第45話 『協定』 その3
『ぼくは、正式名称〈老人たちの絆運動隊〉の主催者です。まあ、その時その時で、適当な名前を言いますが、こちらが、正式名です。もっとも、登記なんかしてませんよ。税金も払っていないですが、実質は、打倒現首相。平和的民主主義の復活、なわけです。』
そのように、ぼくは、紙に字を書きながら、初めて紹介をした。
『なんだか、いくらか、とろいお名前ね。平和的に、核を所有する訳ですね。』
すると、そう、施設長がぼつんと言い放ったのだ。
この人が、そういう発想もできるのは、初耳であり、なかなか興味深かった。
実際、個人としての施設長の姿など、見たことがない。
組織と言うものは、そんなものだ。
『21世紀の崩壊まえの世界も、みな、そう言っていました。実現したら、核は廃棄します。』
『ふう・・・・・・・ん?』
『で、あなたには、別の顔があるのですか?』
ぼくは、その先は、無視したうえで、施設長に尋ねた。
『別の顔というほど別ではありませんよ。職員団体〈翼の息吹〉というものを運営しています。我が省内の、親睦団体で、労働組合ではありません。まあ、反首相的ではありますが、特にそう、うたってはいません。』
『まあ、そうでしょうな。で、あなたは?何者ですか?』
もちろん、隣のボスに聞いたのだ。
保田さんの正体は、すでに分かっている。
『ははは。仕方がないですなあ。〈5月の雪〉という研究団体を主宰していますよ。』
『はあ。なんの研究ですか?』
『なに、お料理の研究ですな。』
ぼくと保田さんは、顔を見合わせて、不謹慎だが、少し噴き出してしまった。
あまりに、シニカルである。
『しかし、きみ、きみんとこには、主任科学者がいるのだろう?』
杖出元首相が、いささかきつめに、ボスに言った。
『ええ。そうです。めったに姿を見せない、怪人ですよ。表向きは、ぼくが上司ですが、従う義務はない。やな存在です。リモートで指示してることが多く、本当に、ここの施設に、常時いるんだかどうかも、いささか怪しいのですが。でも、どうやら、少なくとも、ごく近辺に滞在していることは、間違いなさそうですな。なんらかの、いささかまずい、トラブルがあると、すぐに現れるのです。』
『それは、なんという方ですか?』
ぼくが、確認したのである。
『なあるほど、あなたなら、聞いたことが、おありかもしれない。ドクター・ストレース、という名前ですが、本名はわからないです。』
『はあああ。ここに、いましたか。そいつは、『純真インフレーション大学』の医学部の教授だった、今泉さんです。ここしばらく、姿を消していました。新食糧源の開発に熱心でしたが、ホームレスの方を使って、人体実験してるらしい、という噂が出まして、辞職して消えたのです。ぼくの調査では、かなりの人の行方がわからなくなっています。』
『名前のギャップが大きいですな。その話は、確かに聞いたことがありますが、年齢が合わないような。もっと、ストレース氏は、若いようだが。』
隣のボスが言った。
『なんだか、若返りの技術も発見したようにも言われます。体内から、老化の原因を消してしまうとか。』
『ファウスト博士みたいな人ですね。あたくしは、存じませんが。』
『あなたは、文系でしょう。無理もないですよ。』
隣のボスが、うちの施設長をなだめた。
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