旅立ち3



「てかさぁ、スライムごときが強すぎじゃない?」



 ジョッキを叩きつけるようにテーブルへ置く。十人掛けのテーブルの上には色とりどりのご馳走が並ぶ、この地で採れたもので、新鮮な魚や肉が中心だった。

 椅子に置く麻袋の中には大量の宝石が入っている。無数のスライムを倒した後に残っていたものだ、この街でご馳走を食べ、贅沢に寝泊まりしても余る程だった。


 ご馳走を三人で囲むのだが、群を抜いて酔っているのはマリジューレだった。



「それはやはりお父様の言う通り、バルアリの息がかかっているのであろう」


「でも、スライムだよ、す、ら、い、む! あんな雑魚がこんな強かったらこの先どうすれば良いのよ!」



 メイドを務めるマリジューレの言葉は身分の壁を越えている。それを黙認しているエリザ、なんだか妙に変な感じだ。



「いや、マリジューレ、姫、姫」



 エリザを指差して笑う、



「あぁ?」



 目を細め俺を睨むマリジューレ。いつもは落ち着いた彼女だったが、今回は表情豊かだ。



「よいのですよ、エージ様、彼女は風の司祭ビショップでもあるのですから」


「ビショップ?」


「はい、国を守る者にはそれぞれに特別な称号があるのです。エレメントの加護を持つ称号。選ばれし者だけが得る事の出来る称号。その一人、風の称号を得た唯一の人物が彼女であり、私のボディーガードを兼ねてメイドの姿に扮しているのですよ」


「え、じゃあマリジューレって凄い人だったんだ」


「今頃気づいたか、バカ勇者!」



 フォークを俺に突きつけるマリジューレ。



「マリジューレ!」



 エリザが一括すると彼女はフォークをその場に放し、ボロボロと涙を流し始めた。



「うっ、くっ」



 その涙は次から次へと流れ出し、彼女は下唇を噛み締めながら俺の目を睨む。

 その表情に驚いたのも束の間、俺はニヤリと口角を上げた。



「まあまあ、俺が勇者だって事? 分かってくれれば良いのだよ、マリジューレ君」



 真っ赤に血走った目で俺を見る顔は怒りに満ち溢れているようだった。



「何だっけ? 君の風を使った魔法? アレが逆にピンチを招いたという事実は? まぁ変わらんのだがね、以後気をつけたまえ」



 毎回俺を罵っているのだ、これくらいの反撃くらいしてもバチは当たらないだろう、顔を仰け反りマリジューレを見下ろすように腕を組んだ。



 ............


 ..................



「エ、エージさ――」



 沈黙に耐えかねたエリザが声を発した瞬間、



「......ぐわあぁぁああん!!」



 マリジューレは赤ん坊が泣くような大きな声で泣き喚き出した。ただでさえ豪華な料理をたった三人で囲み目立つ所にこの始末。周りの客の注目の的になるのは必然だ。


 呆気にとられるのはエリザも一緒だった。



「なあエリザ、マリジューレって何歳?」



 小声でエリザに聞く、



「あ、はい、えっと、二十七年になります」


「に二十七ぁ!?」



 俺よりも三つ上だった。その驚いた声に反応するようにマリジューレの泣き声は更に大きくなる。



「な、泣くなよそ、そのマリジューレ......さん」


「うわあぁぁん、わあぁぁあ」



 マリジューレの勢いは止まらない、早く何とかしないとこの場に居られなくなる。



「おぃ! いい加減泣き止めよ、大人げない! っスよ」


「エージ様、そんな言い方......」



 慌てるエリザ、焦る俺、もうどうすればいいかわからない。その時、急に俺は猫のように首根っこを引っ張りあげられた。



「おい......兄ちゃん」



 見上げるような大男、スキンヘッドで体脂肪率ゼロだと思わせる筋肉、タンクトップと短パンから見える皮膚には傷が無数にあった、ちょこんと椅子の後ろ側に立たされて顔を覗かれる。



「女の子を泣かせるたぁ、放っておけねぇなぁ」


「いや、違うんスよ」



 この状況はまずい感じだ、



「違わないだろっ! うぅ」



 わあわあと泣いていたマリジューレが叫ぶと、大男は眉間に筋肉ごと皺を寄せたような形相で俺を睨みつける。



「兄ちゃんみたいな弱そうな奴が威張るのが俺は一番ムカつくんだよ、面貸せや」


「いや、威張って......ないっ、スよ」



「なっ?」と、同意を求めてエリザとマリジューレを見るが、



「エージ様、行ってらして下さい」


「は?」



 エリザはニヤニヤと笑った。

 両手で顔を覆ったマリジューレの左目からは涙が止まり、悪戯に目が細まったように見えた。



「あっ、マリ――」



 気がついた時は遅かった、俺は再び首を掴まれゴミを捨てるように外へと放り出された。エリザは「どうせ無敵だから大丈夫でしょ」という感じだろう、マリジューレに関しては......既に泣いていない、むしろ「ざまあみろ」という感じだ。


 どうする!?


