旅立ち7



 いかにもと思わせる洞窟に着いた。



 硬い土の壁面は水で湿っていて、あらゆる所に苔が生えている、カビ臭い匂いと、冷んやりとした空気、社会科見学で一度見たことがある防空壕ぼうくうごうと言われるものに似ていた。


 松明に火をつけて、壁に近づけると、小さな多足類の虫がブワッと、一斉に逃げる。



「うへぇー、俺こういうの苦手なんだよな」



 突如背中にスッと何かが這うような感触があった。



「うわっ! うわうわうわっ」



 思ったそばからだ、おおかた虫か何かが背中に落ちたのだろう、飛び跳ね回り、服をバサバサと動かし振り払う。



「落ちた、落ちた? なあエリザ、取れた? マリジューレ?」



 虫は本当に嫌いだ、特に多足類は見るだけで無理だった。社内でも「男子は虫、大丈夫でしょ。だから出た時は男子任せ」という暗黙のルールのようなものがあって、毎回俺のような下っ端が処理に当てられていた。全然平気みたいな顔で処理をする、それしか無かった。ティッシュで包んだその感触が伝わる、離したいのを必死で我慢していた事を思い出す。



「なあ、何か着いて無い?」



 取り乱す俺は背中をエリザとマリジューレに見せながら、二人の顔を見て、動きが止まった。



「プッ」



 マリジューレが笑いを堪えているが、顔は既にバレバレだ。

 エリザはキョトンとした顔で、人差し指をこちらに向けて立っている。



「え? 何、何?」


「違います、エージ様、ここが」



 駆け寄り俺の背中に指を当てる、ひやりとした感触がして、直ぐに暖かくなった。



「背中のここ、なぜ破れてるのでしょうか?」



 虫と思ったその感触はエリザの指だった。その場所はさっきエリザとハグした時にマリジューレが突き刺した槍で出来た傷だ。



「姫様、恐らくそれは先日のスライムとの戦いで破れたのでしょう」


「何言ってんだマ――」



 エリザの頭越しに見える松明たいまつに照らされたマリジューレの目は、いつもに増して威圧感を漂わす。



「そ、そうです」


「そうなのですか? 何も攻撃を受けていないように見えましたが」


「だ、大丈夫大丈夫、ハハハ」



 エリザは「ふーん」と、首を傾げているが俺は先を急いだ。



 少し歩くと目の前は二股に分かれていた。どちらも同じ大きさの穴。



「どっちにしようか?」


「私は姫様と右側へ進む、勇者様は一人で左に行って下さい」



 そう言うとマリジューレはエリザの肩を抱き、ラブホテルに入るようにそそくさと、右側へ進む。



「ちょ、一人って」


「マリジューレ、私もあちらに行きたいぞ」



 駄々をこねる子供のような口調で足を止めようとするが、マリジューレの肩を押す力に負けて、ヨタヨタと歩く。



「姫様、勇者様は無敵でございます、もし何かあっても絶対に大丈夫でございます、ならば私達はこちらで足を引っ張らないように偵察した方が効率よく敵を見つけられるでしょう」


「そうか......それもそうだな。エージ様、こちらは任せて下さい!」


「頼みますね、勇者様ー」



 そう言うと二人は暗闇の中に消えて行った。

 マリジューレの鼻にかける笑顔がワザとらしくて、腹が立った。



「いや、えー?」



 マジかよ、一人残された俺はひたいに脂汗を浮かべながら左に一歩足を出した。




 うす暗いという表現ではあまりにも弱い、松明の灯りが無ければ何も見えない程暗い。レアアイテムの素材をよくこの中で調達出来るものだなと疑問に思う。


 ポタリポタリと、天井から雫が落ちる。


 ぬかるんだように歩きにくい。何度か足を滑らし、転びそうになる。



「キキキキ......」



 虫の鳴き声か、コウモリか、異様な声が聞こえる。ヤバイとは思いながらも足を進めると、異様な声はその頻度を増した。



「キキキ......キキィ」



 道は少しカーブを描き、奥から見える灯りが壁を照らしていた。


 絶対この先に何かいる――

 俺は今すぐ逃げ出したい気持ちを抑え、エリザ達に報告せねばと、壁伝いにゆっくり覗き込んだ。



 ――――っ!!



 どうやら驚きすぎると、声が出ないのは本当のようだ。この場合は助かったのだが、その光景は一瞬見ただけで目に焼き付いた。


 俺の背丈の倍はあろう異常にデカイ蟻、その周りには小さな鼻の長い緑色の肌をした生き物、恐らく定番、ゴブリンと呼ばれるやつだろう。

 それが大量にひしめき合っていた。


 こんなの一人でどうこう出来る量じゃない、マリジューレの魔法と、エリザの剣の技術を持ってすれば容易いことだろう。ここは一度引き返し彼女達に伝えよう。



 気づかれないよう、慎重に歩こうとした矢先。



「うわっ」



 足を滑らせ勢いよくその場に転倒した。松明の転がる音、



「キキ!」



 何かに気がついたと思える鳴き声だ、カサカサと足音が近づいてくるのが分かる。



「ヤバイって、ヤバイって」


「ギギィー」



 ゴブリンの一匹に気が付かれた、急に声が大きくなる。すると後ろにいた他のモンスター達もドッと足音が早くなる。



「そ、そうだ、ソーラーなんちゃらで!」




 剣を抜きボタンを押す――



「あれ?」



 何も起こらない、



「うそだろ、おい!」



 何度もボタンを押すがやはり何も起こらない。

 俺は落ちた松明を拾い、飛び掛かってきたゴブリンを間一髪のところで交わし、振り返らず全力で走った。


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