58・紳士淑女の皆さん!
事件が解決して三日後、コックス団長が退院した。
曲芸団員はみんな、コックス団長の帰りを待ち侘びていた。
私たちも退院お祝いに来た。
やがて馬車がやってきて、そこから降りるコックス団長。
怪我の後遺症もなく、元気な姿だ。
「やあ、みんな。心配かけたね」
笑顔で曲芸団員に手を振るコックス団長。
「コックス団長!」
「団長!」
「退院おめでとうございます」
曲芸団員達がコックス団長の周りに集まる。
みんなコックス団長を慕っている。
「団長ー! もうボク心配したんだからねー!」
「ハハハ、痛いよ、マーロウ。まだ傷が」
「ああ、ゴメンよー!」
コックス団長から離れると大げさに謝るマーロウさま。
二人は時に意見の対立はあるのだろう。
でも、そこに感情の対立はない。
お互いを大切な家族として見ている。
突然アネット副団長が、パコンッ! とコックス団長の頭を靴で叩く。
「な、なにをするんだ!?」
「なにをするんだじゃないよ! 話は聞いたよ! マーガレットを口説いているそうだね! いい年してなに考えてんだい!」
「なにって、その、美しい女性に声をかけたくなるのは、男として当然じゃないか」
「なにが男として当然なのさ! いい年して若い娘に手を出そうとするからこんなことになるんだよ!」
「ええー、それは関係ないじゃないかぁ」
「お黙り! だいたいそんな太った体になびく女がいると思ってるのかい!」
「ひ、ひどぅい」
「そもそもジョセフィーヌの娘に手を出そうなんて何考えてるんだい!?」
私は首を傾げて、
「ジョセフィーヌ?」
「マーガレットとディーパンの母親さ。結婚するまでジョルノ曲芸団にいたんだよ。十歳も年上なのに、こいつったらすっかり熱を上げてね。鼻たれ小僧のくせして
「それをみんなの前で大声で言うのかぁ」
ディーパンさまが呆気にとられたように、
「なんだ、エロデブ。おまえ、おふくろのことが好きだったのか」
マーガレットさまも驚いたようで、
「団長、お母さんに結婚を申し込んだんですか」
「ふん。おおかた、マーガレットがジョセフィーヌに似てるから手を出そうとしたんだろ。まったく。いつまで振られた女を引きずってるんだい」
「わ、私の初恋だぞぉ」
「そうやって未練がましいからいつまでたっても結婚できないんだよ。いい加減、現実を見な!」
みんなが爆笑する。
「うううぅ……」
コックス団長、アネット副団長に頭が上がらないみたい。
モランの起訴に付いて、コックス団長は衛兵隊に任せるそうだ。
「未遂に終わったので、極刑や終身刑にはならないそうです。しかし十年は堅いとコリン隊長は言ってましたな。その後の事はわかりません。
曲芸団は皆、信頼で成り立っています。お互いを信頼してこそ、危険なショーを観客に魅せることができる。モランはその信頼を裏切ったのです。モランは曲芸団関係、そして会計士の仕事にはもう二度と就けないでしょう」
それはそうだろう。
みんなで稼いだ売り上げを横領して、それを隠すために人を殺そうとまでした。
再び外の世界に戻ることができるだけでも、マシなくらいだと思う。
ところで私は、事件の調査の時から、気になっている事があった。
「コックス団長。新しいショーというのはどういうものなのですか? やはり、まだ秘密ですか?」
「ええ、これは見てのお楽しみというやつです。器具の開発や、曲芸団員の練習もありますから、公開するのもまだまだ先でしょう。ただ、名前だけは決めました」
「どんな名前なのですか?」
「
「
その日、私たちは、事件解決のお礼の一つとして、曲芸団の特等席に座らせてもらった。
私はこの世界の曲芸団を始めて観ることになった。
ディーパンさまの怪力。
ユスタスさまとデイルの猛獣ショー。
マーガレットさまの綱渡り。
数々の演目に私は魅了された。
そんな中、ちょっとした事件が起きた。
マーロウさまが手品の最中、突然 私を舞台に呼んだのだ。
「みんなー、今日紹介するのは、ボクの大恩人クレアだ! みんな拍手してー」
「え? え? ええ!?」
戸惑う私に構わず、マーロウさまは手を取って舞台の中心に引っ張っていく。
「この麗しい女の子はボクの無実を晴らしてくれたんだぁ。とっても頭が良いんだよ。事件の真相を聞いて、ボク、本当にビックリしちゃったぁ。それでね、そんな頭の良いクレアに、ボクから挑戦したいんだ。クレア、受けて立ってくれるよね?」
「挑戦?」
「そう、ボクの得意の手品、箱から姿を消す手品の
それって鏡のトリック。
「え? でも、いいんですか? 手品の仕掛けは秘密なんじゃ……」
「いいから、いいから。みんなに君が考えた手品の仕掛けを聞かせてあげてよ」
困惑する私に構わず、マーロウさまは促してくる。
「わ、わかりました。そこまでおっしゃるのなら」
私は観客に聞こえるよう、手品の仕掛けを簡単に説明する。
私の説明を聞いた観客たちは、なんだそんなことだったのかと、落胆した様子。
やっぱり、言うべきじゃなかったんじゃ……
「なるほどぉ。それがクレアの考えた手品の仕掛けなんだね」
「ええ、そうですけど」
「それじゃあ、早速やってみよー」
マーロウさまは箱に立てかけた梯子を上って、箱の上から中に入った。
上蓋を閉めて、中から私に、
「クレアー、蓋を開けて見てー」
「はい」
私は観客から見える、箱の正面を開けた。
中には誰もいないように見える。
でも、それは鏡の反射を利用したトリックだ。
箱の中に手を伸ばせば、そこには鏡が……
「……ない」
あれ?
ない。
「鏡がない!?」
箱の中に鏡なんて取り付けられていない。
ざわめく観客。
そして舞台と舞台裏を仕切るカーテンから、マーロウさまが現れた。
「ハァイ」
「ええー!」
いつのまにそんなところに!?
マーロウさまは、軽く助走を付けて、前転、バク転、回転宙返り。舞台の中央へ。
「どうだい、クレア。箱の中に鏡は在ったかな?」
「在りませんでした! 箱の中に鏡は仕掛けられていませんでした!」
私はただただ驚くばかり。
「これで分かっただろう。
観客一同から万雷の拍手が沸き起こった。
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