第二十五話 そして谺す断末魔
「ぐ、ごぶ……っ」
しかし一刀斎を
「
「あそこまで、殺気を放っていればな……ッ」
それこそ
脳天まで響いた衝撃は、
しかし一刀斎は
羊目のその名の由来である、潰れた
「
「
思い出したのは
それで師匠の
だがそれらの
だが。
「強がりを吐くね」
「言わねばやってられん」
いくら耐えたと言っても、勁とは力の毒である。長引けば長引くほど、一刀斎の肉体を
これ以上時間を掛けるのは許されない。時間はない。だが
吸気でもって
痛む体が心を邪魔するならば、そんなものは捨ててしまえ。
――一を成すために必要なのはたったの二つ。心と剣。
予想以上の手練であった。ならばこそ、己の
「――さっき言っていたな」
「…………む?」
羊目が、訝しむようにこちらを
「意識を弄って、力を増したと。……それは、あの牛童子や無頼共に、あるいは千治にしたようにか」
「――ああ、僕が
「どこで覚えたかはさておいてだ。なるほどお前も、
羊目は、本気を出している。
羊目風にいうならば、「式神」を強化するために使う
だがそれを、奴は己自身に使った。己自身を鬼神に変えた。そうせねばならないほど、羊目は追い詰められている。
――だから気力を振り絞れ、苦しいのは奴も同じだ。
確かに相手は得体が知れない相手である。見えた底は深いだろう。
だが、それがどうしたというのだろうか。
一度斬ると定めたならば、斬るためだけに技を尽くす。――一刀斎と言う男は、ただそれだけでいい。
肉体はまだ痛みを訴える。
剣を振るのに痛みは要らん。そんなものはそこらに捨て置け。
今おれに必要なのは、剣を振るう意気だけだ――!
「
体の痛みをねじ伏せて、一刀斎は羊目目掛け
「――馬鹿な、奴だ……!
目を剥いた羊目は、拳を構えて竹の葉の散る大地を踏み抜き、肉体を前へと弾き出した。
あの様子、やはり牛童子や千治と同じように、心にもなんらかの作用が働いているとみた。
判断に
羊目のそれは、あの男達と同じである。一つのために全ての判断を捨て去った。
――そう考えれば、今の一刀斎と大して変わらないのかも知れない。
痛みを意識で封じ込め、一のためにそれ以外の全てを削ぐ。
一刀斎のものが鍛錬による習得であるのなら、羊目達のものは人為的に引き出されたもの。
一刀斎のそれが理想の
どちらが冴えているかと問われれば、答えるまでもない。
勝った方が、冴えている。
「
「勢ェェェヤ!」
足で四角を結びつつ、打ち放たれる拳を流しながら、返す刀で羊目の肉体に甕割を振るう。
横薙ぎのそれは羊目の複雑な足運びを止め、その隙を逃さない一刀斎は続けざまに首を狙って剣を弾き上げる。
「
しかしその剣は届かない。身をかがめて斬撃をさっと避け、刃の下を
「逃がさん……!」
「でしょうね……!
後ろ向きのまま、竹の葉を巻き上げながら足をなめらかに
腕を切り落とそうとしても拳を引き、足を運ぶ速度に追い付かない。やはり、肉体を直接断ち斬るしかない。
しかし常人よりも広い視野を持つ特殊な目と、
瞬間。
「角足……!」
「っ!」
鋭い
それを感じた瞬間に、向い打つように
刺し違える覚悟でもしたかと一層踏み込み、突きを打つ。
しかし。
「……フッ!!」
甕割の切っ先が眉間三寸の距離を切ったとき、目を見開いた羊目が身をぐらりと揺らした。
(しくじったか……!?)
先の殺気は、確かなものだった。だが羊目は即座に横へと抜けていく。全て
(――――なに?)
