第23話 『自決公社の正体』 その2
そこは、御寺の本堂か、はたまた、教会の聖堂の中か。
どちらとも言えそうな場所である。
集まっているのは、当然ながら、老人ばかりである。
やっとこさで動いている人もいるようだし、比較的すいすいと動く人もいるし、車いすの人もいる。
それも、電動の車いすだったり、自分でこぐものだったり、そこは、いろいろあるようだ。
また、椅子に座れる席もあり、ふんわりぎみのシートに、じかに座り込める場所もある。
寝転ぶことも可能なようだ。
見たところ、集まっているのは、30人くらいだろうか。
ぼくは、職員の制服を着せられたうえ、防衛隊の職員が被るような帽子を着用の上、一番後ろの席に、彼女たちと陣取った。
名札には、『観察員』と書かれている。
「これが、あなたの、ここでの正式な職名です。あくまで、非正規職員ですが。雇ったのは、あたくし。いいですね。これは、ほんとうに、あたくしの権限で可能なのですから、後ろめたくなんかは、ないですよ。まあ、すぐに餌食にならないための工夫です。」
「ふうん。餌食ね。」
司会者が現れた。
あら、どっかで見たことがある人だ。
思い出さないが、たしかに、どこかで、会ったことがある。
「みなさん。みなさまの多くの方は、一定の決意の元、ここに、お集まりくださいました。そうではない、かたもいらっしゃいますでしょう。しかし、あらかじめ申しあげますが、ここでは、いつ、御退席くださっても、かまいません。承認の必要もありません。お部屋に帰るだけです。なにも強制されません。本日は、お二人の講師の方がお見えです。お一人は、名高い『四高山 階流寺』の御住職、高松泰山さまです。もうおひとりは、国立中央社会大学の心理学・哲学の、中根ひとよし教授であります。
住職さまからは、誰もが避けられない『死』についてのお話を頂きます。また、一方で、『生きぬく』と、いうことについてのお話しを、教授様からお伺いします。
そのあと、今日は、アマチュア・フルーティストのやましんさんと、ピアニストのアンリさんが来てくださっているので、その、演奏をお楽しみください。
なつかしい、昔の歌を、アレンジしてくださったそうです。
さらに、軟弱亭柳太郎さんの落語をお楽しみになれます。
途中で、気分が悪くなったり、疲れたりした方は、手を挙げてください。
係の者がまいります。また、すでに、申し上げましたように、自主的に、お帰りになる場合は、静かに、黙ったまま、ご退室ください。では、まず、御住職のお話からです。時間は、30分程度です。」
『ここは、自決の門前です。彼らの多くは、『自決する選択肢』を考慮すると、決めた人たちですの。決めてしまった訳じゃあないです。決めるのはこれから。もちろん、特にそう考えてるのではない人たちも、自由に参加できます。』
彼女が、ささやいてきた。
どうみても、お寺の住職さんだ、という人が演台に上がった。
「みなさん、ご案内の、年寄り住職です。ああ、まあ、同輩の方もいらっしゃるでしょうが、現在82歳であります。風前の灯ですな。」
「はははははははははは。」
あまり、元気がない、笑い声が響いた。
「まあ、最初に申しますが、あたしゃ、自ら、自分の前の道を断つという考えはないのであります。それは、天から与えられた道を、放棄するものですからな。だから、まだ、多少なりとも、力があるならば、この前のドアは、くぐらない事です。しかし、まあ、それだけでは、仕事にならないので、仏の道について、少しは、お話しますが、気楽に聞いてください。」
ずいぶん、あけっぴろげな和尚さんである。
頭から、自決を否定したいらしい話し方だ。
まあ、最後まで、分からないが。
しかし、彼女が言った。
「全部聞くのは、またにしましょう。こうした講習会が、週四回、昼間と夜に、開かれます。レクリエーションも、必ず、行われます。そこだけに来る方もあります。で。こちらにどうぞ。」
ぼくらは、しんみりと立ち上がり、反対側のドアから外に出た。
この会場自体は、五角形につくられているようだ。
しかし、その先には、ずいぶんと長い二階建ての建物が、向こうの方まで、ずらっと伸びている。
ところが、向こう側の長い建物側には、頑丈な鉄の扉が作られていて、どうやら自由な出入りはできそうにない。
「あなたは、『ソイレント・グリーン』という映画を、ご存じですか?」
そう、彼女が尋ねてきた。
「まあ、仕事柄、知ってますよ。残酷な物語の、古い、SF映画だ。取り締まる側に立ってる主人公が、次第に社会の秘密を暴いて行く。最後には、自分たちが毎日食べてる食料は、人間が原料だと知ることになる。残念ながら、かなり、現在に近いですな。」
「その通りです。ここは、あの映画をヒントに作られています。それだけではないですがね。そうした趣向の物語やドラマは、他にもありました。実際には、憲法に『自決権』が規定されて以来、ここは、本当に、必要な場所になりました。もっとも、本州にも、こうした場所は作られていますよね。もっと、遊園地のようなものですが。それは、若い世代が対象だからです。」
「そうですな。ぼくは、賛成はしたくない。憲法そのものが、間違ってると思うし、放送で、その意見を訴えたりもしてきました。また、高齢の人には、認知症があったりもします。若くても、メンタル的に問題を抱えている人も多いですよ。特に、こんな世の中だ。なおさらです。元の憲法が間違ってるのだから、何をか言わんですが、自決を自分で決める能力自体に、疑問がある場合もあるのです。だから、本人に任せちゃだめだとも、言いました。自決者は、年々増加している。昔は、それは、社会的な大問題だったのに、現在は、明らかに、逆転してしまった。ぼくが、少々反対しても、効果はなかったようです。」
「いえ。あったのです。・・・いま、鍵を開けます。どうぞ、ここから。」
ぼくたちは、向こう側の領域に、踏み込んだのである。
『生』ではない、『死』が支配する、領域だ。
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