの勇者になれば、サクッと退治して? 後はこの世界の王になるのだけどね」


「えっ、王様になるのー?」



 彼女達の目が輝いて見える。



「じゃあ、勇者様と結婚したらお姫様になれる?」


「なれるなれる」


「じゃあ付き合う、私」


「えー、私もー」



 バシャバシャと俺の手を引き取り合う彼女達、



「わかった、わかった、勇者は一人しかいないから、ハハハハ」


「強い男って好きかもー」



 湯気が立つ、なんて幸せな会話なのだろう、なんて幸せなシチュエーションなのだろう。夢のような気分だった。俺はこの世界に来る為に生まれて来たのだと込み上げる喜びをひしひしと噛み締めていた。



「ああ、そういやこの前も、無数に分裂するスライムを一掃してやったし、ジャイアントアントの幻影を見破ってやったし」



「じゃあさ、もしめちゃくちゃ強い魔王親衛隊がいたらどうする?」


「そりゃもう、チョチョイとやっつけてやんよ」



「......へー、カッコいいね」



 突然ピンク髪の甘い声が、真剣なトーンに変わる。



「え?」



 面倒くさそうに俺の目の前で仁王立ちになるピンク髪、バサバサと他の三人も立ち上がる、その瞬間、俺は驚愕する。

 全員手を上げると、頭上に虹色の空間が開いた、そこに武器が現れると彼女達は俺に向かい構えた。



「おまっ」


「何?」


「お前ら、全員、男ぉぉぉおー!!」


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