そちらに向いても羊目は打撃の準備に入っておらず、
羊目は無表情のまま拳を構え、仕切り直した様子であった。
突きは協力ながら、
しかしそれが避けられ隙だらけであったのに、羊目はそこを打たずに距離を置いた。
なにかが妙だと、一刀斎は
「どうした、
「死にたくはないんでね……
左右に揺れながら懸かり来る羊目を、じっくりと
「スンッ!!」
鋭い吸気と共に、眼前から羊目が消える。しかし、目で追うことはせず。
「
炎が揺れて風を避けるように。一刀斎もまた殺気に応じて揺れれば良い。
心の芯を
しかし羊目は斜め下から迫る分厚い
迫る腕に肘を打って突きを阻み、手首を返して羊目の肩を狙って袈裟斬りに振るう。だが。
「フッ!」
ほぼ真上から、殺意を纏って繰り出される
「こなくそっ……!」
良ければまたあの
「ぐがっ……!!」
額の中心、そのやや上。
瞬間、頭の後ろで火花が散った。
――瞳の形に覚えはないが、目の形には覚えがあった。
伊勢の山中で切り抜けた強烈な弓矢。
その記憶が意味するところに気付いた瞬間にはもう、一刀斎の肉体は大地を蹴っていた。
「
「ごぐッ!?」
一刀斎は半身になり、柄を真っ直ぐ打ち出した。柄頭が
間違いない、確信した。この男は確かに広い視野を持つのだろう。だが、しかし!
「貴様……前だけはまともに見られないか!!」
「ぐっ!」
ガチン、と音が聞こえるほど強く、羊目は口を噛みしめた。直後下腹部に当てられたのは、白い
――来る!!
「
「ごぁ……!」
即座に身を捻り腹から手を外したものの、すんでのところで勁を打ち込まれた。
勁の一撃は
闇夜だというのに眼前が白に染まり、
思わず甕割から手を離しかけた。その刹那。
(離すな――――!)
一刀斎の中心で燃える
(握れ――――!)
白い世界を切り裂いたのは、黒く燃える
冷たい鉄の色をしていながらも、その刀身は力強い熱を発していた。
――そうだ、俺は今、
「フッ!」
割れて
追え、などとは考えない。
追おう、などとも思わない。
思考した瞬間にはもう、心は一刀斎を動かすのだから――!
「
振り切れ、今は痛みのことをすっかり忘れろ。
削ぎ落とせ、痛みが生じさせる
研ぎ澄ませ、肉体ではなく心で剣を執り、腕でなく心で剣を振れ。
そして、己全てを魂の炎へ
ただ、「
ただ、「
「オォオオオオオオオオオオ!」
羊目が、二つの拳を同時に構えた。あちらもケリをつけるつもりらしい。――――上等!!
「発ツ、発ツ、発ァァァァァァツ!」
繰り出される拳を、一刀斎はひたすら
なぜこの陰陽師が、ここまでの武を鍛えたのかは知らない。
知らなくて良い。相手の背にある道など興味はない。
武芸者にとって見るべき道はただ一つ、己が目指す、天下一への道のみである!!
「
真っ直ぐな機動で、一刀斎の心の臓目掛け放たれる
勁により打ち込まれる力の毒が生命の根底である心臓に打たれればどうなるのか、想像に難くない。
だがしかし、脳みそは「避けろ」などと水を差すようなことは言わない。
理性は心を止めることなく、むしろ燃える心王が行くべき道を全力で探す。
羊目の拳が、死の風を帯びて
「ムッ……!?」
――身に触れる一瞬を見切り、下段に据えた剣に合わせ、即座に膝を折る。
真正面を上手く捉えることが出来ない羊目にとって、一刀斎の姿は文字通り、狭霧の中に消えたが如く。
体を、使え。ただ流すな。繋げて、流せ。
体の中に経路を作れ。身体中にある節に通せ。
炎と化したこの肉体が持ちうる力を、全て、流せ!
「
地を摺るほど低い晴眼から放たれた、唐竹割りを逆になぞるような振り上げは、散った竹の葉を舞い上がらせる。
切り上げに乗せられた
「――――――――ァッッッ」
そして飛鳥の意気を追うように、
人々の心を握ってきた陰陽師の、声にも成らぬ、断末魔――――。
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