第4章 魔法戦士の決意……ってか俺だってやるときゃやるからな?

 現金を手に入れた俺とルティナ姫は、宿屋に移動した。

 そして、まずは腹ごしらえとばかりにパンとオートミール、それにチーズとコーヒーという組み合わせの食事を摂った。

 料理については量も質もなかなかのものだった。正直、山奥の宿なのであまり期待はしていなかったんだが、これは嬉しい誤算だった。パンは焼き立て、オートミールは熱々、チーズとコーヒーはその匂いまで香ばしくて素晴らしかった。


「お、美味しい。美味しいですっ。久しぶりに人間らしいごはんです……! エルド様、ありがとうございます!」


 ルティナ姫は、やはり腹が減っていたのか食事をむさぼり食べる。

 空腹は最大の調味料とはよく言ったもんだ。ニコニコ顔でごはんを食べてくれる彼女を見て、俺も嬉しかった。


「はは、いいってことよ。そんなに食べてくれて、俺も嬉しいぜ」


「エルド様。わたし、わたしは、あなた様にここまで優しくしていただいて……嬉しゅうございます……!」


 と、ルティナ姫が幸せそうにしていたそのときだ。


「お客さん。寝室の準備が整いました。いつでもお休みになれます」


 宿の主人が、報告に来た。

 ありがと、と俺は返した。


 久しぶりの宿だな。

 アークとの冒険の日々を思い出すぜ。

 あのころは貧乏で、安宿ばかりよく泊まったもんだ――




 ぱたん。




「……ん? どうした、ルティナ姫」


 見るとルティナ姫が、持っていたスプーンを机の上に落としてしまっている。


「エルド様。あの、寝室は……わ、わたしとエルド様ふたり、ご一緒なのでしょうか?」


「なに言ってんだ、当たり前だろ」


「あああ、当たり前なんですか!? ……そ、そうですね。わたしは助けられた身……。なにを求められても『はい』としか言えない立場。ああっ、でも……そんな、はしたない……だけど、エルド様ならば……。ああ、でも、恥ずかしい……!」


 ルティナ姫は顔を真っ赤にして、なおかつ、豊満な胸の前で腕をクロスさせながら全身を左右に揺らす。いやいや、って感じ?


 いや、なんでこんなに反応してるの、このお姫様。

 いま、俺とルティナ姫はいっしょにいる、いわゆるパーティーみたいなもんなんだから。

 パーティーなら同じ部屋に泊まるのは当然でしょ。俺もアークと旅をしてたころはそうだったぜ?


「構いません。わたし、あんなことやこんなことをされても、じっと我慢しておりますから……! ああ、でも……か、顔を見ないでください! 恥ずかしいっ……!!」


「え? あ、ああ、分かった。見ねえよ……」


 なんだって姫様がこんなに興奮しているのか、恥ずかしそうなのか。

 それでいて、ちょっと嬉しそうなのか、俺にはやっぱりよく分からんが。


 ところでルティナ姫から顔をそらすと、そこにはちょうど窓があって、外の景色を見ることができた。

 外は夕方だ。まだ明るい。外出は可能だな。


「ルティナ姫。ちょっと外に行かないか? 着ている服、ボロボロだろ」


 ずっと洞窟に閉じ込められていたんだから当然だが、彼女が着ているドレスは、元は一級品だったと思うが、いまはあちこちがすりきれて、かつ薄汚れてしまっている。


「金なら出すからさ。新しい服、買いに行こうぜ。ついでに今夜の寝間着も買ったらいい」


「こ、今夜っ……! ひゃ、ひゃいっ! あ、噛みました。……はい……! ……ああ、いよいよわたしはエルド様におたのしみされてしまうのですね……!!」


 なんのおたのしみだろ。

 ドラゴンから逃げられたのがそんなにおたのしみですか。




 というわけで。

 俺とルティナ姫は、宿の向かいにある仕立て屋に向かった。


 で、姫様はいま、仕立て屋の中で服を選んでいる。

 俺は仕立て屋の前。すなわち外にいた。理由? そりゃ中では女性が服を試着しているんだから外に放り出されますわな。当然な。


 でも、ただ放り出されただけでは終わらない。

 俺は仕立て屋から出ていくとき、店の主人に頼んで、『あるもの』を貸してもらった。

 その『あるもの』とは――


「これが、この時代の世界地図か」


 そう。

 初代勇者の時代の世界を把握するべく、地図を借りて目の前に広げていたのだ。


 地図の中心には、ひし形の大地が描かれている。

 ディヨルド王国が支配しているディヨルド大陸だ。

 大陸の中心にはディヨルド王宮とその城下町があり(数千年後には俺が入りびたることになる酒場もその城下町にあった)、大陸の各所には町や村やダンジョンがある。この山奥の村も、ディヨルド大陸北東の山中に位置している。


