第28話 『自決公社の自決』 その4

 施設長は、思っていたよりも、はるかに巨大な女性だった。


 身長は、190センチはあるだろう。


 しかし、見た目の年齢は、せいぜい40代に届いたかどうか、というあたりで、おそらくキャリアなんだろうと思う。


 もしも、キャリアならば、落っこちかけか、それとも、何らかの一大事を計画しているのか、のどちらかである。


 もちろん、もしかしたら、もっと若いのかもしれないし、逆かもしれない。


 逆ならば、ノンキャリアかもしれない。


 脇には、総務課長がくっついている。


 この課長職は、本省のポストな、らしい。


 この人は、この世には、なにも興味のあるものはない、という感じがする。


 表情というものが、まったくないのである。


 もちろん、私生活がどういうものかは、わからない。


 まだ、見てもいないが、官舎が敷地内にあることは間違いない。


 けれど、この施設に、中央からくる管理職は、おおかた、四国からは出られず、ここに張り付いているのがあたりまえらしい。


 施設長だけは、二月に一回くらい、首都に赴くとのだとは、聞いたけれど、すべては、これから調べたいところなのであって、まだはっきりはしない。 


 聞いた情報では、3年間の四国勤務が、前提らしい。


 「この人は、先日、臨時雇いになりました。勤務は、週3回。主に、環境整備が任務です。」

 

 課長さんは、まったくぼくには興味などないという口調で話した。


 しかし、施設長は違ったのである。


 彼女は立ち上がり、僕の手を握りしめ、こう、言ったのだ。


「あなたのことは、もちろん、存じ上げております。長年、中央放送局で働かれていた。この国であなたを知らない人は、いないといってよいでしょう。私も、子供時代から、あなたは、憧れの方でありました。まことに、お目にかかれて光栄です。若輩者ですが、どうか、よろしくお願いいたします。」


 そこまで言われると、いささか、恐縮してしまう。


 思っていたよりも、話が可能な人物かもしれない。


「まあ、どうぞ。おかけください。」


「失礼します。」


 ぼくは、質素だが、質は悪くない、応接セットに座った。


「もう、ここにいらっしゃる、お年になりましたのですね。」


「まあ、そうなんです。」


「首都に、留まる事も、可能だったのでは?」


「まあ、そういう話も、あったことは事実ですが、ひとり者だし、もう、リタイアだと、思いましてね。70歳ですよ。まったく。」


 彼女は、やや不思議そうな顔をした。


「あなたは、この国の、衰退したマスメディアの、顔だった方です。まだまだ、やれることは、あったでしょうに。失礼ですが、奥様は?」


「ああ。みんな、家族は、戦争と災害とその余波で、やられました。」


「まあ、それは、お気の毒な。失礼いたしました。いやなことに、触れてしまったようですね。」


「ははは。この国の国民の多くは、みなそうですから。」


「なるほど。さて、では、我々の仕事に関することです。」


「いいですとも。」


 ぼくは、居ずまいを正した。


「まあ、気楽に行きましょう。じつは、あなたも、ご承知のように、この施設に関しては、あまり、広報されておりません。それには、理由があります。」


「なるほど。それは、あの、向こう側の大きな建物に関係する訳ですか。」


「いくらかは、そうです。あなたは、先日、他の方よりも、多めに見学をされましたね。ご感想は?」


「実を言いますとね。ぼくは、ここに来る前に、ある程度の情報を集め、一定の仮説を立てて来ました。」


「ほう? どのような?」


「つまり、ここは、老人が主体の生活の場ですからね。だから、終焉をここで迎える人は、大勢いる。それも、早めにやってくる。通常でも、あまり、長期に滞在する人は、いないのではないか。さらには、早期に自決希望をする人も、いるに違いない。と。」


「なるほど。」


「しかもですね、どうも、収容人員の統計からみてみれば、まったく、ほとんど変化が見られないのです。それが、正しい統計だとしてです。ただし、それは、四国全体の統計であって、ここだけのものではなし、だいたい、この施設のことも含め、個々の施設の事は、どこにも、なんにも、載ってはいません。だから、たいへん、乱暴なのですがね。それでも、あまりに均一に推移しすぎている。ぼくは、こねを使って、四国の物流状態も調べてみました。これまた、非常に低いところで安定しているらしいです。ほとんど、何も変わらない。もちろん、四国内は、自給自足だと聞いていますから、食料とかは、ほとんど本土からは入らないのは、肯けます。しかしそれ以外の様々な物資もまったくといってよいほど、変化がない。そこが、ぼくには、すこし、ひっかかったわけです。何かの変化があってもよいのに、何も変わらないんですから。」


「おもしろい。それで?」


「まあ、はっきりはしませんが、非常に計画的にものごとが進んでいるのではないだろうか。つまり、入る人と、いなくなる人が、常にバランスが取れている。ここで亡くなった人に関しては、遺族は呼ばれません。通知だけは届く。しかし、葬儀にも参加できない。遺骨ももらえない。でも、ちゃんと、ここで葬儀を行い、供養もしてもらえるから、ということで、多くの、決して、豊かではない、ぎりぎりで生きてる国民は、負担もないし、安心もできる。それに、まあ、国の政策ですから、文句言っても、ましてや、こうした時代だから、どうにもならない。と、みな思ってはいますよ。でも、実際、どうなってるのか、知りたいでしょう?」


「なるほど。あなたは、その、いわゆる、取材をしたいのですね。」


「そうですよ。はっきり、言いますが、そうなんです。」


「あの、でも、ここから、記事は送れませんよ。」


「もちろん、分かっています。しかし、まずは、内部の情報提供は、もう少し、良くなってもいいのではないでしょうか? ここには、管理されたテレビはありますが、それは、古いドラマやドキュメンタリ映像ばかりで、新しいニュースは、ほぼ、まったく入らないし、伝えられないようですね。まあ、知りたくない人も、あるのでしょうけれども。そうじゃない人だって、いると思うんですが。まだ、ちょっとしか、調べてませんが。それに、本土側にも、もう少し情報を出すべきです。そうしたら、おかしな噂も改善するだろうし、国民の理解も、もっと得られる。いくらかは、改革が必要ではないですか? それとも、それでは、困るのでしょうか?」


「ふうーーーーん。なるほど。」


 彼女は、・・・施設長殿は、少し腕を組んで考えていた。


「改革が必要だとは、実は、あたくしも、思っておりますのよ。あなたは、我々の方に、協力してくださいますか?」


「内容次第ですね。気に入らなければ、ぼくを処分しますか?」


「まあ、あっははははははは。そんな、もう、恐ろしいこと、おっしゃらないでくださいませ。たしかに、ここには、よくない噂があるのは、存じております。また、一部、職員組合の方が、疑心暗鬼なのも。ただ、あなたは、噂ではなく、事実を基に報道する方だとも、認識しております。お互いに、誤解はなしにしたいですね。意味のない、不要な労使紛争などは、なおさら、起こしたくないのです。」


「そうです。その通りです。ただ、そのためには、正しい情報が必要なのです。」


「今日は、時間がないですが、おっしゃいますように、あなたとは、情報の交換がしたいですわ。ぜひ、ご招待をさせてください。ごいっしょに、夕食でも、いかがですか?」


「そおりゃあ、いいですな。ぼくも、やっかいな身分とかからは、開放されていますから。むしろ、あなたの方が、やっかいでしょう。」


「まあ。そこは、ここは、良いところです。中央からは、隔離されていて、あまり介入もされないらしいですから。」


 課長は、不機嫌なのか、関心がないのか、さっぱりわからないが、最後まで、何も言わなかった。



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