白羽さん(古話)
鈴鹿風花さんは、お綺麗で聡明でお優しい。
大抵の方は、鈴鹿さんをそのように評します。あるいは少数派ながら、あの鈴鹿さんの完全無欠な在り方を本性を隠す仮面のようなものだなどと無根拠に勘繰り、あまつさえ陰口を叩く不届き千万な輩もいます。後者のような連中については各々の名前住所生年月日血液型電話番号SNSアカウントその他諸々に関して風紀委員の皆さんの力も借りて既に調査を済ませておりますし、何ならこれらの個人情報を上手に使ってやつばらの社会的なライフをゼロにしてやろうかと検討した事も一度や二度ではありませんが、一応そういう《自主規制》とて人間の端くれには違いありませんので心ばかりの同胞愛を以て容赦して差し上げているのが現状です。全く、私達風紀委員の慈悲に感謝して欲しいですね。
若干話が逸れました。
軌道修正しましょう。
ともかく、鈴鹿さんの評価は大体において非常に高いのです。
しかし、そういった健全な判断を行えるだけの物差しを持った善良な方々も、やはり鈴鹿さんの表層的な部分だけを見て鈴鹿さんを評価している節がある事は否めません。
こう言うと、私がそういった方々の事を見下し、あるいは非難しているように聞こえるやもしれませんが、そういうわけではありません。
何故なら、『表面』から人を評価するという事は、至って当たり前な行為ですから。
基本的に、人は他人の容姿や言動など、平時であればいくらでも繕う事の出来る表面的な要素からしか他人に対する評価を決める事が出来ないのです。
そして、まあ、だからこそ、鈴鹿さんの悪口雑言を裏でこそこそ言っている一部の連中の言わんとする所も、一億歩ほど譲れば何とか理解してやれないでもありません。尤もかろうじて理解は出来ても共感などこれっぽっちも出来はしませんし、何ならふざけんなこの《自主規制》の《自主規制》が《自主規制》すんぞとしっかり間違えましたうっかり思ってしまったりもするのですが、それでも、鈴鹿さんが美しく優しくあるのは人前だけで、一皮剥けば醜い本性を晒すに決まっているなどと戯けた邪推をしたくなるような汚れきった心の持ち主に対しても叙情酌量込みで打ち首獄門を言い渡して差し上げる程度に優しくあれるのは事実です。
されど、そんな《自主規制》の《自主規制》どもには残念でしょうが、鈴鹿さんは本当にお優しく美しい方なのです。
そしてこの私の評価は、鈴鹿さんを評価する方々の多くのように平常の鈴鹿さんの情報のみから――即ち『表面』のみから下したものではありません。
そも私と鈴鹿さんの付き合いは、1年ほど前にまで遡ります。
この高校に入学した当初の私は今よりもずっと弱く、引っ込み思案な性格でした。
と言うよりも、臆病でした。
幼稚園の頃からそうでした。
私のフランス人のクオーター故の金髪碧眼は、良くも悪くも目立ちます。
たまに「人は見た目が十割」などと口性の無い者が言うのも無理の無い話で、見た目、というのは『表面』の最たるものであり、言動以上にその人に関する印象を大きく左右するものです。
私の場合、金髪碧眼という『表面』が、周囲に特異で近付きがたい印象を与えていたようです。
そして幼かった私は、自身の容姿が与えている印象だけは分かっても、それを払拭する方法を知らなかったのです。見た目故に遠巻きにされているという事は分かっても、それを打破するための手立てが今ひとつまだ分からないでいたのです。
ですから、私は周囲から避けられるがままに避けられていましたし、私自身も周囲との関わりをほとんど持たずに生活していました。小学生になっても、中学生になっても、他の生徒とは事務的な会話こそすれ、普通の――尤も、『普通』とは何なのか定義せよ、と迫られると少し困るのですが――とにかく、小説や漫画やテレビで見るような、分かりやすい『友達』は出来ませんでしたし、特に作ろうとも思っていませんでした。
