第十四話 異世界勇者タナカさん【003,004】
003.
僕は勇者である。
本名を田中義一と言う。
僕は日本生まれ日本育ちの純日本人だ。
そのため、生まれた時から、常に日本というものに囲まれていた。
僕は、日本という国が好きだ。
それは僕が、日本と言う国に住んでいたからというわけからだけではない。僕が日本という文化やその歴史、そして現在の文明に至るまでを意識し始めたのは、僕がちょうど中学生になってからであった。
僕の父は日本料理亭を営んでいた。とはいえそれは、チェーン店のように大それたものではなく、個人経営の小さなお店であった。小さい頃から父の日本料理を食べて育った僕は、全く意識することなく、自然に日本料理を好きになっていった。
そしていつしか、僕は父の跡を継いで「日本の食」を提供したいと思い始めた。より多くの人に、美味しい日本料理を知ってほしい、そしてその料理を通して日本文化というそのものを知ってほしい。そう思い始めたのである。
そのため僕は、日本という国の成り立ちから、これらの食文化の形成に至ることまでを事細かに勉強した。僕は成績が良いほうではなかったが、そのお陰でいつも日本史だけは満点を取っていた気がする。
その後僕は高校を卒業し、料理の専門学校に進学した。
これも全て日本料理に対する見識をさらに深め、料亭を継ぐためであった。
僕の人生全ては「日本料理」のためにあった。
あの時までは。
あともう少しだった。
僕は古くなった料亭を改装するため、資金を貯めていた。そのために我慢し、辛い思いをし、それでも前を向いて、希望に向かって働いていた。
あの日、貯めていた資金がようやく目標の額に達し、僕は浮足立ちながら、仕事場から家に帰っていた。
しかし人生というものは、あっけなく終わりを迎えるものだ。
僕はいつも通り、ただ道を歩いていただけなのに。
それは刹那の時であった。
僕に向かって、突っ込んできた車。
鳴り響くクラクションと周囲の悲鳴。
僕はだんだんと静かになっていく音を聞きながら、自分の人生を振り返った。
「結局僕は、なんにもできずに終わるのか。努力をして、資金も集めて、あともうちょっとだったのに。」
僕は、血だらけになった自分の手を見つめて一言、
「なんで僕だけ、死ななければいけないんだ?」
と言った。
004.
僕はその後、その場所を彷徨っていた。
人間としてではなく、「人間でも成仏した存在でもない」存在として。
大抵の人間は、死ぬときは幸せになるものだ。
どんなに不幸な人間も、最期は心残りなく死ぬことが出来る。
しかし僕はそうでなかった。
まだやり残したことがあったのに、何故僕だけ死ななければならないのか?
何故この時期に、何故僕が?
まだこれからなのに。
僕はそんな「後悔」の念に縛られていた。
だから僕は自分が死んだことを認めなかった。
そのため、僕の魂は成仏できずに彷徨っていた。
そんな時、僕の目の前に一人の死神が現れた。
「いい加減認めなよ。君はもう死んでいるんだ。」
僕は納得が出来なかった。何故目標も無く、やりたいこともなく、自堕落な生活を送っている人は生きることができて、僕のような人間は生きられないのか。
何故自分は、こんな不運で死なねばならないのか。
死神は僕の心を全て読んだように話し始めた。
「人生っていうのは、そんなものだよ。誰が生きて、誰が死ぬか。そんなものは誰もわからないし、知りたくもない。僕のような死神ですら、その人が死ぬか死なないか、いつどうなるかなんて知らない。だから、君はただ不運だっただけだ。」
何故僕は、「不運」に選ばれてしまったんだ?
「うーん。それはそれこそ神のみぞ知るってことかな。僕も一応神だけどね。まあしかし考え方を変えてみると、それは不運ではなかったかもしれないよ。君は今、「不運だ」と思ったかもしれないけどね。」
どういうことだ?
「よく考えてみなよ。目標も何もなく自堕落な生活を送っている人間より君は幸せではなかったのかい?」
それはただの努力で……結果が出なければ意味がない。
「君は自分の夢を追いかけて、夢に向かって走って、そしてそれを満喫したんだ。それが幸運、いや幸せ以外の何なんだ?」
確かに、僕は努力を満喫していたかもしれない。
ただ、それは唯の努力で、僕はその努力から報われていない。
「そもそも報いなんて期待する方が違っていることなんだよ。だってじゃあ君の命を保ってきた、君に食べられた食糧たちは何か報われたか?ただ産まれてすぐに「食糧」になった生物は報われることはできたと思う?」
そんな……そんなものはただの詭弁だろう?
生き物は皆、報われたいと願うものだ。
「そもそも、そんなものを期待するから辛いんだ。今、楽しいから努力をする。今、報われたから少し嬉しい。今、生きているからありがたい。そう考えれば、君の人生は幸せに満ち溢れていただろう?」
でも僕の人生には、そんな幸せよりも不幸せなものの方が満ち溢れていたよ。
僕は残念な人生を送ってきたんだ。
「自分の人生に失望するもんじゃないよ。せっかくあらゆる幸運が重なって君という人間を形作ったのに、それを残念な人生と一言で言いきってしまうのはいささか悲しい話だ。まあ、少なくとも君は、この数十年間生きたことに感謝しなきゃだめと思うよ。君という人間が、君という人間の人生を謳歌できたのなら、それでいいじゃないか。」
骨だけの死神は、骨を震わせてカタカタと笑った。
「それに、君には新たな道があるのだから、気持ちを切り替えて新たな道を歩んでもらわなくちゃ。」
新たな、道?
「僕は死神。彷徨える魂をあるべきところに導く存在だ。だから僕は、残念な君をあるべきところに導く使命がある。」
死神は骨で持った鎌で器用に紙を取り出した。
死神は僕を覗き込む。
「なになに?僕はどんなところに導かれるのか、だって?」
死神はもう既に僕の心を全て見透かしているかの如く言う。
「それは、こんな可哀そうな霊を見つけたら、今度は楽しい人生にしてあげたいと思っちゃうよね。まあそれが「君にとって幸せかどうか」なんて知らないけど。」
その死神は僕を見てニヤリとする。
「次こそは後悔の無い人生を送るといいさ。どんなに辛くても、それが幸せであればいいんじゃないかな。じゃあ、「その時」まで。」
その死神の言葉はこだまし、だんだん遠のいていった。
僕は、道に倒れていた。
美しい自然。美しい景色。
僕はあの時、自分が何かしらの世界で生まれ変わったことを悟った。
そして僕は記憶を持ったまま、この世界に送ってくれた死神に感謝した。
「今度こそは、報われよう。」
僕はそう決心をして、国王の元へと向かったのであった。
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