最高の目覚め:たまちゃんと僕の場合

紬 蒼

夢から醒めて。

「たまちゃん」は人ではない。


 宇迦之御魂神うかのみたまという神様の眷属の白狐だ。

 近所の神社の石像を直したのがきっかけで僕とは「こっくりさん」をする仲だ。


 僕がうっかりこっくりさんの大事なルールを破ってしまったせいで、たまちゃんの姿を見ることも触れることもできなくなって数週間。

 ただただ神社の境内で「こっくりさん」をして会話を交わすだけの地味なデートに僕はそろそろ飽きていた。


 たまちゃんが人の姿に化けると僕と同じ年頃の美人なのだ。

 白い狐の姿もすごく綺麗でふっかふかなのだが、僕は断然人の姿のたまちゃんに会いたいと思っている。

 なぜなら、こっくりさんを通じて告白したらたまちゃんの返事はなんと「すき」だったからだ。

 お互い好きならば手を繋いだりハグしたりそれ以上もしちゃったりしたい。


 そんな悶々とした日々に終止符を打つべく、僕は図書館で狐とこっくりさんと神様の本を読み漁った。


 何かあるはずだ。


 たまちゃんの姿を見る方法が。

 そして、たまちゃんに触れる方法が。


 きっとあるはずだ。


 欲望というものは時に凄い集中力と行動力を発揮する。

 それはもう執念と呼べる。

 そしてその執念はいかなる方法であっても何かしら見つけ出すという結果に結びつくことが多い。


「ふっふっふっ……」


 僕は後から思い出すとちょっとヤバイ笑みを浮かべていた、と思う。


 いかにも怪しい装丁の呪術書なるものを図書館の隅っこの高い棚の奥から見つけ出し、ヤバイ臭いしかしない呪法の書かれたページに辿り着いた。

 で、欲望の赴くままそれを神社で実行した。


「たまちゃん、たまちゃん。どうぞお姿を現し給え」


 よしっ!

 これでまた綺麗なたまちゃんに会えるっ!


 そうわくわくした僕だったが。

 目の前に現れたのは冷ややかな目で僕を見下ろすたまちゃんだった。


「……たま……ちゃん?」

 雰囲気が全然違うので疑問形で呼ぶと、たわけ、と頭をパシリッとはたかれた。

「妾はお前が『たまちゃん』だのと呼んでおる狐のあるじ、宇迦之御魂神ぞ」

「本物の……? たまちゃんは?」

「あれは眷属。元より人に姿を晒すなど御法度じゃ。此度はお主に恩がある故、特別に許したが……礼は済んでおる故、妾が代わりにわざわざ参ったまで」

「……もう会えないんですか?」

「そう言うておる。お主は言葉が分からぬか?」

「でも……」

「何じゃ? あれを好いておるのか? 面白いのう。悪いがあれはオスぞ」


「え?」


「狐は男にも女にも化ける。主である妾に化けただけ。それ故、お前の好意にはほとほと困っておるようでな」

「本当に? オス? え? でもでも、僕のこと好きって」

「好きの意味は何も恋愛に限ったことではない。人としてという意味もあろう? あれは後者の意味でお前を好いておるだけじゃ。あれの恩人であるからなぁ、お前は」

「人として……?」

「辛いか? ならば、お前にとって忘れる方が良かろう?」

 ふっ、と急に宇迦之御魂神は目を細め、柔らかな表情に変わった。

 その手がそっと僕の頭に触れようとした瞬間、僕はその手を取って両手で包み込むように握り締めた。


「忘れるなんて嫌だ」

「は?」

 握り締める手に少し力がこもる。

 反射的に何かを察し、宇迦之御魂神は体を引こうとした。

「好きですっ」

 僕は宇迦之御魂神を真っ直ぐに見つめた。

「お、お前は『たまちゃん』を好いておったのではないのか?」

「あなたのお姿をしたたまちゃんに告白したんです。つまり、あなたに告白したも同然です」

「心ではなく見た目だけなのか?」

「はいっ」

「そう……真っ直ぐな目で言われてもな……」

「あなたは女性……ですよね?」

「ま、まあ……そうではあるが……」

「じゃあっ」

「『じゃあ』とはなんだ、『じゃあ』とは。愛というものはそういうものでは……」

「好きという気持ちは本物ですっ」

「だから……ええいっ、面倒な奴めっ」

 そう言って宇迦之御魂神は僕が握り締めている手とは反対の手を僕の額に押し当てた。


***


 カーテンの隙間から漏れる陽射し。

 ではなく、点けっぱなしにしていたライト。

 窓の向こうから聞こえて来る爽やかな小鳥の囀り。

 ではなく、スマホのメールがバンバン入って来る音。

 ドアの向こうから漂って来る朝食の香り。

 ではなく、すぐ側から漂って来る夜食にと思って用意した伸び切ったカップラーメンの匂い。


 そんなもので目が覚めた。


 スマホを確認すると深夜二時。

 こんな時間に何のメールだ、と開いてみると。


 友達が家で飼っている猫が子供を産んだ、と騒いでいた。

 生まれたばかりの子猫の写真がどんどん送られて来る。

 確かにかわいい。


 僕は大の猫好きだ。


 寝起きにかわいい子猫の写真。

 なんて至福なんだ。

 しかも里親募集と来たもんだ。

 子猫は全部で七匹。

 どれもが真っ白だった。

 生まれたてはしっとりとしていた毛並みも少し時間をおいて撮られたであろう写真では、ふっわふわのもっふもふの毛並みへと変わっていた。

 思わず顔が綻ぶ。


「名前は……白猫といえば『たま』だな」


 そう呟いた瞬間、何か思い出しかけた。

 さっきまで何かとても良い夢を見ていた気がする。

 思い出したいのに思い出せない。

 あともうちょっとで思い出せそうで思い出せない。


 もどかしく思ってるとまたメールが来た。


「一匹だけ犬っぽいw」

 写真付きだった。

 犬というより狐っぽい顔つきだった。

 それを見てああ、この子がいいな、とすごく思った。


 後日、僕はその子猫を引き取って『たま』と名付けた。

 呼ぶ時は『たまちゃん』だ。

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