そして、それで別に構わないものだと思っていました。
……いえ、流石にそこまで言ってしまうと欺瞞になります。
実の所、私は恐れていただけなのです。
本当は、ある程度の年齢になってからは、私も友達が欲しかったのです。
ただ、幼い折からくっつき続けている『近付きがたい』という自分の第一印象を打ち破るために、誰かとコミュニケーションを取るのを酷く恐れていただけなのです。
友達を作ろうとするたびに、誰かに話しかけようとするたびに、嫌な顔をされないだろうか、迷惑を掛けないだろうか、つまらない奴だと見下されはしないだろうか――――そんな未知のマイナスへの不安がいくつも頭の中に浮かんできて、どうしても動く事が出来ず、言葉が出ず、それで結局、友達作りという難題から回れ右をして目を背け続けていただけなのです。
そんな風に人付き合いから逃げ続けていた私も、やがて高校生になりました。
入学後一ヶ月ほど経ち、学年及びクラス内でのグループやカーストが概ね決まってからも、私は一人きりでした。
いえ、実は入学式の直後の数日くらいは私に話しかけてくれる人もいたのですが、当然と言えば当然の事ながら口下手かつ対人経験皆無な当時の私が上手く対応する事など出来るはずもなく、気付けば私はクラスの離れ小島よろしくぽつんと孤立していました。
経験した方、あるいは現在進行形で経験されている方ならば同意して頂けると思うのですが、学校において一人きりでいるというのは、大変退屈なものです。
と同時に、何だか無性に自分が惨めになるものです。
そして、退屈で惨めで仕方ないのに、内心色々と誰にともつかない脆弱な言い訳をつけて、孤立している現状を受け入れようと必死に足掻くものなのです。
少なくとも私はそうでした。
ずっとそうしてきました。
ですから、私は高校生になってからも、私語ひとつせず授業を馬鹿真面目に謹聴し、休憩時間中は一人で黙々と昼食を摂り、時間が余れば読書や勉強で暇を潰し、放課後になれば一人で直帰する、という学校生活を送っていました。そして、所詮学校生活など数年足らずの営みに過ぎないのだからそんな日々でも一向に構わないのだと自分に言い聞かせていました。そんなわけないのは重々分かっていながら。
ある日の体育の授業で、テニスのラリー練習を二人で一組でする事になりました。
二人一組。実に嫌な響きです。少なくとも孤独行動者にとっては即死系の魔法とかそういうアレに近いです。
何故なら、授業において二人一組で何かをする際、当然ながらペア分けなる儀式が執り行われるからです。一組二組と仲良し同士が抜けて行き、最終的に孤独行動者だけが炙り出される。何ですかこれ新手のババ抜きですか。しかも残されたババは大体教師の独断で二人グループのどれかに雑にぶちこまれてそこだけ三人グループになるんですよね。で、他の二人に気を遣われて死にたくなるか、徹底的に存在を無視されて死にたくなるまでがデフォ。色々と言いたい事はありますがとりあえず教師は奇数人数のクラスで安易にペア作れとか言うんじゃねえよこの《自主規制》。
とまあ、そんな恨み言はさておき――とにかくその日も、テニスの授業のペア分けが行われたわけですが、いつも通りに余るのを無心で待つばかりの私に、
「――――白羽さん、ペアいいですか?」
珍しくも、そんな声がかかりました。
「あっ、はい……」
コミュ難特有の反射的な同意を返しつつ振り向くと、亜麻色の髪をした綺麗な顔立ちの、いかにも陽側の人とおぼしき美少女が、人好きのする明るい笑顔で立っていました。
「あ、えっと……」
その時、まず私は思いがけない事態にぴしりと固まりました。
