第11章 帰りを待つ者、そして新たなる旅立ち

『久しぶりじゃのう、エルド。といってもわしはずっと、魔法の力でそなたの姿を見ておったが』


「リプリカ様、なんでこの時代に!」


 俺は慌てて駆け寄り、彼女の手をつかもうとして――


 すかっ。


 俺の手は見事に、空を切ってしまった。

 あ、あれ? 確かにリプリカ様の手をつかんだと思ったのに。


『すまんの、エルド。わしは自分のまぼろしをそこに送り込んでいるにすぎない。実体は未来にあるのじゃ』


「まぼろし……。そんなものを、時代を超えて送り込めるなんて……」


『まあ、そなたがその聖なる魔法陣の上に来てくれたから、こういう芸当も可能になったんじゃがの。魔法の力が一気に増幅した』


「なるほど、そういうわけで」


 俺は足元に目をやった。

 魔法の力が施された文字と紋様が、ほんのりと青く輝いていてまぶしい。


『ずいぶん、この時代でご活躍のようじゃのう、エルド。ドラゴンは倒すし、姫様と王様は助けるし、大したものではないか』


「別に大したことは……。だいたいリプリカ様が、やれって俺を焚きつけるから」


『そりゃ、仕方あるまい。勇者不在の世界じゃ。そなたが頑張らねばあのエロ姫様もチョロ騎士も、いずれは魔王の手にかかってしまったことじゃろう』


「え、エロ姫にチョロ騎士……。ルティナ姫とアイネスのことッスか」


『ふたりも美少女をはべらせて、いいご身分じゃな、ええ? まったく時間移動してなにをやっておるのやら。……こんなことになるのなら、もっとはようエルドに近づいておくんじゃったわ……』


「え? 俺に近づく、ってなにがッスか?」


『な、なんでもない。こっちの話じゃ!』


 リプリカ様はなぜだか顔を赤くして、慌てたようにそっぽを向いてしまった。

 と同時に、でっかい胸がぶるんと揺れる。久々に見ると迫力あるな。顔は可愛いしなんだかんだ面倒見はいいし、これで年齢さえバb


『ああん!?』


 もといすごく年上でなかったらなあ。

 残念だなあ! ああ残念無念! こんちくしょうだぜ、アネゴ!! ……こんなもんでいいかな?


『……わしだって、なぜこんなにそなたと年が離れておるのか悔やんだ夜もあるのじゃぞ』


「え? いまなんて――」


『なんでもないわ! ――っと、いかんいかん。雑談はまた今度にしよう。今回は、あまりおしゃべりしている時間はないのじゃ』


 リプリカ様は、少し早口で言った。


「なんでスか。久しぶりに会うんだしもうちょい話しましょうよ」


『いや、このまぼろしを送り込める時間も限られておる。せいぜい3分というところじゃろう。魔法陣で魔力が増幅されているとはいえ、時空を超えた通信は長くはできんのじゃ。――それよりエルド』


 リプリカ様は、真顔になった。


『肝心な話をしよう。ずばり、初代勇者アリアのことじゃ』


「ああ……。――けっきょく、どういうことなんスか。この世界を救うのは勇者アリアのはずっしょ。それがなんでいないんスか。ルティナ姫たちも知らない、聞いたことないって言うし」


『うむ。本来の歴史でいえば、ディヨルド歴426年――すなわちそなたがいまいる時代じゃな。426年に、魔王がモンスターと共に蜂起し、人間側の領土に侵攻する。


 人間側は劣勢になり、特にディヨルド王国は、ルティナ姫がさらわれて人質にされることで抵抗ができなくなる。

 と同時に国王が病になり、いよいよ国家は滅亡かという事態にまで追いつめられるのじゃが――


 そこに、初代勇者アリアが登場する。そのとき16歳。

 アリアは王様に謁見し、それはショッボい装備を与えられて旅に出る』


「ものほしざおとこんぼうッスもんね、初期装備。ありゃひどかった」


『城の兵士が使ってる銅の剣くらい、分けてやればいいのにのう。……まあとにかくアリアは旅立ち、各地で激戦を繰り広げ、強くなり、やがてはルティナ姫を救助して、そして最終的には魔王を倒す。その後、行方不明になるものの、世界のどこかで子孫を作り、やがて2代目勇者の時代に伝説は繋がるのじゃが……』


「そのアリアがいない、と」


『勇者の気配は特別なものじゃ。探れば世界のどこにいるか、わしくらいの魔女になればすぐに分かる。しかし……こうして改めて探ってみても、そなたのいる世界に勇者はおらんのう』


「どうしてなんスかね。俺が時間移動したことと、なにか関係があるんスかね?」


『ディヨルド歴426年の時点で、勇者アリアはすでにこの世に生を受けておるはずじゃ。そなたの時間移動とアリアの不在は関係あるまい。……だから意味が分からないのじゃ』


「…………」


 リプリカ様の深刻な表情に、俺も思わず黙り込んだ。

 俺はこれまで、勇者がいないならその代わりをやろうと思っていたし、それはいまでも変わらない。

 ただ、本来現れるはずの勇者がどうして登場しないのか、それだけは本当に気になっているのだ。


『エルドよ、ひとつだけ頼みがある』


「なんスか」


『ディヨルド王宮の南東に、バックスの村、という小さな村がある。そこに向かってみてはくれぬか?』


「バックス。聞いたことないッスね」


『ド田舎じゃからな。じゃが行ってみる価値はあると思うぞ。なぜなら』


 リプリカ様は、ニヤッと笑った。


『その村は初代勇者アリアが生まれたとされる場所じゃからの』


「それは……マジッスか?」


『冗談を言っている場合でもないわ。よいな、バックスじゃ。その村に向かって、勇者アリアが本当にこの世にいないのか、それを確かめてくるがいい。それで本当に不在なら……影も形もないのなら』


「そんときゃ、俺が魔王を倒しますよ。この世界のいまを生きる人々のために」


 宣言する。

 するとリプリカ様は、こくりとうなずいた。

 13歳くらいの童顔だが、引き締まった表情はさすがに大魔女の風格を漂わせている。白く整った目鼻立ちの美しさに、俺は思わず胸を高鳴らせ――


 ぴこんぴこんぴこんぴこん!


