第五話 魔法と僕とモブキャラと【003】
003.
僕は少し呆れたように笑う。
「そんなもの……誰も見ている訳がないですよ。はは。」
「動かしても良いかの?」
老婆は僕の言葉を無視してそう言う。
僕は少し嬉しくなり、それを渡した。そしてそれと同時に、この一瞬でこの人形の性質を見抜き、動くことに気が付いた老婆の慧眼にも驚いた。
「この場所に触れると、僕が触れた時だけ動き出します。」
僕はだんだんと楽しくなってきた。自分があの部屋に籠って作っていたものが評価されたのが嬉しくなってきたのだ。
「動力は?」
老婆は目を輝かせて、質問をしてくる。
「空気中のマナです。起動するのに必要な、最低限のマナを保持しておいて、その力で魔法陣を起動させておきます。そして、その魔法陣で空気中のマナを取り込んで貯めておく仕組みなんです。」
老婆は圧巻されたような素振りを見せる。
「こうしてここに触れると、動き始めます。そして、『スピカ号、このティーカップを運んでそこのテーブルの上に置いて』と命令します。すると……このように持ち上げて運んでくれるんです。」
このスピカ号は僕が物心ついてから必死になって作り上げたものの中でも、最も出来の良い、『スピカ16号』だ。今までのものとは違い、外部からのマナの提供を受けずに、空気中にマナが存在する場所であれば稼働することができる代物だ。
老婆は持っていたティーカップを取り落とし、スピカ号に見入った。
「もしよかったら、この設計図を見せてくれないかの?」
僕は頷いて、懐の中から一枚の長い紙を取り出す。
紙はとても貴重であるため、子供の僕には買うことができなかったが、小さい頃父が買い与えてくれたのだ。
そして僕は、父から手取り足取り教えられて、この設計図の描き方を学んだ。
老婆は慎重にその紙を受け取り、大広間の中央に置いてある散らかった机にその紙を広げる。
「この魔法陣はこちらに繋がっていて、マナ供給をすることで、こっちの効率を最大化して、独立性を出し……」
それから数十分の間、老婆はその年齢からは考えられない凄まじい集中力でその設計図に見入っていた。
ようやく見終わったかと思うと、老婆は僕の方を振り返った。
「新人、いや、スピカ君。こんな技術、誰から習ったんじゃ?」
老婆は眼鏡を外し、僕に問いかけた。
「この技術自体は自分で考えましたけど、基礎は父から習いました。」
「君の父の名前はなんじゃね?」
「エドウィンですが……」
すると老婆は目を見開いて、「まさか……」と言う。
「でも、僕の父は僕が10歳の頃にいきなり消えてしまったんです。」
老婆は驚きの表情を浮かべる。
「どうしたんですか?」
「あ、いや。あたしの知っている人にね。」
老婆は言いたくなさげに僕を見る。
「似ている名前の弟子がいただけさ。ただの思い違いよ。」
老婆は悲しそうな顔をしながら紅茶を啜る。
暫くの沈黙の後、老婆は話し始める。
「とにかく、あんたの才能は凄い。これは間違いない。設計図を見せてもらったのじゃが、ここまで美しい設計図をあたしは見たことない。もちろん、この人形もじゃ。」
そう言って、老婆は僕に設計図とスピカ号を返す。そして、
「また来なされ。あたしはあんたの作品を見て、ちょっとあたしも何か作りたくなってきた。」
と言う。
魔法屋の入り口に立つと老婆は、「絶対、また来るんじゃぞ。それまでに面白いものをつくってる。」と言って、指を鳴らした。
その瞬間、地面が揺れ、轟音と共に砂埃が舞う。
後ろを振り返ると、そこには先ほどの大きな広間は無く、ただぽつんと、誰もいない薄暗い店があった。
久しぶりに僕は爽快な気持ちになった。
僕は自分が役に立てる場所をようやく見つけることができた気がして、とても嬉しかったのだ。
僕は元気に扉を開け、魔法屋を後にすることにした。
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