次いで、何故このリア充の化身みたいな人が、私のような陰キャなんぞとペアになろうとするのかしらと心底不思議に思いました。
「な、何で私とペアを?」
そして思わず尋ねてしまいました。
私なんか、と言いそうになりましたが流石にそれは飲み下しました。自嘲とも自虐ともつかない言葉は、徒に相手に気を遣わせるだけですから。
さて、対し、彼女は言いました。
「出席番号順だからです」
「へ?」
「僕、体育の時のペアを組む相手を出席番号順に決めているんです。出来る限り皆と友達になりたいので」
「は、はあ……」
「で、今日は10番の白羽渡さん。……って感じです」
彼女は茶目っ気ある笑みを崩さぬままに説明を終えました。
まず、私はやや呆気に取られました。
次いで、皆と友達になりたいと臆面なく抜かせる人がいる事に驚きましたし、そんな取っ替え引っ替えペアを組めるだけのコミュ力と魅力がある人もいるのかと思うと、いくらかの嫉妬心とやるせなさとがむくむく膨れ上がってきて、表情が曇りそうになって――しかし、それは軽く下唇を噛んで何とか押さえ込みました。
が、その所為で結果として表情が少し硬くなってしまったのを気付かれてしまったようで、彼女は不思議そうに首を捻ると、丁重に言いました。
「ん……? ……あ、もしかして他にペア組む予定の方とかいます? でしたら無理にとは言いませんけど……」
「い、いえ! 大丈夫です」
私は慌てて手を振りつつ答えました。
……あー、結局気を遣わせてしまった申し訳ない死にたい。ほんと、何でコミュ難って人に気を遣われるとダメージ受ける仕様になってるんでしょうか。これバグでしょ修正してよ神様。まあ私は無神論者ですけど。
ともあれ、ペアは成立し、私と彼女は適当に空いている場所を探して移動し、適当な距離を開けてぽこぽことラリーをしました。
彼女の方が大分上手で、返球し損なうのは私ばかりでした。
しかし、彼女は嫌な顔ひとつせず、それどころか笑顔で色々と話しかけてくれました。例えば、趣味は何かとか、最近見たテレビの話だとか、どの部活に所属しているのか、と言った風に。
対する私が返した答えはと言えば、無趣味、テレビは最近あんまり見ていない、帰宅部です、と言った具合。今から思い返せば限りなく最悪に近い答えです。愚直に過ぎる、コミュ力にも面白味にも欠ける返答です。通常の陽の方が相手であれば、一瞬で会話が強制終了に至るような返事です。
が、しかし。
「へー。じゃ、ソフテニとかどうですか?」
「え?」
予想外にも、彼女はごく普通な調子で、ぽんと弾むように言葉を続けていました。
「ソフトテニス部。入ってみませんか?」
「あ、え……、えと……」
私は戸惑い、次いで迷いました。
「その、私、テニス下手ですし……」
「大丈夫です」
彼女はニコニコとした笑みを崩さず言いました。
「誰でも最初は初心者ですし。……入ってみませんか?」
そう言って、嫌味も汚れも無い、澄み切った笑顔を浮かべる彼女に。
ほんの数瞬、されど確かに、私は思わず見惚れていました。
何というか……すごく眩しいな、と思ったのです。
彼女の表情は純粋な輝きに満ちていました。私がこれまでに取り損ね、あるいは怖じ気づいて諦めてきた――そのくせずっと向けどころの無い憧れを燻らせてきた――幸せな青春を、これまでも今からも送るひとの顔をしていました。
底抜けの暗闇さえも照らす、灼熱にも勝る光のような笑顔を向けられて、先程まで私の胸の下に燻っていたいくらかの嫉妬心は、子供染みた憧憬に形を変えました。
――――この人のように、なりたい。
「?」
そんな一連の思考からちょっと固まってしまい、図らずも若干妙な間を空けた私に、彼女は不思議そうに小首を傾げます。