 そのディヨルド大陸の東側には、ひし形の土地を半分囲むかのように、三日月型の大陸が広がっている。複数の王国や町が存在するオルスペリア大陸である。


 そして地図の北東部分。

 星の形にも似た、ややイビツな形をした大地がある。

 オデスド大陸。数千年後、11代目の勇者アークが倒すことになる魔王が支配していたところ。

 しかし……確か、うっすらと記憶があるのだが、確かこの時代の、いわゆる初代魔王の本拠地も、オデスド大陸だった気がする。歴史にはあまり詳しくないのでうろ覚えだけど。


「モンスターとか魔王とか、闇の属性の者が集まりやすい場所があるのじゃ――って、確かリプリカ様が言っていた気がする。オデスド大陸がそうなんだろうな」


 そのリプリカ様。

 俺に、この時代の勇者の代わりになれって言っていたな。

 俺にそんなこと務まるとは、やっぱり思えねえけど。――しかし本当に初代勇者がこの世界にいないのなら、誰かがやるっきゃねえ。


 魔王を倒す。

 俺が。……パーティー最弱の俺。


 …………。

 ……俺がやるしか……

 ……ないんだろうな……。

 ……あああ、プレッシャーっつーかなんつーか。


「てか初代勇者アリアさんよ。あんたどうして、この世界に存在しないんだ? 分かんねえなあ、もう――」


「エルド様、お待たせしました」


「おっと!」


 突然、背後から声をかけられてちょっとビックリした。

 振り返ると、そこにいたのは、まあ予想通りというかルティナ姫。


 おお、そしてすっごい綺麗になってる! いやもともと美少女だったけど、顔の汚れとか取れて、髪の毛もすいて、その上、着ている服が新品になっている。皮のドレスにマントにブーツ、それに手袋まで装備しているぞ。


「似合ってるじゃん。可愛いよ、ルティナ姫!」


「か、可愛いだなんて、そんな。エルド様ったらお上手ですね」


「いや、お世辞なんかじゃなくて本当に。まあ姫様なんだから美人なのは当然だけどな」


「エルド様にそこまで褒めていただけるなんて……嬉しい……。わたし、幸せです……」


 姫様は、顔を真っ赤にしてはにかんでいる。

 ちょっと上目遣いになったその表情が、俺も思わず照れてしまうほど可愛かった。

 さっきちょっと話したときに知ったけど、ルティナ姫は俺と同じ17歳らしい。だけど俺が知っているどんな17歳の女の子よりも、彼女は美しかった。


 リプリカ様?

 いや美人だけどあの人は、ロリっ子に見えて俺よりはるかに年上だからなあ。ぶっちゃけBB、


『……ザザザ……エルド……』


 もといお姉さんだからな!

 俺とは釣り合わないよ、うん!


 って、俺は誰に向かって言い訳しているんだか。

 いまふと、『時の宝玉』から、よく分からないがすさまじい殺気を感じたので、思わず心の中でフォローした。

 リプリカ様は心が読めるから迂闊なことを考えられないんだけど、もしかしてまだ、宝玉を通じて俺の様子を見ているのか?


 ……まあ、いい。

 とにかくルティナ姫の服装も整ったことだ。


「じゃあ姫様、宿に戻ろうか」


「はいっ!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、お客さん!」


 仕立て屋の中からおばさんが出てきた。


「代金を支払ってくださいな。お嬢さんの服のお金を」


「おっと、忘れてた。悪い悪い。いくらになるかな?」


「エルド様。立て替えていただいたお金は、あとで必ずお支払いしますので」


「これくらいいいって、大したことじゃねえし。で、いくら?」


「『皮のドレス』に『赤いマント』。それと『白手袋』に『木のブーツ』。あと寝るとき用の『パジャマ』。ああっと、それから――」


 おばさんは、笑顔で言った。


「『エッチなしたぎ』。全部合わせて36バルクになりま」


「ちょおおおおおおおおおいッ!!!!!」


 ルティナ姫が、怪鳥のごときけたたましい声音をあげた。


「おばさまおばさまおばさまッ! あああ、あんまりです! なんでそんなのを買ったことをエルド様の前でおっしゃるのですか! プライバシー保護って概念ないんですかッ!?」


「あはは、何を言ってらっしゃるのお嬢さん。もうおふたりは恋人同士なんでしょ? 宿の寝室まで同じだって言うならもう下着を買ったことくらいそんな」


「こここここ、恋人同士なんかじゃありません! わたしはそんな、わたしはよくてもエルド様はそんなそんな!」


 え、エッチなしたぎ……。

 ルティナ姫、買ったの? そんなもの。


 ……なんのために?

