第2章 初代勇者不在の世界で

『ここじゃ、エルド。ここから声を出しておる』


 声が聞こえるほうへ目を向けると、なんとそれは俺の右手。

 そして俺の手中には、例の時の宝玉があった。


「宝玉から声が!」


『ようやく気づいたようじゃの。そうじゃ、わしは未来の世界から魔法で声を飛ばしておる。まったく、まさかそなた、初代勇者の時代に時間移動するとは……』


 初代勇者の時代、だと?


『なんじゃ、気づいておらんかったのか? エルド、そなたはいま、わしらの時代から何千年も昔。そう、初代勇者アリアの時代におるのじゃ』


「な、なんですって!?」


「あのう、すみません。先ほどから、どなたとおしゃべりをされているのです?」


 ルティナ姫が、鉄格子の向こうから怪訝そうな顔を見せる。

 しゃべる石ころと、それに応対する俺の姿はさぞかし奇異に見えただろう。


「いや、ちょっとこっちの話で……。悪い、少し待ってくれ」


 俺は時の宝玉を抱えて、洞窟の隅っこの方に移動。

 ヒソヒソ声で、リプリカ様と会話を始める。


「……確かに俺、初代勇者の時代に行けたら面白いなって考えましたけど、まさか本当に時間移動するなんて」


『そういうアイテムなんじゃから、移動するのは当然じゃろ』


「どうしたら元の時代に戻れるんスか? また祈ればいいんですかね? えっと、俺の時代に戻れ! ……あれ、戻らない」


『本来なら、それでいいのじゃが……今回はずいぶん昔に時間移動したからの。宝玉がその力を使い果たしてしまっておる。しばらくは元の時代に戻れまい』


「マジっスか! えー……どうしたらいいんスか、これ」


『不用意に重要アイテムを使うからそうなる。ドラゴンを倒して、ルティナ姫まで助けてしまいおって。本来それは初代勇者の役目なのじゃぞ?』


「本当ッスか。やばいことしちゃいましたかね、俺」


 これだと勇者の伝説は変わっちゃうんじゃないか?

 あまり歴史には詳しくないけど、なんかそんな気がする。

 さすがに冷や汗をかく俺だったが、しかしリプリカ様からの返事は意外なものだった。


『それがおかしいのじゃ。先ほどから、時の宝玉を通じてそなたのいる世界を探っておるのじゃが、初代勇者の気配を感じん』


「……どういうことです?」


『言葉通りの意味じゃ。ルティナ姫を救い、魔王を倒すはずの初代勇者アリアが、なぜかその世界にはおらんらしい』


 はあ!?


「どういうことですか、それ。だったらこの世界、魔王に支配されて終わりじゃないですか」


『ふむ。なにが理由かは分からんが、勇者が不在では、その世界はいずれも魔王によって支配されてしまう。それは人々にとって不幸であろう。ならば、そなたのやることはただひとつ。……そなたが勇者の代わりに魔王と戦い世界を救うのだ!』