そんな所作すらも、わざとらしさの無い、洗練された綺麗さが滲んでいて。
本当に、とんでもなく眩しい。
その光に手を伸ばしたい。
……でも、往生際の悪い事に、私の逡巡は解消されませんでした。
実の所、テニスが不得手である事を引き合いに出したのは建前でした。私が本当に気にしていた事は、もっと他にあったのです。
陰キャというのは猜疑心ないしは深謀遠慮の塊です。
考え過ぎるペシミスト、あるいは重度のヘタレ野郎と言い換えても構いません。
要は、自身の行動が招きうる最悪の事態ばかりが頭に浮かんでくるのです。
誰かと関わる事で誰かを不快にさせる事や、自身が不快になる事が、怖いのです。
今回の場合で言えば、もしこの誘いが彼女の社交辞令だったらどうしようとか、ソフトテニス部に所属して部の和を乱したらどうしようとか、部内で誹られたり貶められたりあまつさえ虐められたりしたらどうしようとか、そういう負の方向にメーターが振り切れたような考えがぎゅうぎゅうと脳内を占拠してしまって、前向きな思考がちっとも生まれてこなかったのです。
「あの、……私、は……、」
本音を吐き出すなら、私は彼女の誘いを受けたい。
でも、自分の根暗陰キャな性分が足を引っ張って、喉がねちゃねちゃのガムみたいに固まって、言葉が上手く出て来ませんでした。
そして、口に出来なかった希望は、彼女のようになりたいという思いは、心の中で澱んで、私が慣れ親しんだ――無論、慣れ親しみたくなどなかった――重苦しい諦観へと加速度的に形を変えていきます。
どうせまた、自分は殻を破れない。
友達作りを避け続けてきたこれまでと同じだ。
この人みたいにはなれない。
――なんて、そんな暗い考えにしか安易に堕ちていけない自分が嫌になる。
欲する事も望む事もするくせに、いざ行動する段になると足が竦む。
変わろうと思うだけで、結局変わりはしない。
マイナスに飼い慣らされたような思考しか出来ない。
……ああ、私は、本当に――、
「――――大丈夫です」
昏い思考を寸断するような、柔らかな声が耳に入りました。
驚いて我に返り、正面を向くと、彼女はなおも笑顔で――しかしそれは、先ほどまでのような、真っ直ぐで眩しいものとは少し違って、包み込むような慈しみに満ちていました。
「あなたは、絶対に、変われます。変わろうと思ったんですから。僕のようにどころか、僕なんかが及びもつかないような素敵な人になれます」
押し付けがましい同情とも、気休め未満の慰めとも違う、彼女の優しい表情と、切々と告げられる言葉。
「……」
私は何かを口にする事も忘れ、嬉しさと誇らしさがない交ぜになったような感情に溺れながら、半ば陶然とした心地で固まっていました。
そんな私の無言を否定的なものと受け取ったか、やがて彼女はハッとした顔で口に手を当てると、申し訳なさそうに、
「あ……ごめんなさい。不躾な……、差し出がましい事を言いました。忘れてください」
「いえ」
私は首を振ります。
今度ばかりは、きちんと声を上げました。
これまでに私が同年代の人から向けられた事のなかった、柔らかな善意を向けてくださった方に対しては、精一杯の言葉で返さなくてはならないと、思いました。
「ありがとう、ございます。……私、入ります。ソフトテニス部」
すると、彼女は顔を上げ、意外そうに目を瞬き、それからちょっと照れたように頭を掻きました。
「……こちらこそ、ありがとう。歓迎します」
……が、数秒経過してふと違和感を抱きます。
もちろん、先ほどの彼女の言動に得も言われぬ感激を覚えた事は間違いないのですが、冷静になって考えてみれば、先ほどまでの彼女の発言は、私の心中をすっかり見抜いていないと出来ないもので――。
と、そこで今更ハッとして、これまた今更頬を熱くして慌てました。
