第八話 Stay hungry. Stay foolish.【002】
002.
沈黙。
その場の雰囲気を一言で表すのにはこれが適切であろう。
暫くの時間が流れた。その時間は、いや実際にはそこまで長い時間ではなかったのかもしれないのだが、僕にとってはとても長い時間に思えた。
僕は、あれだけ自分のことを認めてくれた老婆が、自分の提案をこうも簡単に蹴るということに対して、理解をすることができなかった。
「何故ですか……?」
「それは、嫌だからじゃ。」
「でも、僕は……」
すると老婆は怒った表情で、「だめなものはだめじゃ!」と言った。
僕は信じられなかった。何故、老婆が自分の才能を見るでもなく、理由を詳説するでもなく、頭ごなしに否定するのか、そう思った。
「悪いな、スピカ君。帰ってくれんかの。」
老婆は落ち込んだ素振りで、紅茶を飲み干す。
そして、指をパチリと鳴らし、「悪かったの。」と言って暗い闇の中に消えて、居なくなってしまった。
気が付くと僕は、また先ほどの薄暗く、埃臭い魔法屋の扉の前に立ち竦んでいた。
僕は、自分が泣いていることに気がついた。
せっかく僕は、勇気を出して弟子になりたいと頼んだのに。
せっかく僕は、頑張って変わろうとしたのに。
やっぱりどんなに努力したって、僕のことを認めてくれやしないじゃないか。
僕は俯く。
結局、自分自身を受け入れて、自分自身を変えることはとても難しいのだ。そして僕自身、そんな変化に伴った艱難辛苦を受け入れる準備が無いのである。
エレナさんは確かに今まで辛い経験をしただろう。
そして自分自身、そんな自分を変えるために様々な努力をして、この職業に就いたことも間違っていない。
しかしどうだろう。
僕は今まで辛い経験をしたことが無かったか。
否、そんなことはない。僕は作ったものが認められなくて辛い思いをした。そしてそのせいで自分自身を自分という殻に閉じ込めるようになったのである。
僕は今まで努力をしたことが無かったか。
否、そんなことはない。僕は、確かにそれは自分の好きな事ではあるが、そしてそれは誰かから認められた訳では無かったが、スピカ号を完成させ改良するために努力をした。
それなのに何故だろう。
僕は皆からヘタレと呼ばれ、エレナさんは努力家と呼ばれる。
僕が努力をしても、それは認められない。
それは正しいことなのか。そしてそれは、あっても良いことなのか。
僕は今まで経験したことの無い気持ちになった。
経験したことも無いその気持ち。
それは、理由もない「理不尽さ」であった。
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