「はあっ!?」


 俺は、すっとんきょうな声をあげた。


「いやいやいや。なに言ってんスか。俺が勇者の代わりになんか、なれるわけないでしょ? パーティ最弱だったこの俺が!」


『できると思うがのう。確かにそなたはこちらの時代では実力不足だったかもしれぬ。しかしそちらならば……ザザザ……』


「え? あれ? リプリカ様? おーい、リプリカ様っ!」


『うぬ、宝玉の力が……声も飛ばせなくなるのか……! 聞こえるか、エルド。ザザザ……返事をせよ、返事を……』


 宝玉から聞こえてくるリプリカ様の声は、激しい雑音混じりになってしまった。


「リプリカ様。おーい、リプリカ様ぁ!」


『ザザザ……エルド……ザザザ……』


 だめだ。

 もうリプリカ様と会話もできなくなってしまった。

 困ったな。このままじゃ元の世界と連絡も取れなくなる。


「あのー……」


「ん? ……ああ、ごめんごめん!」


 おずおずとした声が聞こえてきて、俺ははっと我に返った。

 いかんいかん。鉄格子の向こうにいるルティナ姫のこと、すっかり忘れていたぜ。


「本当、ごめん。いま助けるから」


 とりあえずルティナ姫を救出しよう。初代勇者アリアの代わりだ。

 俺に勇者のマネができるとは思えないけど、でもこの世界に勇者がいないなら、やってみるしかないよな。


「あの、お気持ちは大変嬉しいのですが」


「ん?」


 ルティナ姫は、こちらを気遣うような眼差しで告げてきた。


「わたしをこの牢屋から救出するのは、難しいと思います。なぜならこの鉄格子には、魔王の呪いがかけられているからです。魔王本人を倒さなければこの鉄格子は決して開かないことでしょう。いくらドラゴンを倒したあなたでも、この鉄格子を開けることは……」


「呪い、か」


 俺は、鉄格子をチョンチョンとつついた。

 すると指先に、ピリピリと電流のような違和感が走る。


「なるほど、呪いだ」


「はい、呪いです。人間の力ではこれを解くことはできません。ですから――」


「いや、でもまあ」


 俺は、ガリガリと頭をかきむしりながら、


「大丈夫でしょ、これくらいなら」


「え?」


「いくぞ。……【アブレム】!」




 ばちばちっ!

 がちゃん!!


 ……ぎぃー、ばたん。




 俺が解呪の魔法を使った瞬間、呪いがかかった鉄格子は、至極あっさりと開いたのだ。


「え? ……え、え、え……?」


「な、大丈夫だったろ。さ、出てこいよ。えーと、とりあえず、君のお城に送り届けたらいいのかな?」


「な、な、な……」


 ルティナ姫は、絶句している。

 それからきっかり10秒間、呆然としたあと、


「ど、ど、どういうことですか!? 魔王の呪いがかかった鉄格子が、こんなにもあっさりと開くなんて! なにをされたのですか!?」


「なにって……初歩の解呪魔法だけど?」


「魔王の呪いを解いたのですか!? に、人間のあなたが!?」


 なにをそんなに驚いているんだろ。

 【アブレム】は、まったく難しい魔法じゃないのに。


 この鉄格子にかかっていた呪いなんて……全っ、然!!

 強力なものじゃなかったからな。このぐらいなら、俺の魔法でもなんとかなるさ。

 しかしザコのドラゴンを見張り役にしたり、簡単な呪いの鉄格子を使って閉じ込めたり、魔王にとってこの姫様は、あんまり重要人物じゃないのかなあ。


『ザザザ……エルド! そなた、気付いておらんのか?


 世界の戦闘技術や魔法の力の水準は、数千年の間に激しく進化した。

 11代目の勇者の時代で育ったそなたの実力は、腕力も魔法力も総合的な戦闘力も、初代勇者の時代の者たちとは比べ物にならんのじゃ。


 いくらパーティー内では最弱だったとしても、その時代に行けば無敵そのもの……!

 そなたにとってはザコモンスターのドラゴンも、簡単な呪いしかかけられていない鉄格子も、初代勇者の時代の者からしたらとんでもなくハイレベルなものなのじゃ。


 そなたがやりこんだというゲーム【ドラゴンワールド】でもそうではないか?

 酒場の者から聞いたが、あのゲームも、シリーズの最初のほうではキャラの攻撃力が20や30だったのに、シリーズ最新作では最弱キャラでも攻撃力が300はあると聞くぞ。――すなわちエルド。いまのそなたはゲームでいえば、


<最新作に登場するキャラクターが、初代の世界に登場するようなもの>


 ――じゃからわしは、そなたならば勇者の代わりが十分に務まるとそう言うたのじゃが……そなた、自覚しておらんかったのか!?』


 また宝玉から、リプリカ様の雑音混じりの声が聞こえてきたが――

 なにを言ってるのか、よく聞こえない。大事なことを言っている気もするが。

 これ、どうしたもんかなあ。

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