転移5



「助かっただなんて、思うなよ......」



 ......息ができる。呼吸が元に戻ると意識が戻り、喉の痛みも全く無いだけでなく、包まれるように暖かい。なんだかリラックスできる、眠くなってしまうほどだ......ふわりとした弾力が直に伝わってくる。このまま目を開けずに寝てしまいたい。


 そう、まるで膝枕のような......



 膝!?



 目を開けると、二つの膨らみの向こう側でメイドの顔が俺を見下ろしている。



「えっ? え?」



 慌てる俺の髪を掴み、自分の太ももに押し当てる。



「いちいち驚くな、面倒くさい」



 呆れたような顔と物言い。

 メイドの手は俺の首元で半透明な光を放っている。これが回復魔法ヒールという魔法なのか。



「勇者様の具合はいかがですか? マリジューレ」


「あ、ええ、もう大丈夫かと」



 マリジューレ。この俺を殺そうとしたのに、今、膝枕をしているこの女はマリジューレという名前なのか。


 おっとりとしていて、優しい声の主は結婚式で見るような物凄い豪華なドレスを着ている女性だった。俺を覗き込む青い目、ボリュームのある金髪、一目でエリザの母親だということがわかった、大人の色気が漂うが、見た目はとても母親だとは思えなかった。



「魔物がこの城まで来ていたなんて、怖いですねぇ」


「勇者様も油断していたそうで、でもご安心ください王妃様、もう魔物はいませんので」


「そうですか、では後ほど、勇者様も」



 ゆっくりと部屋を出る王妃、笑顔が煌びやかというのはこういうことなのか、あの親にしてあの子あり、という感じだ。

 マリジューレがその場で立ち上がるものだから、俺は転がるように地面に叩きつけられた。

 首の傷は跡形も無く消えていた、この世界では医者という存在は要らないようだ。



「あ、ありがとう」


「運が良いな、王妃様がいらっしゃらなければ今頃貴様は地獄行きだったでしょうに」



 背中から顔だけをこっちに向けて、凍るような冷たい眼差しで俺を睨んでいる。



「これだけは言っておく、姫様は純粋なお方、姫様を悲しませる事は何があっても許さない。姫様の誤解が大きくなる前に早く間違いを言って誤解を解け、さもなくば次こそは貴様の首が飛ぶと思え」


「は、はい」



 俺の言葉を聞くと、マリジューレはにっこりと笑いまた元のメイドに戻った。



「さあ、参りましょう」



 俺が立ち上がり部屋を出るのを待ち、ドアを閉めた後の彼女と並んで歩いた。

 廊下には小さな窓が沢山並んでいて、外の景色を見ることができる、表側は城下町が賑わっていたが、横と後ろは山々に囲まれて自然を感じる。少し歩くと天井まである大きな門のような扉の前で足が止まった。左右には鎧の兵士が警備員のように直立不動のまま立っていた。



「この部屋は玉座の間です、くれぐれも失礼のないようにお願いします」


「は、はい」



 改めて言われると緊張する、手のひらに汗が出てくる。初めて仕事の面接を受けた時を思い出す。一歩前へ出てノックを二回。



「勇者様を連れてまいりました。入ります!」



 キリッとした声、一気に緊迫した空気が漂う、ギィィと、音を立てて年季の入った木製のドアが開いた――




 左右には兵士がズラリと並んでいる、三階分はあろうかと思わせる高い天井、ステンドグラスと噴水が部屋の中で光を反射させて綺麗だ。赤い絨毯じゅうたんの先には一段上がった玉座がある。


 ゆっくりと歩き玉座の前まで来る。白髪混じりの長髪と髭、威厳というオーラに満ち溢れたような王様と、先程の王妃様が両端に座っている、王様と王妃様の間の玉座にはエリザが座っていた。髪をゆい、綺麗なドレスを身に纏う姿は剣を振り回す面影など微塵もなかった。

 俺の姿を見て、エリザは誰にもバレないように小さく手を振った。



「この者が伝説の勇者様にて、ございます」



 頭を下げるメイドを見て、俺も頭を下げた。



「......顔を見せよ、勇者殿」



 ゆっくりと頭を上げて、王を見る。



「この度は娘のエリザを助けて頂き、感謝する」



 王はその場で軽く頭を下げた。



「しかしながら、幼き頃より剣術を学んだこのエリザの力でも魔王バルアリを討ち亡ぼすことは出来なかった。多少なりとも被害を被ったバルアリは更に力を強大なものにするであろう、その前にバルアリを叩かなければ面倒な事になる」



 眉頭にシワを寄せながら頭を抱える。キツく目を閉じた後、俺の目をじっと見てきた。



「話によればそなたは、無敵スキルの加護を持つとエリザから聞いたのだが、それは誠か?」



 隣にいるメイドを見るが、じっと下の一点を見たまま、顔を上げようとしない。藁にもすがる思い。王からはそんな感じがした。だとすれば尚更言っておかなければならない、誤解だと言うことを。



「あの、王様、それがですね――」


「それだけではないのです、お父様!」



 エリザが話に割って入る。立ち上がる彼女の身振り手振りは大袈裟な程に動かしている。



「回復魔法と移動魔法を同時に使うことができるのですよ!」


「なんと! 二つの魔法を同時に......しかもその一つの移動魔法は神官クラスの、しかも限られた者にしか使えないと言われている高難度の魔法!」


「あ......いや、それが――」


「しかもうつ伏せのまま動けなくて息苦しい私を見るや否や気道の確保まで一瞬でねっ! それでね! それでねっ光がね、ふわーってね――」


「エリザベラ!!」



 エリザの勢いに押されて苦笑いの王様、それをよそにテンションが上がり続けるエリザに一括。王妃様の声が響く――


 賑やかだった玉座の間は、一瞬にして静まり返る。その場で固まったエリザは咳払いをして、真ん中の玉座に戻った。



「......まあ、勇者殿が凄いと言うことは分かった、その力を我々にお貸し頂きたい」


「いや、その......勇者と言うのがですね――」


「分かった分かった、分かっておる。見事魔王を倒した暁には、何なりと褒美を与えよう。エリザも勇者殿を気に入っておる、平和になれば結婚も許そう。どうだ?」


「お父様っ!!」



 いつもの声より一音高くなったエリザの声が響くと、兵士達も騒めく、王妃は顔色を変えずに微笑んでいた。



「エージ様っ」



 段差を下りて倒れるように俺に飛びつくエリザ、一方的に抱きつかれる形になった。もちろん、むにゅりとした感触を感じ取ることができた。



「早速、旅立ちましょう! 私が同行しますわ! 平気ですわよね、エージ様」


「えっ? あ、ああ......」


「魔王なんてササっと倒して、早く結婚しますわ!」


「あ、ああ......」



 結婚、俺には縁遠い言葉が真面目に並べられる。こんなアイドルのような姫と結婚すれば毎日が輝いているだけでなく、一生遊んで暮らせるということになる。


 なんとか、できないものか......



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