27・ここまで来たらやるしかない

 私はクレアの偽名のまま歌姫選抜大会に出場した。

 他の偽名を使おうかとも考えたけど、大会に参加するには、身元が確かでないとダメだったので、冒険者の登録証を提示して参加した。

 一応の変装として、赤毛の長髪のカツラを被ることにした。

 これなら印象がだいぶ変わるし、イベントが終わった後、カツラを外してしまえば、私だとはまず分からなくなるだろう。

 選抜大会では、歌う本人が楽器を自由に弾くことが認められている。

 大抵は琴やピアノの類。

 勿論、曲なしで歌う人もいる。

 私の場合は楽器を弾くことにした。

 いくらなんでも私が歌声だけで歌姫に選ばれるとは思えない。

 そして目的の楽器を無事 手に入れた。

 この世界にも存在することは知っていたけど、珍しい楽器だから入手できるかどうか不安だった。

 でも、中古楽器を取り扱う店を一日かけて五軒回り発見できた。

 そして残り五日間、ひたすら練習を重ね、私は歌姫選抜大会に挑む。

 歌姫に選ばれるには三つの段階がある。

 予選。本選。決選。

 それぞれ異なる歌を歌わなければならない。

 先ずは一日目に行われる予選。

 予選会場で、アドラ王国の人たちだけではなく、世界中から集まった参加者が、選考委員が並ぶ前の舞台で、歌を披露していく。

 オルドレン王国は小説や舞台劇が盛んだが、アドラ王国の場合は音楽が盛んな国で、この建国祭で歌姫に選ばれると言うことは、歌に携わる人たちにとって特別な意味を持つそうだ。

 歌姫選抜大会に集まった人の数は千人近く。

 みんな なんらかの形で歌に携わっている人たちだ。

 そんな人たちだが、次々と落選していく。

 中にはかなり上手い人がいたけど、その人も落選になった。

 私なんかで大丈夫だろうか?

「二百三十八番、クレア」

 私の番号と名前が呼ばれた。

 行こう。

 ここまで来たらやるしかない。

 ラーズさまが神金の剣エクスカリバーを手に入れられるかどうかは、全て私にかかっている。

 やる前から怖気づいてしまっては、勝てるものも勝てない。

 私は手にする楽器、ギターを携えて前に出た。

 私が歌うのは、この世界にはまだ存在しないジャンル。

 ロックだ。



 生き続けるための理由を手に入れた。

 大丈夫、もう心配ないわ。私の腕の中なら安全だから。

 世界の全てが崩れ落ちてしまっても、私は変わらない。

 なにがあっても私はずっと変わらない。

 手を取って貴方を連れ戻す。

 貴方のためなら、私はどんな危険も冒せる。

 夜中に耳元で囁く声を聞いた。おまえの出る幕じゃないと。

 それでも私は諦めない。

 今まで立ち上がることができなかったけれど、今は譲れないものがある。

 握った貴方の手は離さない。

 立ち上がれ、立ち上がるのよ。

 この想いを抱き続けて。

 目を覚ませ。目を覚ますのよ。

 諦めずにやり通せる方法を見つけたのだから。

 気が狂いそうになるほどの一瞬の艶麗。

 ねえ、教えて。どうしてみんな、私の事をおかしいと言うの?

 私は最後まで戦い続けると言っているだけなのに。

 憂いを含んだ瞳の閃光は感覚的な衝動。

 最後に迎える結末は誰にもわからない。

 だから、ここから始めるの。



 私は歌い終えた。

 選考委員は沈黙している。

 ここからでは舞台照明の関係で選考委員の表情を窺うことはできない。

 さあ、どうなる?

 この世界にはまだ存在しない音楽のジャンル、ロックは。

「おお、なんと素晴らしい歌なのだろうか」

「このような曲、今迄、聞いたことがない」

「その旋律、斬新なのに奇をてらったという風ではない」

 やった!

 受け入れられた!

 私が歌ったのは、前世の歌をこの世界の言葉に翻訳したものだ。

 この世界には存在しない言葉もあったから、翻訳と言うより、翻案と言った方が良いのかもしれないけど。

 そしてこの歌は、日本で年間売上一位に入った。

 前世の兄がバンドでギターをしていて、その兄からギターを習って、この歌を含めて三つだけだけど、私が好きな歌を弾けるようになっていた。

 それを歌ったのだけど、選考委員の反応から確かな手ごたえを感じた。



 そして私は無事、予選を通過した。



 予選会場の外で待っていた四人に結果を報告した。

「やったじゃない、クレアちゃん。予選通過おめでとう」

「うむ、きっと喉と肺の筋肉を密かに鍛えていたのであろうな」

「俺も聞きたかったぜ」

 そしてラーズさまが、

「ありがとう」

「まだお礼を言うのは早いですよ。予選を通過しただけです。これからが本番なんですから」



 二日目の午前に行われる本選。

 予選と違い、観客を入れて行われる。

 それだけに重圧感プレッシャーは予選の比ではない。

 予選を通過したのは私を含めて二十八人。

 全員なんらかの形で歌を職業としている。

 そして一人ずつ順番に歌っていく。

 すごい。

 上手いというレベルを超えて、素直に感動してしまう。

 これが歌に人生を捧げた人たちの歌声。

 負けていられない。

 今日限りかもしれないけど、だからこそ彼女たちに匹敵する情熱を込めよう。

「九番、クレア」

 私の番が来た。

 私は舞台裏から前へ進み、ステージに立ち、ギターの弦に指をかけた。

 観客席の端にラーズさまたちの姿を確認した。

 キャシーさんの唇の動きは「頑張って」と言っていた。

 セルジオさまが両腕の力こぶを作って見せていた。

 スファルさまが親指を立てて見せた。

 ラーズさまが真剣な眼差しで頷いた。

 よし。

 行こう。

「九番、クレア。歌います」



 いまだ残る痛みに出会った。その痛みは私自身だった。

 この世界は私には向かい風。

 なりたい自分までもう少しだったのに、突然 目的地は消え去ってしまった。

 だけど私の心の内側は、まだ幼い少女のまま。

 他にはなにもないの。

 それ以上、進んではダメ。その先には奈落の底が待ち構えている。

 愛が一番大切だと思っていた。

 残念だけど、もう目覚めなくてはならない。

 人生に衝撃が訪れたのだから。

 重力みたいな力が私を引き摺りこもうとしている。

 その以上、進んではダメ。その先には奈落の底が待ち構えている。

 私は終わりが来たことを思い知らされた。



 選考委員の席も観客席も、なにも反応が無いかのように思える静寂。

 それも一呼吸の間だけ。

 次には大きな拍手だった。

「素晴らしい。実に躍動感に溢れているね」

「斬新なものは、奇をてらっただけに終わることが多いが、この曲は実に良い」

「今迄、聞いたことがないのだが、作詞作曲は君かね?」

 自分が作ったわけはないのに、自作であるということにするのは後ろめたさを感じた。

 しかし本当のことを言うわけにもいかない。

 だから答えを曖昧にした。

「ええ、そんな感じです」



 私が終わった後も、参加者の歌が続いて行く。

 その中で傑出した歌声があった。

 アイリーンさまという、私と同じ年頃の女性だ。

 茶色の髪に青い瞳。身長などの体格も私と同じくらい。

 その歌声は確かに若いのに、何十年も歌い込んだかのような年季を感じさせ、しかも若さ特有の鮮度を失っていない。

 私は、彼女が確実に決選に残ると予想した。

 決選に四人が選抜され、運良くその中に私が入っていた。

 そして やはりアイリーンさまも決選へ進んだ。

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