第6話

NPO法人で心理カウンセラーの大塚裕太は、相談者の宮城静江の面接に静江の自宅を訪れていた。

生い立ちから話し始めた静江は、中学生時代に恩師のピアノ教師の殺人事件について語った。

殺人の犯人は、静江と幼馴染で同級生の男の子だった。殺人の動機として、静江がピアノ教師にセクハラと愛の告白をしていたことと、男の子も静江に好意を持っていたことを語ったのだ。



「つまり、あなたのために犯行を起こしたということですね」

「もう悲しくてどうしようもありませんでした。死のうとも考えました。」

「それは警察には伝えたのですか」

「いえ、彼は私の名前を一切出さなかったし、私もそのことについては誰にも話さなかったのです」

「しかし、その後彼が自殺したんですよね」

「そう、それもショックだったんです」

「それだけのことが起きれば若い女性としては耐えられないくらいですよね」

「幸い温かい両親が励ましてくれていましたので、しばらくは自宅で臥せっておりましたけど、何とか立ち直ることが出来ました」

「今ではどうですか。そのことが突然頭をよぎることがありませんか」

「もうずいぶん前のことですから、忘れたとは申しませんけれど、あまり思い出すことはございません」

大塚はその言葉にも違和感を覚えた。

人間は苦しいことや、辛かったことは、その事件が起こった直後やしばらくは生きていこうという生存本能が働くこともあり、忘れようと努力するものだが、年を重ねることによって、いきなり蘇ることがよくある。

親しい人が殺されただけでも相当なトラウマとして残るが、さらに同級生で親しい人がその犯人、しかもその犯人が自殺している。

現在でもその事実に押し殺されそうになっても不思議ではないのに、平然としている。

もちろん、他人に話しているのだから「装っている」ということもあるのだろうが、大塚は心理カウンセラーとして静江と話しているのだ。装っていては相談にならない。


「それは本当ですか。まったく現在の宮城さんの心の重しになっていないのでしょうか」静江の眼光がいきなり鋭くなった。鼻から息をもらして、もううんざりという表情をした。「今日はこれくらいにしません、私すこし疲れました」

「そうですか、申し訳ありません。少し突っ込みすぎたようですね」

「いいんです、そのためにあなたにお願いしたのですから。ですから、最初に言った、質問はやめていただきたいということは無かったことにしてください」

「ありがとうございます、今日はこれくらいにしましょう。思い出すことはけっこう体力を使いますから」


大塚は深くお辞儀をして静江の洋館を後にした。


来たときはまだ夕方になりかけの、町がオレンジ色に包まれた時刻だったが、洋館を出ると夜のとばりがおりてあたりは暗くなっていた。

駅までの帰り道、そして電車に乗り帰宅するまで、大塚は宮城静江のことが頭から離れなかった。聞いた内容ばかりではなく、その容姿、立派な洋館、赤を主体にした異様な色合いの応接室、そして何より異常性をうかがわせる静江の瞳のなかである。

とんでもない案件に引っかかってしまったという戦慄が背中を走る思いだったのである。




#7に続く。






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