第29話 モテ期到来

 ヴィスコッティ公爵様が領地を去った次の日から異変はすぐに起こった。


 以前こちらから、どうですか? と打診したけどはっきりと断られた人。

 挨拶以外のことを話したことがない、社交界で一切私のことをこれまで鼻にかけなかったような人。

 中にはノアほどの家柄ではないものの、容姿だけはノアと対等にやりあえるレベルの人なんかもいて。

 一体私とノアが別れることになったら、彼は何を得るのだろうとここまでくれば加護を使う必要もなく打算的なのが見え見えだ。


 ここまで露骨なことある? とすら思えるほどに、たった3日ほどでテーブルにはあっという間に釣書の小さな山が出来上がった。



 この分だと、ミランダ経由でも何か言ってくるかもしれない。



「今日はまた一段と増えたね」

「ひぇ」

 急に後ろに転移魔法で現れて声をかけられて、思わず驚いて声を出してしまった。

「おや、驚かせてすまないね。おはよう」

 そういって、私の髪を優しくなでで頬に軽くキスをしてくるのは、まるで愛しい恋人にするような動作であり。

 好きだよということがノアのホントだとわかった今も。

 どこかうさん臭さが勝ってしまう。


 

「すまないって口だけじゃないですか。家の中で転移魔法を使わないようにとあれほど」

「だって、扉に君は鍵をかけているじゃないか。これだと入れないじゃないか」

「入ってこられないようにですよね」

「なら、こうして入るしかない」

「どうしてそこで、ならこうして入るしかない? という流れになるんですか」

 私のツッコミにノアは今日も面白そうに眼を細めて、無造作に詰まれた釣書を一つとると私にこういうのだ。




「さて。父が差し向けた人物の中にはティアのお眼鏡にかなう人はいたかな?」

「まだ全部見てないので」

 私がそういうとノアはキョトンとした表情をした。

「ティアは意外と純な一面があるんだね……ちょっと驚いた」

「あーもう私だってわかっておりますよ。これ私に好意があるから送られたのではなくて、何らかの取引とかがあって私とノアを別れさせるためのやつでしょ!」

「私は君のそういう夢を見れないところも好きだよ。だから、ここにどれだけ釣書を積んだところで無駄だけれどね」

「たいそうな自信なことですこと」


 愛はなくても顔はいいやつは一応いるんだぞと私はやってやろうと思ったのに。



「マクミランが戦火になれば、彼らはどこまでここに残ってくれるかな?」

 ノアの手のひらにこぶし大ほどの火球が現れる。



 悔しいけれどノアの言う通りなのだ。お母さまがあの父のとなりでなんだかんだ奮闘するのもそうだけれど。

 政略結婚だけでは決してなんとかできないものがあるのだ。



「さて、忌々しいものは君の気持ちが変わらない間に燃やしてしまおう。異論は?」

「はぁ……ないわ」

 ここでノアの機嫌をそこねて、ノアを失ってまで手に入れるべき人はいないのは明らかだった。

「ティアを懐柔させるならば、せめてマクミランの事情を考慮した相手を選ばないとね」




 ぶわっと一瞬でテーブルの上に火が上がり、火が消えた後には灰すら残らなかった。



 しかしここで折れるヴィスコッティ公爵様ではなかったのだ。


 次にやってきたのは私も顔を見知ったヴィンセントだった。

 あの日ヴスコッティ公爵様と一緒に帰った以来の訪問になんだろう? ノアの付き人だからやっぱりノアについてきたのだろうかと思えば。

 おずおずとこちらをうかがうようなまなざしをしたかと思えば。

「ティア様、あの一応これ形式的に言わないといけない言葉なんで。その結婚とか俺としていただくことは?」

「は?」

 思わず聞き返すと私の後ろから、どすのきいた声が響いた。

「燃やそうか?」

「勘弁してください。言わないといけないんですよ。何が悲しくてノア様の対抗馬にならないといけないんですか俺。死亡フラグじゃないですか。あっ、以下聞き流してくださって結構です」

 その後ヴィンセントは、自分の経歴を簡単に話してくれた。

 これがなかなか華々しい。



「あなた、学園で主席だったの!?」

 ノアのせいですっかり影が薄くなっているけれど、そういえばヴィンセントはセバスにさらりと変身する魔法を使っていたし。

 ノアに比べるともたついていたけれど、風と火の複合魔法で濡れた時器用に乾かしていた。

「いやいや俺の代は化け物みたいなやつは特にいませんでしたし。奨学金が欲しくてかなり真面目な生徒だっただけです。はい。俺つまんないやつですから」

 そういってヴィンセントはそっとノアから目をそらした。



「それでも魔塔からも推薦がきたんでしょ」

「一応ですね。一応。そこそこ使える魔導士にはたいてい魔塔から声がかかるんで。ヴィスコッティ家に仕えてるのって大体俺みたいな感じなんで、珍しくもなんともないですね」

 乾いた笑いをしながら、ちらちらとノアの様子をうかがうところが実にかわいそうになる。



 ヴィンセントが私に好意がないことは、セバスに変身したときに証明済みなんだけれど。

 器用であり、魔法の実力も十分、何よりヴィスコッティ公爵様に従順なところがすばらしいと思う。

 愛はなくとも、彼と結婚すれば、ヴィスコッティ公爵様が目を光らせていれば安泰みたいなところがある。



 それに戦争になったとき、彼の魔法はかなり役立つことだろう。



「ねぇ、形式的なことに前向きなことを考えてないかい?」

 ノアにそう指摘されると、私よりも経歴をアピールしてきたヴィンセントのほうが否定するという変なことになっていた。



「全く見境ない」

 ノアににらまれて、文字通り蛇ににらまれた蛙のように縮こまったヴィンセントにノアはそう言ったけれど。


 その後ノアと年が5つも離れたまだ幼さが残る弟。

 ノアのことが気に入らないから、ノアが気に入った女性なら奪う価値があるってやってきた別の意味でヤバイやつや。

 まさかの魔法騎士団の副団長という花婿候補として二重丸ところか三重丸、四重丸の男性までやってくるのだから、ヴィスコッティ公爵さまの圧力というのは計り知れない。


 ただ、並べられる形ばかりの愛の言葉にまとわりつくウソ、ウソ、ウソの文字に少し悲しくなると共に。

 ノアが軽口でささやく愛の言葉の大半に、ホント、ホント、ホントってでることのほうが虫唾が走ってしまうほど違和感と恥ずかしさで変な感じがした。



 そんな表向きモテ期の私の元に1通の無視できない釣書が届いた。

 相手はマクミランと隣接するウェルスター王国の魔法騎士だった。

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