第五話 魔法と僕とモブキャラと【001,002】
001.
僕は恐る恐る周りを見渡す。
「誰かいませんか~?あの~。」
僕はその薄暗い室内を歩き回る。
蝋燭で薄気味悪く照らし出されるその部屋は、こちらへおいでおいでと言っているように思えた。
僕は恐ろしくなり、体を震わせた。
その時だった。後ろからコツコツという足音と床の軋む音が聞こえた。僕は恐怖でその場に立ち竦む。
「だ、誰か、いるんですか?」
僕は勇気を振り絞って振り返り、その音のする方を見る。
「なんだね。あたしに用かい?」
そう言って僕の方へやってきたのは腰を曲げたお婆さんだった。
僕は驚き、思わず尻餅をついた。
「あ、あの。僕。その、仕事で、来たんですけど……」
「ほう。見慣れない顔だね。誰からの紹介でここに?」
そう言って、そのお婆さんは僕の顔をまじまじと覗き込む。
「ひいっ。あ、茜音さんに。言われまして。」
すると老婆は「なるほど。茜音の差し金って訳なのね。そこにお座り。」と言って、指をパチンと鳴らす。
ガタンガタンという音と共に、部屋の軋む音が大きくなっていく。
地面が震え、足元がぐらぐらと揺れる。
僕はその様子に怯え、思わず目を瞑る。
徐々に揺れが収まり目を開けると、僕の目の前にはとてつもなく大きな部屋が蝋燭の火で映し出されていた。
002.
「え?この部屋って?さっきの部屋は?」
僕が言うと、お婆さんはケタケタと笑い始めた。
「驚いたかの?この部屋は私の研究部屋兼、モブの本拠地よ。」
老婆が言うには、ここの部屋はモブ、即ち僕たちの組織の持つ本拠地であるというのである。
「まあ、そこに座りなされ。」
そう言って、老婆は椅子に座るよう即す。
お婆さん机を二度叩くと、紅茶の入ったティーカップが二人の前に置かれた。
「お前さんにはこの場所の役目くらい説明したほうが良いかの。まあ、その紅茶でも楽しみなされ。」
そう言って老婆は僕に紅茶を勧める。
そして老婆は静かにこの場所の役割について話し始めた。
「お前さんは、お前さんたち、即ちモブはその存在自体が極秘だということは知っているかな?」
僕は「はい。」と答える。
「その仕事内容は多岐に渡る。例えば、簡単な任務では交渉から、難しい任務ともなると暗殺や救出にまで及ぶ。まあそれは、全て裏の仕事じゃがな。」
そう言って、老婆は紅茶の香りを楽しむように、ティーカップを少し揺らす。
「この施設はもともとあたしら『魔導工学士』のためにできた施設じゃった。それも、この国が運営するな。あたしが魔導工学士になった頃、『魔導工学士』という職業は、隆盛を極めていた。ただ、だんだんと魔導士の方が人気になってからというもの、魔導工学士を目指す者は少なくなっていってな。今ではこの建物は使われなくなって、モブのための本拠地になったというわけじゃ。」
僕は老婆の話に自然と引き込まれていくのを感じるのと共に、その「魔導工学士」という響きをどこかで聞いたことがあるような気がしていた。
「その、魔導工学士というのは、なんで無くなってしまったのですか?」
「魔法や魔術というのはな。空気中の
魔導工学というのは、その理を理解し、制御をすることで誰でも魔法を扱える礎を築いた学問なんじゃよ。ただ今では、そんなものなど必要なくなってしまったがの。」
そう言ってその老婆は笑う。
「でも、それはそれで必要な感じがするんですけど……」
「誰しもある程度までなら簡単に扱えるようになったものを、誰が今さら研究しようとする?魔導工学を用いて魔法を使うよりも、杖を買って呪文を唱えたほうが遥かに安上がりじゃ。ま、要するに売れんのよ。それよりかは杖を一本でも二本でも安く売って、新しい呪文を研究したほうが楽で儲かる。役にも立つ。」
そう言って、老婆は悲しそうに紅茶を一口飲む。
「じゃがな。実は最近になって、その原理が明かされ始めてきているのじゃよ。魔導工学の基礎となっているマナの仕組みが明かされれば、いちいち杖を使う必要もなく、個人が持つマナの量にも依存しない魔術を使えるようになるのじゃ。まあ、その試作がそこら中に展示してあるのじゃが。」
そう言って、階段の上に広がる大きな広間を指さし、「行ってみるかい?」と言った。
僕は老婆に連れられ、階段を上り、その大広間に向かった。
「そう言えば、お前さんはなんでこんな職業に就いた?」
不意に老婆が尋ねる。
「なんでって。招待状が送られてきたんですよ。」
老婆は不思議そうな表情をして、眼鏡をずり上げる。
「ふむ。どこかの学校は卒業したかね。例えば魔術師学校や士官学校とか。」
僕は首を横に振って「いいえ。」と言う。
「では、特殊部隊にいたとか。」
「いいえ。」
「では、得意な剣術などは?」
「いいえ。」
「得意なことは?」
「特に。」
「趣味は?」
「いいえ、特に。」
老婆は首を傾げて「はて。じゃあ、なんで招待状なんぞが送られてくるのかね?」
と言った。
僕は少し気まずくなって、「ま、まあ。これを趣味というのであれば。」と言い、懐の中からスピカ号を取り出す。
「なんじゃね?これは?」
老婆は驚いたように僕の顔とその人形を見比べる。僕は気まずくなって「そうですよね。すみません。こんなの、ただのおもちゃですから。」と言い、スピカ号を懐に仕舞おうとする。
すると老婆は僕の手を止めて、「これ、誰から貰った?」と聞いた。
「貰った、訳ではないんですが……」
「じゃあ、誰から譲り受けたんじゃ?」
僕は、首を横に振って答える。
「いえ。これは僕が作ったものです。」
すると老婆は、もう一度僕の顔とその人形を見比べる。
「きっとこれじゃ。これを誰かが見て、お前さんを招き入れたんじゃ。」
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