第36話 君じゃなくてもいい

 またノアの誘導尋問にはめられたことに気が付いてイラっと来る。

 でも私はそんな気持ちをぐっと飲み込んだ。

 腹を立てることじゃないわ、ペースを乱されないで。加護で相手の本音がそうじゃなかったときよりずっとましじゃない。


 それに、私の加護は本調子じゃない。

 頼れるところには頼っておいたほうがいい、少なくともノアは私に手を貸すつもりがあるようだもの!


「力を貸していただけませんか?」

「こういう時ティアは挑発に乗ってこないね」

 私が挑発に乗らなかったことにノアは詰まらなさそうな顔をするけれど。

 こんな有事の際にもかかわらず、つまらないとか面白そうとか、逆にこちらがノアの姿勢が本当に一貫していて感心してしまう。

 まぁ、このような性格だからこそ、なーんにもメリット一切なしのマクミランの婿にくるとか言えてしまうのだと思うけれど……




「それで力を貸していただけるのですか? いただけないのですか?」

「もちろん、力になろう」

 ノアが承諾して私はほっと胸をなでおろす。

 加護は使って確かめはしなかったけれど。

 この言葉を私は今は信じるしかない、ここを乗り切るのにはノアが以前言ったように、ノアの力が必要なのだ。




「応援が来るようですが。もし戦争を本当に起こすつもりなら、まず初めに彼らは何をすると思いますか?」

「私なら転移スクロールを使えなくするだろうね」

 ノアはさらりとそういったけれど、有事の際スクロールを破いても発動しないことを考えて私はぞっとした。



「転移スクロールの移動届けを記録しておく記録石があるだろ。あれがスクロールを作る際の座標として機能している」

「ちょっと待ってください私にそんなペラペラ話していいのですか?」

 どう考えてもこれって機密なんじゃと思うけれど、ノアはちっとも気にしてない。

「夫婦になるじゃないか」

「ソウデスネ」

 私では到底さらっと言えないセリフを言われて、こちらのほうが恥ずかしくなる。




「少し前からヴィンセントが私に多くの仕事を振ってきていたんだ。その時に最近記録石の調子の悪い領が多く私の父や兄がその対処にあたっていて他にスクロールを作れる人がいないと言っていた」

「そんな簡単に壊れてしまう代物なんですか?」

「まさか!? 普通の使い方をしていれば壊れるはずもないし、壊すにしても相当めんどうなことだろう。だからこそ不具合に父と兄が直接出向いて状況を確認していたんだと思う」

 確かにこれは偶然というにはあまりにも出来すぎている。




「転移スクロールを用いた移動は必ず記録されるようになっているから。これは想像になるけれど。記録されては困る人間がわざと記録を消すためとか。それこそ金の生る事業だから記録石だけでも分析して何かスクロールの作り方がわからないか? と触った際に……」

「それで偶然、座標としての機能を失わせることに成功してしまった……と」

 私の確認にノアがうなずいた。




「記録石はそこらへんにぽんっと置いてあるものじゃない。表向きは転移履歴の閲覧を領地を治める領主さまができるようにとなっているけれど。実際は誰でも彼でもが触って壊されたりしないようにと領主の屋敷に収め管理してもらっている」

「となると先ほど私を魅了しようとした目的は……」

「ティアを懐柔して手っ取り早く魅了をつかって案内してもらおうとしたとなると辻妻が合うんじゃないかな?」

 ノアも私に好意的にちかづいてきたのは、はじめは記録石を閲覧して占い師の行方を知るためだった。

 自分が似たようなことをしたからこそ、すぐに魅了の理由としてパッとノアは私よりも先につながったわけね。

 それにしても記録石にそんな重要な役割があるだなんて……



 もうすでに他の領地の記録石で転移魔法が使えないようにと実験済みだとすると実に恐ろしすぎる。



 とりあえず記録石を守っておかないとよね。

「明日の日中、私はいったん実家に戻って助けを呼んで来ようと思う。記録石の不具合についてはかなりの問題になっているはずだ。その不具合が人的に故意に起こされたとわかれば家も黙っていられない」

 ヴィスコッティ家は魔法の名家。

 ノアのそば付きのヴィンセントは私が入ることすらかなわなかった学校の首席。

 そんなのがゴロゴロいるし、先日の戦闘もけた違いだった。

 そんな人たちがマクミランに来てもらえれば十分戦力になる!




 次の日、表向きはリスタンご一行に悟られずに、父と母そしてセバスとノアの4人で昨日の考察を話した。

 私たち家族はあまり魔法が得意ではない、セバスも現役をひいてかなり日が立っている。

 相手は魅了魔法を防げるのは現状ノアしかいないということから。

 お父様だけだと不安なので、ノアからの手紙をお母さま、そして二人の護衛としてセバスも一緒にヴィスコッティ家に出向き応援を呼ぶこととした。

 お父様は不安が残るけれど、お母さまは数々の交渉をしてマクミラン領の維持に努めたやり手だ。





「今日の昼には応援を連れて戻ってくるから、それまでティアを頼むよ」

 父はノアにそういって頭を下げた。



 そして三人は1枚の転移スクロールで飛ぶために寄り添い、転移スクロールを破いた。

 空中に金色の魔法陣が浮かび上がり、しゅるしゅるとほどけてお父様とお母さま、そしてセバスを包む。



 私も何度も見たことのある転移魔法発動の瞬間である。

 ただ、隣で魔法陣をみていたノアが血相を変えた。


「マクミランの文字がない。記録石! 記録石はどこに!?」

 ただならぬ様子に、私だけではなく家族も動揺する。


「屋敷の」

 父の話の途中で転移の魔法が発動し、三人が消えた。



 すると今度はノアが私に詰め寄ってきた。

「記録石はどこに? すぐに案内を」

「お父様の書斎にある地下へとつながる隠し通路の奥に」

 あまりの剣幕に、本来なら人には決して教えないことを私はノアに白状した。

 ノアは私からの返事を聞くとすぐに走り出した。


「ちょっ、待って。一体どういうこと?」

「術式にはどこへだけではなく、どこから転移したかがわかるようになっているのに、そこにマクミランの文字はすでにない。魅了魔法をかける相手はティアである必要はない。他に記録石の場所を知る人物が屋敷にいたんじゃないか?」

 公爵家とは名ばかりで、うちにはお金が潤沢になんかなくて。

 突然のお客様をもてなせるようなメイドも従者もいない。


 そんな我が家で働く人たちは、皆私が加護で無害であることをしっかり検査した人達だけだった。

 各種対応を皆ができたほうがいいと思っていた。



 害のある人物は私が弾くことができる。

 だから大丈夫。

 私、いや私の家族は慢心していた。



「心当たりがあったみたいだね」

 私の表情でノアはお見通しだったようだ。


 父の部屋にたどり着いてドアを開ければ、そこには普段ならない、地下へと続く階段がすでに表れていた。


「やはり遅かったか」

「あっ……」



「私の家を基準にして考えていたこちらのミスだ。とりあえず転移の魔法が発動したから、三人は王都にもう着いたことだろう」

 うろたえる私を気遣ってかノアはそういった。

 


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