第29話 『自決公社の自決』その5


 ひとりで行くのは、さすがに不安だった。


 しかし、あの施設長は、それも見抜いていたらしく、なんと、保田さんと、あと二人を付けてくれた。ひとりは、非正規職員である。


 おっと、ぼくも、今はそうなのだが。


 施設長は、保田さんが、反対勢力だなんていうことは、十分承知しているのだろう。


 ぼくには、ずっと、秘密結社とか、地球防衛隊のレジスタンス、みたいな、秘密の活動とか、SF物語、というようなイメージが強かったが、実は、これは、そうではなくて、きわめて正常な、現実的な労使関係が基礎にある、まあ、労働組合活動みたいな要素が中心にあるのだろうか、とも、歩きながら考えた。


 実際、労使紛争というものは、過去においては、まさに、命懸けだった時代もあったのだ。


 この施設の、正規職員は、現在も公務員だ。


 日本の公務員には、長らく争議権がない。


 団体交渉はできるが、ストライキは打てない。


 やれば、違法行為だ。


 非正規職員も、公務員であることには変わりがない。


 ただし、待遇は、かなり、異なるのだ。


 賃金は低く、いつ期間満了でおしまいにされるかは、わからない。


 彼らにとって、今夜の夕食会は、もしかしたら、非常に重要なものになるのかもしれないな。


 ぼくは、新入りの、アルバイトの分際ではあるが、過去の経歴が、一定の鍵を握っているのかもしれないと、思った。


 ただし、思い上がりは、禁物である。

 

 はったりは、必要な、場合はあるだろうが、下手に利用されるのはごめんだ。


 ただし、核のボタンを握っていることは、事実だ。


 もっとも、本当に発射されるのかどうかなんて、分かるわけがない。


 そのスイッチのありかは、身体検査をしても、見つかったりはしないし、盗むこともまず、不可能だ。


 ぼくを殺したら、おそらくは、発射されることになる。


 ただし、ごく少数だ。


  

…………………………………………

 


 夕闇が降りてきた。


 星たちが、姿を現しはじめた。


 『あれは、金星ですな。』


 ぼくは、ギラギラと、威嚇するように輝く星を指差した。


 全天で、太陽は別にして、月の次に明るい星だ。


 地球の双子とも言われる惑星である。 


 世界的な大災害が降りそそぐまでは、人類は、あの星も探査していた。


 いまは、そんな余裕は無くなった。


 高価な観測衛星は、放置され、見放され、宇宙空間に漂っている。



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 もともと、職員たちの懇親会を開いたりすることも念頭に、この建物は作られたのだろう。


 大きな広間があり、どうやら、厨房などの設備も整っているらしい。


 今は、実のない味噌汁や大幅薄味のスープ、スープだけのカレー、ばかりの毎日だ。


 いったい、ここで、なにが出てくるのだろうか?


 と、真面目に考えたぼくがバカだったのだろうか。


 しかし、恐ろしい位の豪華な料理が出現したのだ。


 出された夕食は、まずは、『ばたパン』がみっつと、たぶん、残りものの、インスタントコーヒー。


 賞味期限内かどうかは、怪しいものである。


 そうして、『カップ・ラーメン』だった。


 考えてみれば、ぼくは、この国最大の『放送局』勤務だったおかげで、唯一生き残った、首都近郊のカップ麺製造工場の製品を、特に長い泊まり込み時には、頂くことがあったが、多くの国民には、もはや、ほぼ、無縁な存在だ。


 カップ麺一個が、一般的な、地方の国民の全所得の半年分くらいはするのだから。


 それは、供給量が恐ろしく少ないからでもある。


 大部分は、限られた首都の住民で、消費されてしまう。


 その首都に住めるのは、ごく一部の国民だけだ。


 政府が認めた、首都居住許可がある者だけしか住むことはできない。


 もちろん、仕事の関係で、短期滞在というものはある。


 それも、そうした事があるのは、地方のごく少数の幹部あたりだけだ。


 九州、中国地方は、ほぼ全滅したから、まだ、ほとんど復興できていない。


 四国は、西部から中央部は壊滅し、ぼくがいるらしき、東側や内陸の山岳地帯しか住めない。


 近畿地方も、火山灰が多すぎて、文明はほぼ崩壊した。


 東京近郊は、もっとひどくて、大地がぎざぎざになってしまった。


 中央アルプスから、北陸、東北、北海道に、住民は集中しているが、大部分の人たちは、仮設住宅住まいである。


 仮設キャンプと言ったほうが、おおむね当たりである。


 冬になれば、多くの人が凍死したり餓死したりものしてきたのたが、最近は多少ましになった。


 そこで、四国のこのあたりは、気候も比較的には安定していて、長年苦労した老人たちの、終の住処になっているというわけらしいが、なんだか、怪しい点がある。


 まあ、いずれにせよ、これは、おそろしいほどの、高級夕食なのである。


 思えば、この国は、首都一極集中を、解決できないまま、自然の猛威に飲み込まれてしまった。


 その混乱状態は、想像を絶するものだった。


 カルデラ噴火が、やや小さめで、国家滅亡までをしなかったのは、幸いだったのだ。


 それでも、まだ自然は、次の攻撃を用意いしていたのだが。




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