「……あ、え、わたっ、私、口に……!?」
「はい、出してましたよ。途切れ途切れに」
「」
羞恥のあまり卒倒しそうでした。
しかし、そんな私を貶すでも馬鹿にするでもなく、彼女はただにこりと微笑んで、大事なものに触れるような調子で言いました。
「では、改めてよろしくお願いします。白羽さん」
……ああ、やっぱりこのひとは、目が眩むくらい眩しい。
その明るさに呑まれるような形で、私も気を取り直し、「ええ、こちらこそ――」と口にしてから、またもや今更のように気付きます。
「そう言えば、その……失礼なんですけど、お名前を……」
一般的な孤立系陰キャの例に漏れず、人に話しかけないし話しかけられる事も無いが故にまともに人の名前を覚えていなかった当時の私は、当然彼女の名前も把握していませんでした。あちらはこちらの名前を覚えてくれていたというのに、こちらがあちらの事を全然覚えていないというのはなかなかに気まずいものだな、と初めて実感しました。
しかし、彼女は特に気を悪くする様子も無く、
「あ、そういえば名前言ってませんでしたね。僕は――」
★★★★★★
「……と、いうのが、私と鈴鹿副会長の出会いでして」
「お、おう……」
「それから、鈴鹿副会長としばらくソフトテニス部で活動しまして、鈴鹿さんが生徒会に所属するようになってからは私もソフトテニス部にいる理由がなくなったのでさっさと辞めて風紀委員会に入って委員会の私物k……組織改革して鈴鹿風花のファンクラブ同然にしました」
……状況を整理しよう。
自身の腕力と風紀委員を利用して俺を食堂に拘束し、「一体鈴鹿に何をしやがったのか」という趣旨の質問をぶつけた白羽は、「何の話をしているんだ」と恐怖混じりの困惑を示した俺に対し、唐突に淡々と自分語りを始めた。別に隙見せてないのに。しかも、話してる間にお互い料理を完食してしまえるくらいには長い自分語りだった。あと何かさらっとやべー事言ってなかった? 委員会の私物化って言いかけてたろこいつ。
まあその辺のやばそうな件には触れない事として、別に俺は彼女の自分語りそれ自体を咎める気は無い。自分語りが腹立つのは意識高い系の勘違い野郎みたいなのがどーでもいい事をくちゃくちゃくっちゃべるからであって、白羽のような明らかにひとかどの人物だと分かる奴がやってるぶんには問題ないのだ。むしろ、今までいまひとつ理解出来ていなかった白羽と鈴鹿の関係性についてある程度知識を得る事が出来たので、聞けて良かったと素直に思う。
ただ、ツッコミどころがあるとすれば。
「……すまん、話が見えてこないんだが……」
俺は正直かつ端的に告げた。
結局、白羽は白羽自身についての過去を明かしてくれた(頼んでないけど)だけで、何故俺が先の詰問を食らったのかについての理由に関しては何一つ言及していないのだ。
しかし、白羽もその事を失念していたわけではないようで、
「さっきの話は前置きです。私が鈴鹿副会長の事を大変大切に思っているという事を分かっていただくための」
「あ、そう……それならよく分かった」
ぶっちゃけ白羽の語る前から「こいつ鈴鹿の事大好きじゃね?」とはフツーに思っていたが、何故白羽が鈴鹿に傾倒しているのかという背景も含めてしっかり分かった。
ずっと独りでいた自分を、独りから引っ張り出してくれた同級生――そんなの、超大切に決まっている。
……尤も、鈴鹿はその頃は自分の能力を鼻に掛けて周囲を密かに見下していたと本人は語っていたので、白羽の事もその当時は見下していたのかもしれないが――ま、それは言うだけ野暮だろう。
もしかしたら白羽には本気の本音で接していたのかもしれないし、少なくとも今の鈴鹿は絶対に白羽を見下してなどいないだろうし。
