旅立ち2

 



 雨......?


 空は晴れて雲も白い、なぜか突然雨が降り始めた。


 マリジューレの肩越しに見えるエリザも空を見上げながら、



「おお、雨か」



 どこか雨宿りをする場所を探さなければと、辺りを見回す、すると少し先に大きな木が見えた、走ればそんなに濡れなくてすみそうだ。

 振り返り彼女たちを見る。



「みんな、あそこの木......に......」



 そこに広がる光景に、俺は自分の目を疑うと同時に、腰を抜かしてしまった。



 髪を伝う雨、は、地面には落ちない。

 手をついた芝生は雨水で冷たく......濡れていない。


 代わりにドロリとした感触があり、頭の上には雨粒が大きくなりつつある。



 これは雨なんかじゃない――





 スライムだ!!





 エリザの剣で再生して倍になり、マリジューレの魔法で粉々になったとすれば、再生しながら何百、何万と空から落ちてきているということになる。



「ゔぐぅ、ぐぅ」


「ゔぐぐぐっゔぐぅ」



 すでにエリザとマリジューレは抱き合ったままスライムに両手両足を拘束されていて、さらには頭部にスライムが覆い被さっている。


 二人は苦しそうに顔を振り、スライムを落とそうとしているが、その抵抗は全く通じていないようだった。



「っひ!」



 突如息が出来なくなった。頭ごと水の中に突っ込まれたような感じだ。どうやらドロッと垂れるスライムが俺の顔にも被さったようだ。

 反射的に手で拭い取ると、大きく息を吸い込む、芝生の上で平く伸びるスライムを見ながら噎せる。



「あー、死ぬかと思った」



 息?


 死ぬ?



「エリザ! マリジューレ!」



 さっきまでもがいていた二人は力無く、ぐったりと倒れ込んでいく。

 スライムは未だ降り続ける、地面に落ちるスライムは体を大きくしながら次々と二人に覆い被さる。まるで大雪が降った時のように降り積もる。彼女達の体はこのままでは全身がスライムの中に取り込まれてしまうだろう。


 自分にも降りかかるのを払い避けながら彼女達に駆け寄り、引きちぎるようにスライムを剥がそうとするが、降り積もる速さの方が勝る――



「どうすれば......」



 俺の手は剣を握っていた。



 たとえこの剣で切ったとしてもまた数を増やすだけだ。とりあえずこの場を凌ぐとしてもスライムに埋もれている二人に刃を向ける訳にはいかない。



「でも!」



 分からない、どうすればいいのか分からないが、意を決して剣を抜く、光を反射する刃は鋼鉄をも真っ二つに出来そうな程の鋭さが見てわかる。


 目の前で二人が抱き合いながら動きが遅くなるのを見て、何もせずに放っておくなんて出来なかった。



「チクショー! どうすれば良いんだよ」



 闇雲に剣を振り回す。半分に斬られたスライムはその数を増やしいく。



「なんだよ! こんなん無理ゲーじゃんか!」



 と、その時、きつく握る剣の持ち手の場所の一部に突起物がある事に気づいた。

 親指に当たるそれは、小さなボタンのようだった。



「ん、何だこれ」



 軽く押せる。



「うわっ」



 次の瞬間、眩い光が剣を包む。その光は輝きを増し続ける。剣の刃を中心に大きな球状に膨れ上がったひかりの玉は、膨らんだ風船が割れるように辺りを照らした。



「ぅうぅわぁー!」



 目が開けていらない。剣を掲げたまま小さくうずくまった――――





 しばらくして光が治ると、顔を上げる。そこには無数の宝石が散らばっていて、太陽の光を反射させ、キラキラと幻想的だ。



「お見事ですわ、エージ様」



 この声は......


 背中にむにゅりとした感触を感じさせるのはエリザだった。背中の上に乗っかって両手を俺の肩の後ろから回している。いわゆる【おんぶ】をしている状態だ。



「あ、ああ、無事か?」


「うん!」



 元気のいい返事が聞けてホッとする。

 更に奥を覗くと、マリジューレが体ごと横を向けて立っている。



「その、何と言うか......申し訳ない」



 下を向いたまま棒立ち。声に張りもなく消えそうなトーンだった。そのあからさまに落ち込んでいる姿から、俺を罵っていたようには見えない。



「いいんだよ、べつに」



 とはいえ、自分も何が起こったのかは分からなかった。

 エリザは更に胸を押し付けるようにグリグリと俺の背中で体を動かす。



「ソーラーイレイザーなんて、やっぱり勇者様って凄いね、ねー、マリジューレ」


「はい......」



 自分が守ると決めたものの、逆にピンチを招いてしまった事を悔いているのだろうか、やっと手に入れた大企業の内定を取り消されたかのように、さっきまでの威勢は無くなっていた。

 逆にテンションが上がっているのはエリザだった。ほんのちょっと前まで死にかけていたとは思えない。



「ソ、ソーラー?」


「うん、ソーラーイレイザー、眩い光で魔物を消滅させる、幻の光魔法」


「ま、幻の?」


「そうだよ、魔法の授業でも本物は見た事無かったもん」



 ほっぺたをスリスリと擦り付けてくる。



「お? おお。......ゆ、勇者は凄いんだぞー!」


「だぞー!」



 誇らしげに拳を上げた、エリザもその真似をした。

 奥歯を噛み締めるマリジューレの横顔が怖かった。

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