 レンガ造りの道に叩きつけられ衝撃が痛い。



「っ痛てぇー」


「悪く思うなよ兄ちゃん、後の事は俺に任せておけばいいから」



 肩を回し俺の顔ほどある拳を握り振り上げる。こんな丸太のような腕に殴られると骨が折れるどころじゃ済まないだろう。



「どういう事だよ」


「あの子達は俺が引き受けるって事よ、あんな可愛い子とハーレム旅なんてよ、考えるだけでヨダレが出るぜ、グヒヒ」



 大男は顎を拭うとその手をふりかざした。

 侘しい街灯の灯りが強大な筋肉を照らす、恐怖で足の震えが止まらない、俺の人生で殴り合いの喧嘩なんて事は一度も無い。こんな時避けるなんて事は考えられなかった、両手で頭を抱えるように小さくなる他出来ない。



 ミシ......



 鈍い音、ベニヤが割れる前の軋むような......



 衝撃で目線が定まらない、テレビカメラを振り回したような見え方だ、なんだ、どうなった?

 割れたレンガに顔が付いている、カビの匂いと土の匂いが混ざっている、

 次の瞬間、両腕に激痛が走る。



「ああいい痛えー!」



 起き上がろうにも両腕に力が入らない、肘の部分からあり得ないくらいに陥没している、指の感覚は無く今まで感じたことのない痛みだけが残っている。



「ヒヒヒ、魔王バルアリの首は俺が貰う、そして姫さんの純潔もな! だから安心して死ね、グヒヒ」



 バルアリの首、姫の純潔? なぜこの輩がそんな事を言うのか、もしや他にも魔王討伐の冒険者がいるのか、とはいえ今はそんな事を考えている暇は無い、俺はこの場で死ぬかもしれないのだから......



「エージ様ー、何を遊んでいるのですかー?」



 エリザの声がする、顔を動かすと店の中にいた全員が外に出て俺達を見ている。

 いや、遊んでないんだがなあ......


 マリジューレは?

 両手を口に当て叫ぶエリザの隣で、手で目を隠しながら口元は笑っているマリジューレがいた、どうせその隠した指の間から見ているのだろう。


 なんだよ、元はと言えばアイツが悪いんだろうがと、怒りが湧く。



「せめて、次で終わらせてやっ、るっ、かっ、ら」



 再度拳を振り上げる大男、もうだめだ。



「なっ」



 俺、死んだ、絶対死んだ。





 ――


 ――――



 意識がある。


 片目を開くと、景色はさっきのままだ。ただ違うのは......



 誰も動いていない。


 固まったように誰も動いていない、目の前の大男も拳を振りかざしたまま、あと数センチで俺に当たるという状態で止まっている。



「アレ?」



 すぐさまその場を離れる、驚きのあまり腕の痛みも和らいでいる。



「なんだこれ?」



 誰もが誰も微動だに動かない、そうかと気がつく、俺は死んだのかと。だから痛みも感じなければ、俺だけが動けるんだ。



「でも人生の最後が異世界で、しかもこんなオッサンに殺されるだなんて、まぁ死んでから言っても遅いけど」



 まじまじと自分の人生を終わらせた男を見る、痛みが消え、動かせるようになった手でペタペタと顔を触る、



「よくも殺してくれたな!」



 回し蹴りを一発......二発、三発と大男の尻に打ち込む、勿論動かなければ、何の反応も無い。



「本当に動かない......あ!」



 大発見をしたような、歓喜に満ちた声を上げる。



 もし「超能力が使えるとしたらどんなのがいい?」と、聞かれると答えは二つだ。



 一、透明人間になる。


 二、時間を止める事ができる。



 何故ならそれは......言うまでも無い。




「おー、絶景、絶景」



 エリザのスカートを覗き込む、しかも正面から堂々と。

 白い布がムチッとした太ももの間からチラリと見える、足の間に顔を入れ、真下からモロに見上げると、そこに広がるのは正に絶景だった。


 そしてこれだけでは終わらない、



「次はぁ、マリジューレちゃんだねぇ」



 もはや変態、そう呼ばれても仕方がないだろう、今俺のやっている行為は、変態なのだから。だが関係ない、誰も見ていなければ、もはや俺は亡霊なのだ。亡霊が何をしようと全く分からないのだから。



「よくも俺をこんな目に合わせてくれたなぁ」



 それは憎しみよりも、喜びのほうが優っている言い方だった。罵られた奴の方が、こういう行為は燃えるものだ。やはり指が少し開いて、その間から青い目が見える。あがる口角からは歯が見える。



「ほほぅ、マリちゃん、そんなだけど、どんなパンツ、履いてるのかなぁ?」



 ゆっくりと目線を下げながら体制も下げる。

 レースが沢山あしらわれた水色と白のメイドスカート、その先には......






 熊。



 クマ!?



 全面に大きなプリント。その周りに水玉模様に小さなデフォルメされた熊が散りばめらている、



「二十七にもなって、熊のパンツって......」



 笑いが込み上げてくる。さて、他の人も鑑賞させて頂くとするか。


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