第一、虚言か否か分からないとは言えど、鈴鹿の言葉が白羽の心の救いとなった事自体は、肯定されて然るべき事のはずだ。
「……それで、ここからが本題なのですが」
白羽はゆっくりと切り出した。
「容姿端麗成績優秀なだけでなく、当時腐れ陰キャだった私にまで優しくしてくれるくらいに内面も良いというマジ天使な鈴鹿さんの様子が、変わったのです」
いやマジ天使て。
何つーか、推しについて語る限界オタクみたい。
「……って、鈴鹿が変わった?」
「はい」白羽は頷く。「いつもであればどなたにも敬語でお話になる鈴鹿さんが、今日は皆さんとタメ口で話されていたり、笑顔がいつもより柔らかくなっていたり、何というか……今まではどこか『遠い存在』というか、周囲に一線を引いておられた節があったのですが、今日の鈴鹿さんは極めて自然体で、より親しみやすい雰囲気になっておられました」
「……へえ」
俺は感慨の籠もった息を漏らした。
鈴鹿は昨日、生徒会長たる姉貴を超えるというただそれだけの原理に基づいて行動を組み立ててきた、と――そして、俺への相談を経てその考えを修正するつもりになったと語っていた。そしておそらくその結果が、白羽が語ったような形で変化として現れたのだろう。
「……うん、良い事じゃん」
呟くように、しみじみと言う俺。
白羽も頷いた。
「無論、それは良い事です」
「だな」
「……が」
されど、逆接がぽんと置かれる。
「鈴鹿さんの変化の原因が分からないのです」
そして、物憂げに、寂しげに。白羽は言った。
その口調と表情は、カゲロウめいて脆く、病的なまでに穏やかで、儚い。
そんな彼女のあえかな様子に、思わず視線を縫い付けられる。
「私は鈴鹿さんに『どうして口調を変えられたのですか?』と伺いました。……しかし、鈴鹿さんは照れたように笑うばかりで答えてはくださいませんでした」
「……」
「ですが、消去法で考えれば――昨日から今日までにおいて、鈴鹿さんに変化を与えうる要素は……昨日、一緒に帰っていたあなたしか残りません」
「……」
「ですから私は、あなたが鈴鹿さんに何かしらの形で働きかけをして、鈴鹿さんを変えたものと考えています」
極めて論理的に組み立てられた推測を示し、白羽は続ける。
「で、その考えを正しいと仮定して話しますが――別に私は、あなたが鈴鹿さんを変えた事には何の悪感情も抱いてはいません。ただ……」
「……、ただ?」
先を促した俺に、白羽は苦みの濃い微笑を浮かべた。
「……ただ、知りたいだけです。鈴鹿さんが何故変わったのか……あなたがいかにして鈴鹿さんを変えたのかを」
「……」
「あとはまあ……嫉妬です。私の知らない所で鈴鹿さんを変えてしまったあなたに対する、醜い嫉妬」
白羽は自嘲混じりにそう言って、それから「怖い思いをさせたなら、ごめんなさい」と素直極まる謝罪を述べ、深々と頭を下げた。
「いや……別に、気にするな」
俺は短く返す。確かに白羽は普通に怖かったが、こうも己の思う所をはっきりと述べ、丁重に謝る彼女を責める気にはなれなかった。
「……ならば良かったです」
白羽はほっとしたように息を吐く。
そして改めて畳み掛けるように、胸の内を曝け出す言葉を切実な声音で紡いだ。
「私は……鈴鹿さんの事を、大切に思っています。彼女の事を知りたいし、私の知らない彼女の事を知っている人を妬ましく思ってしまいます。もちろん、気持ちの悪い独りよがりだと言われてしまえばそれまでですが、思う事を止められないのです」
ですから、と。
白羽渡は今一度問う。
「鈴鹿さんに何をしたのか、教えていただけませんか」
あ、せんぱいせんぱい @eomena
★で称える
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