135・わたしは女神

 私もみんなもラーズさまも、リリア・カーティスに嫌悪と恐怖の眼を向けていた。

「いったいなんなのよ? これが人間の考えることなの?」

 ラーズさまも私もみんなも、理解の範疇を遥かに超えた異質な精神に愕然としていた。

 リリア・カーティスがやってきたことの原因は、ゲームの世界に生まれ変わったからだとか、ヒロインだと思い込んだからじゃない。

 これは生まれながらの悪。

 自分の考えが正しいと思っている、純粋なまでに自分だけが絶対的に正しいと思い込んでいる、自分が悪であることを自覚していない、吐き気を催すもっともドス黒い邪悪だ。

 そして、この女が前世で私を殺した張本人。



 え?

 ラーズ、どうしたの?

 なにドン引きしてるみたいにしてるの?

 なんで?

 なんで目を覚ましてくれないの?

 お願いラーズ、気付いて。

 その女は悪役令嬢なの。

 あなたを誑かしてるの。

 ほら、わたしを見て。

 わたしがヒロインよ。

 わたしは聖女なのよ。

 わたしの純真無垢な心を見たでしょ。

 ねえ! 目を覚ましてよ!



 ラーズは嫌悪感を顕わに後退りした。



 ……なんで?

 なんで目を覚ましてくれないのよ?

 ……クリスティーナ・アーネスト。

 おまえがいるから。

 おまえがいるからこんなことに。

 おまえが生きてなんかいるからわたしが与えてやった幸せをみんなが拒絶した。

 おまえのせいよ!

 おまえのせいで私がラーズを勇者にできなくなっちゃったじゃない!



 怒りの雷が迸った。



 私に雷の矢が直撃し、体が衝撃と共に痺れて動かなくなる。

「ら、雷光……電撃……」

 不意打ちで、対応できなかった。

 リリア・カーティスが憤怒で顔を醜く歪めて、剣を構えて私に走ってくる。

 避けないとこのままじゃ刺される。

 でも、体が痺れて動かない。

「クレア!」

「お嬢さん!」

 ラーズさまとスファルさまがリリア・カーティスの前に立ちはだかり、私を守ろうとした。

 だけど、電撃が爆発したかのように広がり、二人を打ち据えた。

 電撃ライトニング爆雷エクスプロージョン!?

 伝説級の光の攻撃魔法。

 こんな強力な魔法を使えるなんて。

 攻撃魔法で吹き飛ばされた二人。

 ミサキチとヴィラハドラとの戦いで、余力なんて残って無かったから、防ぐこともかわすこともできなかった。

 そして、それは私も同じ。

 余力が残っていない状態で電撃を受けて、体が痺れて動けない。

 もうすぐリリア・カーティスの持つ破滅の剣ベルゼブブが私の身体を貫く。

 あと一呼吸もしないうちに。

 あと一秒もすれば。

 あと一瞬で。

「グブッ!」



「ミサキチ!」

 ミサキチが私を庇って刺された。

「二度も……二度も貴様に妾の友を殺させてなるものか!」



 魔王が悪役令嬢をかばった!

 やっぱり!

 悪役令嬢が魔王の封印を解いたのよ!

 クリスティーナ・アーネストがゲームの進行を早くしてシナリオを変えたのよ!

 許せない!

 これ以上シナリオは変えさせない!

 わたしがヒロインよ!

 わたしが聖女よ!

 ヒロインの聖女のわたしが魔王を倒して世界を救うのよ!

 わたしがみんなを幸せにするの!

 それがゲームのシナリオなのよ!

 魔王バルザック!

 死になさい!



 ミサキチが苦痛の雄叫びを上げる。

「アアアアア!」

「ミサキチ!」

 ミサキチの身体を貫いた破滅の剣ベルゼブブが、ミサキチから物凄い速度で力を吸収している。

 餓鬼と同じように満たされることなく貪り尽そうとしている。

 止めないと!

アイスウィンド投槍ジャベリン!」

 私の放った魔法を、リリア・カーティスは雷光電撃ライトニングボルトで粉砕した。

 そんな。

 私の魔法の方が級は上のはずなのに、それより下の魔法で迎撃した。

 ならもっと攻撃すればいい!

大気ウィンド切断カッタ・連撃!」

 リリア・カーティスは雷光ライトニング放電プラズマを放ち、風の刃を拡散。

 そして雷はそのまま私を打ち据える。

「ギャンッ!」

 そして倒れた私の体が、動かない。

 動いてくれない。

 このままじゃ、ミサキチが……



 すごい。

 この膨大な力。

 これが魔王の力。

 この力を全部吸収すればわたしはもっとレベルアップする!

 ランクSS。いいえ、SSS。いいえ、もっと上に!

 アハハハ!

 キャハハハ!

 キャハハハハハ!



 リリア・カーティスの身体が眩い光を放った。

 神々しい純粋なその光を、その場にいた全員が、おぞましいとしか感じなかった

 これほど禍々しい光を見たことがなかった。

 太陽の恵みの光とは正反対の、暖炉の炎が秋冬にもたらす暖かな光とは正反対の、蝋燭の灯が夜の部屋を照らす安堵の光とは正反対の、汚物の様な目を背けたくなる光。

 こんな光が存在するなど誰も想像もできなかった。

 光とは希望の象徴のはずだった。

 だが、この光は、絶望をもたらすとしか思えない。

 絶対的な絶望をもたらす光。



 わたしの周囲に七つの光が舞い降りた。

 七つの光がわたしを祝福している。

 新しい仲間の誕生を喜んでいる。

 その仲間とは、わたし。

 七つの光。

 それは神々。

 わたしは神々の仲間となった。

 八柱目の神に。

 わたしは女神。

 女神リリア・カーティス。



 違う。

 私はリリア・カーティスの言葉を内心、否定する。

 神々じゃない。

 邪神だ。

 リリア・カーティスを囲む七つの光は、邪神だ。

 罪へ誘う悪徳を司る七柱の邪神。

 そしてリリア・カーティスは破滅の剣ベルゼブブで、多くの魔物を殺してその力を吸収して、多くの人間を殺してその力を吸収し続けて、そして魔王バルザックの力を吸収したことによって、ついに邪神の領域にまで到達した。

 こんなことが起こるなんて。

 人間が邪神になるだなんて。

 リリア・カーティスが西に目を向けた。



 オルドレン王国。

 わたしが幸せを与えた国。

 そして、その幸せを拒絶した国。

 それは罪。

 わたしが与える幸せこそが本当の幸福。

 それを拒絶することは、罪である。

 罪を許してはならない。

 罪人は裁かなければならない。

 断罪しなければならない。

 悪役令嬢と同じように。

 そう、まずはこの女。

 クリスティーナ・アーネスト。

 処刑を逃れ生き延びた、分を弁えない身の程知らずの女に、わたし自らの手で、確実に死を与えねばならない。

 女神の裁きを受けよ。

 電撃雷雨ライトニングスコール



 魔王城に無数の電撃が空から降りそそぎ、その攻撃で魔王城が半壊した。

 そして、その時にはすでに、リリア・カーティスの姿は魔王城のどこにもなかった。

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