第十九話 あたらしい仕事【005】

005.

「すみません。僕はその、どの掃除からすれば良いですか?」

僕は働き始めたのは良いものの、どのような掃除をすれば良いのかということすら、分からなくて困っていた。


「ああ。そこらへんに転がっているモップで適当に床を拭けばいいんじゃない?」

「いやでも、このモップ、すごく汚くなってますし、こんなので拭いたら床が……」

「いいのいいの。誰も見てないし。」

「でもそれだと……」

「だって契約書に「綺麗に拭け」なんて書いてなかったじゃん。だから雑でいいんだよ。」


僕は呆れた。

ここまで何もする気が無いというのは如何なものなのか。

「でも、契約書に書いてなくても……」

「ああ、グチグチうるさいな。いいじゃん。その分給料もらえるんだからさ。頑張ってやっても無意味でしょ。」


確かに、僕も先日同じことを思った。しかし、それは僕にとって正しいことなのか?


モップがけをした後、僕は机を拭こうとしていた。

勿論のこと、僕がモップ掛けした後は汚く汚れていたが、そんなことは僕には関係ない。

しかし僕は、そんな行為に罪悪感・・・を覚えていた。


「どれを使って机を拭けばいいですか?」

「ああ。これ使って。雑でいいから。」

「雑って……まあ、契約書にはそんなものは書いてないですしいいんでしょうけど……」


僕はギルドの机を拭く。それもピカピカに拭く。


「何やってるんですか?」

「いや、やっぱり綺麗に拭こうかなと思って……」

「それで、誰が得します?」

「え?」

「別にそんな机って使われないですし、綺麗に拭いたから冒険者がギルドのクエストを受注しなくなるなんて考えられないので、意味ないなぁと思って。」

「意味ないって……」

「だってそれ、非効率的じゃないですか。僕たちはなるべく適当に、何もしないことを考えて、給料がそのままもらえればいいじゃないですか。体力の無駄です。」


そう言って、その男は僕の方を見下したように見る。


「そ、そうですか。すみません。」

僕は躊躇いながら、机を拭く。



006.

次の日も、僕は床を汚いモップで綺麗にモップ掛けをし、机をピカピカにするように拭いた。

そして一番安い串を買って一番安い宿に泊まった。



007.

次の日も、僕は床を汚いモップで綺麗にモップ掛けをし、机をピカピカにするように拭いた。

そして一番安い串を買って一番安い宿に泊まった。



008.

次の日も、僕は床を汚いモップで綺麗にモップ掛けをし、机をピカピカにするように拭いた。

そして一番安い串を買って一番安い宿に泊まった。




009.

あくる日もあくる日も、毎日無駄な仕事をして銀貨一枚の給料をもらう。その給料で同じ食事をして同じ宿に泊まる。


僕はいつしか、そんな生活に慣れていった。


最初はおかしいと思ったモップ掛けにも、机拭きにも何も感じなくなっていった。


そして毎日が飛ぶように過ぎて行った。


僕はそんな生活に疑問を抱くことすらなく、ただ毎日を過ごしていた。



効率的にお金を得られるのだ。


厳しい訓練をしなくても、厳しい任務に行かなくても、ましてや命の危険を冒す必要もない。安全で安定な職業。僕は順調にお金を貯めていた。

そこまで対した金額では無かったが、安い食事と安い宿に慣れてしまえばだんだんとお金がたまる感覚が堪らなく嬉しくなり、それがクセになっていた。


僕は今日も仕事に向かう。

重い体を起こし、ギルドに向かうのだ。



平和な朝。


そう思われた。

僕は空を見上げ、「今日も清々しい朝だ。」と言う。

しかし、その空はいつもの空とは様子が違っていた。


黒煙が上がっているのが見える。

「なんだろう、あれ。」

僕の脳裏を嫌なものが掠める。


僕はその何かいやな予感を確かめるため、その黒煙の方に向かった。

その黒煙に近づくにつれて、だんだんと人が多くなっていた。


「なんなんだ。これは。」


僕は町行く人を押しのけ、道を進む。


ようやく人の波が消え、僕はいつの間にかその最前列にまで来ていた。

僕の目の前に現れた光景に、僕は肩の力が抜けていく感覚を覚える。


「嘘……だ……」


僕はその場に崩れ落ちた。




僕の見た先には、


丸焦げになった魔法屋があった。

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