旅立ち8

 


 切れる息を整える。


 分かれ道まで帰って来た。奥からはまだ鳴き声が聞こえてくる。次第に大きくなる声に、近づいて来ていることも分かる。


 早く二人に知らせなくてはと、俺は彼女達の行った方へ走った。




 かなり走った。まだ追いつかないのかと思ったその時、エリザの声が小さく聞こえた。



「う、ん......」



 苦しそうな、詰まるような声......



「エリザ!」



 駆け寄ろうと足を踏み出した瞬間、



「は......ん......マ、マリジューレ、どこを触っておるのだ?」



 ん?



「姫様、虫でございます、虫が洋服の中に」


「そ、そうなのか? あ、ん......な、なんか変な気分になってきそうだぞ」


「も、もう少しでございます」


「や、やめ......も、もうよい、虫はもうよい」


「いけません、ちゃんと取らなければなりません」


「嫌じゃ、変な気分になってしまっ、うぅ」



 力無く折れる足、トンボ座りになったエリザの後ろから胸に手を伸ばしワシワシと揉んでいるマリジューレ、その姿は虫を取っているようには見えない、むしろ痴漢のようだ。



「おい!」



 ビクッと肩を揺らすと、エリザの胸に差し込んでいた手を目にも留まらぬ速さで引き抜き、俺を見上げる。ご大層に松明を壁の窪みに差し込んでいて、薄暗い柔らかな灯りがその場を包んでいた。



「何やってんだよ」


「あ、いや、虫が姫様の中に」


「はぁ?」



 まるで満員電車で捕まった痴漢のようだ。



「疲れたので休憩していただけだ、な、何も、やっていない!」


「いや、さっき虫が入ったからって」


「やっていない、そ、そうでございましょ? 姫様?」



 エリザは汗ばんだ赤い顔をしながら「はぁはぁ」と肩で息をしている。マリジューレの言葉は耳に入っていないようだ。

 俺はニヤリと笑う。



「ほほぅ、お前も俺も、欲しい物はどうやら同じだな」


「な、何を言うか! こ、これは本当に!」


「わかった、わかった、でも今はこれだ」



 ドドドと、雪崩の様にゴブリンと大蟻が攻めてくる、さっきよりも数が増えていた。



「お、お前っ」


「頼む、何とかしてくれ」



 マリジューレが俺の前に立ち、呪文を唱え始める。



「キャッ!」



 時既に遅し、ゴブリンの持つ棍棒の方が僅かに早かった、手を掲げたマリジューレの肘にヒットする。



「ま、マリジューレ」



 マジでヤバイ。マリジューレの足元で追撃を与えようと棍棒を振り上げるゴブリン。



「やめろ」



 マリジューレが攻撃を受ける前に、俺の頭もゴブリンの攻撃を受けた、目から火花が飛ぶ、次から次へとモンスターが俺の上にのしかかる。


 息が苦しい、こんなのじゃ、レアアイテムを貰うどころか、全滅してしまう。

 腕や脚を動かしてもビクともしなかった。

 大蟻が腹の上にのしかかると、内臓が口から出そうだった。


 ゴブリンの棍棒で頭を一撃、目の前が真っ暗になり、意識を失った。



 ――


 ――――



 体が軽い、目を開くと健康的な生足と、白いパンツが見えた。



「おおー、ラッキー」


「エージ様、起きられましたか?」



 ゴブリンや大蟻を次々と宝石に変えるのはエリザだった。俺の顔を除きこむと、笑顔になる。



「良かったー、びっくりしましたよー」


「な、何が起こったんだ?」



 頭を抱えて上半身を起こす。



「イヤですわエージ様、私達に借りを返させてくれながら、知らんぷりとは、本当にカッコ良いですわ」



 背後から飛びかかる蟻を見もせずに一刀両断、真っ二つになった黒い塊は左右に分かれて落ちる。更に飛びかかるモンスターも全て一撃。



「スライムの時は油断しましたが、今度は違いますわ、よく見ていて下さいね」


「フン、そういうことだったのか、勇者よ。これで借りは無しだな」



 洞窟内に竜巻が起こる。いっぱいになったモンスターは一斉に奥へと逆戻りになる。


 ん?


 何かおかしな話になっているが、ここはそう言うことにしておこう。



「おぅ、そ、そうだ、やってみろ、お前ら」


「ハイ」





 どれだけ時間が経ったのだろう。早送りしてのように奥からはでてくるモンスター、一向にそな勢いは止まない。



「はぁはぁ、ったく何匹出でくるのだ?」



 一撃で仕留められるが、その数の多さに、エリザとマリジューレの息は上がっていた。



「マリジューレ、回復だ!」


「はっ」



 柔らかな薄い緑色の光がエリザを包む、対するマリジューレは片膝をつき、槍に体重を預ける。



「ど、どうしたのだマリジューレ」


「はぁ、少し疲れただけでございます」


「お前、マジックパワーが無くなったのではないのか」


「も、申し訳、ありません」


「な、何をやっておるのだ!」



 この自体にも勢いは止まらない。迫る敵に一人で無双するエリザ。その後ろで倒れこむマリジューレ。



「だ、大丈夫か?」



 マリジューレに駆け寄ると、ぐうぐうと寝息を立てて眠っている。



「エージ様、マリジューレはもうダメです、魔法が使える者は、マジックパワーが無くなると回復まで寝てしまうのです」


「回復って、どのくらい?」


「わかりません、起きた時が回復の時です」


「わ、私も、もう......」



 その数に押されエリザも倒される。



「エージ様、あの魔法を、光の魔法を!」



 大蟻の牙が光る、マズイこのままでは本当に全滅してしまう。

 だが、あの光魔法は使えなかった、目の前ではエリザの顔に牙が立てられるが、間一髪のところで顔を動かし交わしている。



「エリザから離れろー」



 フルスイングだった、二、三匹が吹っ飛んだだけで、何も変わらない。

 大蟻の尻が振られて直撃する。壁に吹っ飛ばされ倒れ落ちる。ことごとく自分の非力さを呪いたい。俺はこの時点でもう立ち上がれないほどのダメージだった。



「エージ様、助けて」


「エリザ、エリザ!」



 目の前で恐怖に怯えるエリザを見ても、体が動かない。柄《つか

》のボタンを何度も押すが何も起きない、



「んだよチクショー!」



 剣の柄頭つかがしらの部分で地面を叩く、何度か叩くと少し先に小さな蟻がいた。その蟻はヨタヨタと歩きながらこちらに向かってくる。俺に倒せるのはこの小さな蟻程度だ。



「エージ様あー」



 叫ぶエリザ、制服のような戦闘服が破かれ丸出しになったキャミソールを咥えられ、引き裂かれる。



「やめてくれー!」



 柄頭が地面に当たる。眩い光がフラッシュのように輝いたと思うと、それまでいた無数のモンスターは一瞬で消えた。


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