 たぶん、そんなに防御力ないと思うけど。

 とりあえず本人恥ずかしがってるし、聞こえなかったふりをしておくか。


 しかし――




 俺は、フッと笑った。




 久しぶりだな、この感覚。

 仲間と旅をしている感じがする。

 アークや他の仲間と旅をしていたときも、なんかこんな出来事があった気がする。

 誰かがアイテムを買いすぎて、それを誰かが注意して、それを誰かがまあまあとたしなめるような。


 あのころは楽しかった。

 こんな時間がずっと続けばいいと思った。

 けっきょく俺は、旅に同行できなくなってしまったけど。


 もう一度、こんな時間を作れるんだろうか。

 はるかな時間をさかのぼったこの時代の冒険で、きっとこの世界で出会える仲間たちと。

 それならば、頑張ってみる価値はあるかもしれない。


 俺が。――この俺が。

 いなくなった勇者の代わりに、魔王を倒す。







「エルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様ウェルカムエルド様」


 その夜、俺は宿屋でぐっすり寝ていたんだが、夜中ふと目が覚めて隣を薄目で見ると、ルティナ姫が下着姿でこちらをギンギンに見ているのが分かった。


 なんか異様だった。

 目が『こっちに来て』って言ってた。こわっ。


 でもまあ、これは夢だ。

 まさかお姫様が俺を誘うなんてあるはずないじゃん。ははは。

 だってこれが現実なら、ルティナ姫、とんだエロ姫様じゃねえか、なあ?


 というわけでまたすぐに寝た。

 おやすみ、ぐーぐー。ぐーすかぴー。




「うーん、よく寝た。いい気持ちだ」


「わたしはほとんど眠れませんでした。……大人の階段のぼると覚悟していた夜でしたのに……エルド様……くすん……」


 なにやらブツブツとよく聞こえないことを愚痴るルティナ姫。

 あのエロ姫様の夢と関係あるのかな?


 さて、とにかく、まず向かうべきところは決まっている。

 ディヨルド王国だ。無事に助け出したルティナ姫をお城に送り届けないと。


「昨日、地図で見たけれど、ディヨルド王宮はこの村から南西に向かっていけば着くんだな?」


「そのはずです。しかし歩くと10日はかかるでしょう。わたしは空飛ぶドラゴンにさらわれたので数時間でついてしまいましたが」


「10日か。そこそこかかるな」


「……で、ですから道中、いろんな町や村に立ち寄れますね。えへへ、また同じ宿にお泊りですね、エルド様」


 ルティナ姫はなぜかやけに嬉しそうに言ったが、俺としては早くお城に姫様を届けたい。


「あまりのんびりはしたくないな。王様はきっと娘をさらわれて心配しているだろうし」


 昨日は、とにかくルティナ姫が疲れているだろうし服も綺麗にしたいと思って、村に宿泊したけどね。


「それはそうですが、しかし10日かかるのは間違いないですよ? 馬車を借りれば、もう少し早く行けるとは思いますが――」


「いや、たぶん瞬時に着けるさ」


「え」


「ルティナ姫は、ディヨルド王宮の形を覚えているよな? じゃあ、それを想像してみてくれ。……うん、じゃあそのまま、俺の肩に手を触れて……よし、いくぞ!」


「え、え、え?」


「【ローベ】!」


 俺は、瞬間移動魔法を使った。




「――な、な、な? え、え、え!? こ、ここは、そんな、ここは、ここは――」


「はい、到着」


「ディヨルド王宮!?」


 ルティナ姫は、仰天していた。

 そう、俺たちはディヨルド王国の中心、すなわちディヨルド王宮に到着していたのだ。

 白亜の石が積み重ねられている宮殿が、すぐ目の前に見えている。振り返れば、煉瓦作りの建物の数々が城の前に広がっていた。ディヨルド城下町だ。


 何千年もの時間の隔たりがあるから、俺が知っているディヨルドの街並みとは全然違うが……。

 しかしなんていうか、空気だけは似ている気がするな。時間の壁はあっても同じ場所だもんな。


「い、いまのも魔法なのですか? エルド様……なんと……すさまじい……」


 で、ルティナ姫はまだ双眸そうぼうを見開いて驚愕している。


「いまのは瞬間移動の魔法【ローベ】だ。自分か、もしくは仲間のうちのひとりが行ったことのある場所ならすぐに移動できる魔法なんだ」


「す、すごい……。やはりあなた様はとてつもなくすごいですっ!」


「なんでそんなに驚いてるのさ。ぜんぜん大したことはないのに。【ローベ】の使い方としては初歩的なものだし」


「エルド様……あなた様は、なんという謙虚な……」


 俺は本音を言ったんだけどなあ。

 ま、とにかくこれで王宮に姫様を送り届けることができた。あとは王様に姫様を渡せばそれだけで――


「待て、そこの怪しい者!」


「ん? ……え!?」


 俺はびっくりした。

 なぜなら、背後から突然声をかけられて、振り返った瞬間、銅の剣の切っ先を突きつけられていたからだ。

 ディヨルド王宮の兵士らしき人間が、ふたり。ものすごく険しい顔で、俺を睨みつけているのだ。


 な、なんなんだ、いったい?

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