転移2



***




 ――光の無くなりし時、異世界より舞い降りしその者、この世界に再び光をもたらすであろう――





 眩い光で目が眩んだ。

 身体が宙に浮いて、それからは覚えていない――



 暗かった空は晴れて、辺りの緑はその活力が漲っている。白い雲と吹き抜ける風は心地よい、さっきの場所とは正反対な絵に描いたような平和な景色が広がっている。



 ぷっくりと弾力がありそうな唇が目の前にあった。血は止まり、傷も回復しているように見えた。目を閉じ気持ち良さそうに眠っている。



「好きぃ......」



 甘えたような寝言にドキッとした。体をクネクネと動かし俺の腕に抱きついてくる。


 ――やっぱり可愛い。




 例えるならトップアイドル。いや、それを越すか?

 やはりあの状況でも思ったが、間違いなく俺が今まで見た中で群を抜いて一番だった。


 この状況、少しくらいなら自分の唇を重ねてもいいのではないのか、一瞬なら、バレずに終わらないだろうか、未だに済ませていないファーストキス。今ならその瞬間を訪れさせることができる......


 鼓動が高鳴りかけた時、ふと我に返る。



 相手は瀕死の状態かもしれないのに......「好き」とは誰のことか? 俺のことならば迷うことは無いが、初めて会った、というより初めて見ただけの人にこうも簡単に「好き」など言えるのだろうか、思い上がりも甚だしい。理性が負けそうになりながらも邪心を振り払うように首を左右に振る。




「ひ、姫様? 姫様! よくぞお戻りになられました!」



 少し先から男の声が聞こえる。


 姫?



「姫様が戻られたぞ! 早くヒーラーを!」



 ガシャガシャと鎧の擦れる音もする。顔を上げると頭の部分以外を西洋的な鎧を身にまとった男が駆け寄って来た。

 ゲームやアニメでは、城の兵士といった感じだ、盾と槍が描かれた肩の紋章がそれを思わせる。



「貴様! 姫様に何を!」


「な、なな何だよ急に」



 槍を突き立てる兵士、鋭く尖った先は彼女の肩を抱く俺の喉元に一直線に向かってくる。目を瞑ることしか出来ない。



「やめよ!!」



 空気を裂くような、腹の底から出たその声がなければ槍は俺の喉を貫いていただろう。紙一重の所で槍先が止まった。

 驚いたのは、寝言であんな声だった彼女が一転、一瞬で凛々しくも勇ましい姿へと変貌していることだ。

 彼女は立ち上がりながら槍を掴み一瞬で兵士から取り上げると、その槍先を兵士の喉に突き付けた。



「このお方は伝説の勇者様なるぞ、無礼は許さん!」



 槍を振り上げ兵士の肩に叩きつけると、槍は折れ、崩れ落ちるように兵士は地面に倒れた。



「ぐはっ、お、お許しください、姫様」



 折れた槍を投げ捨て、腰に手を当て胸を張る。肩に羽織ったジャケットが、風になびいて下から見上げる俺は良い膨らみを拝む事が出来た。



「私ではない、勇者様に謝れ! もし許して頂けなければ、お前は極刑に処す」


「ひっ、ヒィィ、お、お、お許しくださいませ、ゆ、勇者様」



 さっきまで魔物を見るような目で俺を見ていた兵士が、転がるように近づいて来たかと思えば、何度も頭を地面に叩きつけ、涙を流しながら命乞いをしてくる。

 それは引いてしまう程に......



「あ、いや、いいッスよ、もう」



 邪な事を考えていたのは事実だし、それを阻止したのはこの人であって、完全にこの人だけが悪いとは限らない。その罪悪感から、笑顔が引きつってしまう。



「「姫様!」」



 白装束を身にまとった聖職者と思われる女性や土下座をするこの兵士と同じ鎧を着ている男が次々とやって来ては俺達の周りを囲んだ。



「姫様、血が! 今すぐヒールを!」



 聖職者が木の杖を掲げて呪文を唱え始める。



「その必要は無い! 傷ならばもう全快しておる」



 彼女は手のひらを開き前に突き出すと、聖職者の呪文は止んだ。ジャケットの袖で顔の乾いた血を拭き取る。仕切り直すように胸を張る彼女に、兵士達は膝を曲げ頭を下げた。



「よく聞け、このお方は伝説の魔方陣より召喚されし勇者様、ヒール魔法で瀕死状態であった私の命を救って頂いただけでなく、移動魔法まで使って頂いたのだ!」



 ざわつく兵士達、「予言は本当だったのか」とか、「これで助かる」などが小声で聞こえる。



「いや、俺は何も......」



 と言うよりゲスな事を考えていただけで――とは、言葉に出せなかった、



「さぁ、勇者様」



 兵士達を見る強張った表情から満面の笑みに変わり、手を差し伸べる彼女。



「あ、ああ」



 男のゴツい手とは違いふわりとした女子の手。そういえば女子の手を握ったのは何年ぶりだろう。立ち上がる俺に兵士達は深々と頭を下げる。



「「ありがとうございます、伝説の勇者様!」」



 ――いや、だから何が? 俺が?




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