「な、なんだ!?」


『あっ、そろそろ時間じゃ』


 突如、時の宝玉が赤い点滅を始めた。

 と同時にぴこんぴこんとうるさい音が鳴り始める。


『魔法の力が切れそうなんじゃ。その宝玉は残り1分になると赤く点滅する仕組みになっておる』


「なんスカその仕組み! しかも光より音がビビるンスけど。なんなんスかこのやかましい音!」


『分かりやすくていいと思うがの』


 ぴこんぴこんぴこんぴこん!

 ぴこんぴこんぴこんぴこん!


 時の宝玉はひたすら点滅して、なおかつやかましい。


「えっと、じゃあ俺は明日、バックスに向かいます」


『うむ。――今回、こうして力を使ったことで、声やまぼろしのやり取りはしばらくできんじゃろうが、わしはいつでもそなたを見守っておるからの』


「しばらくできないンスか? この魔法陣の上に乗っても?」


『魔法力をずいぶん使ってしまったからの。1か月くらいは無理じゃ』


「……俺、もうそっちの時代には戻れないんスかね?」


 ちょっとだけ、寂しいと思った。

 実体をもったリプリカ様とは、もう会えないんだろうか?


『……わしが必ず、そなたを元の世界に戻す方法を見つけてやる。だからそれまでは、そっちの世界を救うために頑張ってくれい』


「……分かりました」


 ぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこん!

 ぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこん――


『それとエルド』


 いよいよ宝玉の点滅が激しくなり、時間切れを思わせた最後の瞬間、リプリカ様は言った。


『たまにでいい。宝玉に話しかけてくれ。そなたの気持ちがまったくこっちに向いていないのは――寂しい』


「リプリカ様――」


『覚えておくがいい。そなたの帰りを待っている者が、少なくともここにはひとり、確実におるということを』


 ぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこん!

 ぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこん――


 …………ぴこん…………


 ぴこん。


 ………………


 ………………………………………………


 ………………………………………………………………………………………………




「――エルド様?」


 地下室の入り口から声がした。

 ルティナ姫であることは、顔を見ずとも分かった。


「声が聞こえたので覗きに来たのですが……。こんなところで、なにをなさっているのですか?」


「…………」


 俺はわずかに黙したあと、薄い笑みを浮かべて告げた。


「仲間と話してた」


「仲間、ですか?」


「ああ」


 俺はうなずき、宝玉を改めてふところに入れた。


「仲間だよ」




 翌朝。

 ディヨルド王宮を出た俺は、まず目の前にある城下町に向かった。

 次の目的地であるバックスの村に向かうため、食糧やアイテム、それとまともな武器や防具を買いそろえないとな。


「姫様、やはり危険です。ルティナ姫様はお城に残られたほうが」


「父上のお許しはいただいたわ。わたしはエルド様のお役に立ちたいの」


 俺の隣にはルティナ姫とアイネスがいる。

 彼女たちも、今後の俺の旅についてくることになったのだ。

 アイネスは俺の道案内として(バックスの村がどこなのか、地図を見ても理解できなかった俺だったが、アイネスが分かると言ったのだ。――言い訳になりそうだが、この時代の地図は精巧さに欠けて読みにくい!)。


 そしてルティナ姫は、


「癒やしの杖があれば、エルド様やアイネスが病気になっても治してあげられます。わたしだって旅の助けになります!」


 そういう理由で、ついてきた。

 確かに病気の治療ができるのは助かる。魔法で治せない病気って多いしな。

 癒やしの杖はディヨルド王族専用アイテムらしく、俺やアイネスでは絶対に使えなかった。

 王様はまだ病み上がりだし、こうなると癒やしの杖が使えて俺に同行できるのはルティナ姫しかいない。


 王様は、ルティナ姫が旅に出ることを寂しがっていたし、不安な顔もしていたが、


 ――エルドがいっしょにいてくれるのなら、あるいは城にいるより安心かもしれんの。


 そう言って、姫が俺の旅に同行するのを許可してくれたのだ。


 ――それにエルドならば、姫の相手として申し分なし。ルティナよ、いっそ既成事実を作ってもいいのじゃぞ?


 ――ちょおおおおいッ! なにをほざいておられるのですか父上ッ! そ、そ、そんなこと、わたしがよくてもエルド様が……その……!


 ――そそそ、そうですとも、陛下。姫様に対してなんて破廉恥はれんちな! フケツな! そんなことをしてもしも姫様にお子でもできたら……あああああッ!


 ――アイネス、あなたもあなたよ。なに想像してるの。わたしとエルド様の子供……ああ子供なんてっ。……ああっ……!


 と、まあ。

 旅立ち直前にはこんな場面もあった。

 キセイジジツ、っていうのが俺にはなんのことかよく分からなかったのでとりあえず愛想笑いだけしといたけど。

 キセイジジツで俺とルティナ姫の子供? なんのこっちゃ。


 それはともかく。

 まずは城下町で装備を整え。

 次に目指すは、バックスの村だ!



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書きだめがなくなりましたので、以降は不定期更新と致します。

といっても週1更新は保つつもりですが……!


今後ともよろしくお願いいたします。

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