第十三話 美しい街、フェンテ・メンテ

001.


 鳥のさえずりが聞こえる。

 美しい朝が僕の目を覚ます。空いた窓から、まだ肌寒い春の風が吹き込み、僕の頬を撫でる。

 隣を見ると、茜音さんが座っていた。


「おはよう。起きたのね。」


そう言って、手に持っていた本をパタンと閉じる。


「すみません、僕寝坊しましたか?」

「いいえ。今はまだ朝の五時半よ。だから大丈夫よ。今日は忙しいから、早く起きておこうと思って。」


僕は自分の時間感覚が段々とモブらしくなっていることに驚愕した。


そして茜音さんに、「今日は忙しいんですか?」と聞いた。


茜音さんはびっくりしたように答える。


「昨日のこと忘れちゃったの?今日はフェンテ・メンテっていう温泉街でめいっぱい楽しむのよ。」


「でもそんな早い時間から出発しても温泉も食事もできないんじゃないんですか?」


「この街の大きさ、知ってる?」


僕は驚愕した。


「まさかここからそんなに時間がかかるんですか?」


僕が言うと、茜音さんは笑い、「うん。多分軽く五時間くらいかかると思う。」と言った。

そして、「今日はみんな特別に王様から休暇を貰えたのよ。こんな機会じゃないと行けないから、嬉しいわ。」と付け足した。


「じゃ、そろそろ準備しようか。」と言い、荷物をまとめ始めた。

「お金、払ってくるね。準備ができたら一階のロビーに集合よ。」


茜音さんはそう言い残し、部屋を出ていった。



 この世界にはお金が存在する。様々な消費活動をするにはお金が必ず必要となり、サービスの代わりにお金を払う。

国によって交換レートが異なるが、大抵の国では金貨1枚で銀貨100枚、そして銀貨1枚で銅貨100枚という換算となっている。それ以外の貨幣は存在しなく、銅貨に対するつり銭は切り捨てられる。

これには識字率の低さや数学の普及率の低さが関係しており、単純な仕組みでなければ理解できない人が多くいるためである。決してこれは悪いことではなく、そもそも冒険職や勇者職が主であるこの国では、それらの能力はあまり必要とされておらず、それくらいなら武術や体術を学んだほうが良いという教えが主である。残念ながら僕は、その双方ともできなかったが。



 無事僕は退院手続きを済ませ、街に降り立った。久しぶりに見る街の光景に、僕は胸の高鳴りを感じた。


秋月さんやルドルフさん、そしてネビルさんやエレナがこちらに手を振る。


「よかった、退院できて。心配したんだよ。」

そう秋月さんは言い、僕の方を見た。


「おいスピカ!元気か!大丈夫か!」


ルドルフさんはそう言い、僕のこめかみをグリグリしようとした。そんな彼を茜音さんとネビルさんが全力で止めている。


「はあ。ルドルフさんは全く。スピカ君、本当に心配しましたよ。計画通り動かないのは止めてくださいね。」

ネビルさんは言い、肩を竦める。

僕は「すみませんでした」と言いながら、心の中で何か温かいものが生まれる感覚がした。


僕たちは、病院の近くにある馬車駅に到着した。


「そしたらみんな、今日は全力で楽しむよ!」


秋月さんの掛け声で、皆次々と馬車に乗り込む。

ゆっくりと馬車が動き始める。

そして外に広がる景色に皆、心を躍らせるのであった。


馬車に揺られながら、僕の隣で茜音さんがこの「アクア・フェンテ」という街について説明をしてくれた。


僕たちの住む国には、多くの「街」が存在する。そしてこの街の中で最も大きい街が現在僕たちの居る「アクア・フェンテ」であるという。

この街には首都「フェンテ・シティ」があり、王都としても栄えており、政治的にも重要な場所であるという。また、この街の中心部にはウラオメルク火山と呼ばれる大きな活火山が存在し、そのおかげで多くの場所に温泉が湧きだすという。この温泉を中心にして栄えた町が、今から僕たちの向かう「フェンテ・メンテ」であり、この近くに存在するメンテ岬という貿易港の存在も相まって、多くの食事や土産物が集積する温泉街が形作られたのだという。


そう解説して、茜音さんは僕に地図を渡してくれた。


僕たちは今から、僕が入院していた病院がある市街地を抜け、海岸線沿いに延びる道を使って農村地帯を通り、漁師町アルトメルクに向かう。

そこで獲れる新鮮な魚介を使った食事を食べ、その後はフェンテ・メンテに向かう。

この町は、この場所から離れてはいるものの、馬車を使えば五時間ほどで着くというので景色を楽しみながら馬車に揺られることにした。


暫く市街地を走ると、目の前にライ麦畑が広がった。先ほどまでの建物の密度を鑑みると、これほどまでに広がる風景は非常に真新しかった。僕たちが通り過ぎると、ちょうど畑仕事を行っているお婆さんが手を振ってきたため、僕たちも手を振り返した。


「ここら辺ではライ麦の栽培が盛んなのよ。」


茜音さんはそう言った。


僕たちは基本的にパンを主食とする。特に僕たちが今いるアクア・フェンテには多くの労働者が集まるため、多くの人から栄養価が高く腹持ちの良いライ麦パン、通称ライパンが好まれて食べられている。ライ麦に小麦を混ぜると、柔らかく白いパンができて非常に美味であるが、小麦は価格が高いため労働者は基本食べられないのだ。僕たちも例に漏れず、基本的にお金がないためライパンを良く食すのであるが、今回王様から報奨金を受け取ることができたため、少なくともこの旅行中は贅沢な品を食べようという話になった。


そうして僕たちは、これから僕たちが向かう街に大きな期待を寄せて、食について語らっているのであった。

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