第九話 雉は鳴かずば守れない

ェエエエイ!」

 みぎ上段じょうだんから、やりはらたれる。一刀斎いっとうさいすんでところ回避かいひちかづこうとするが、ひるがえやり穂先ほさきはばまれる。

 ゆみ巧者こうしゃさる軍配ぐんばいもの山犬やまいぬ強者つわもの二人ふたりだけかとおもいきや慮外りょがい伏兵ふくへいあらわれたと、松軒しょうけんはそのたたかいをうしろからまもる。

 大身おおみやり片手かたて自在じざいまわす、賢佐かたすけ名乗なの剛力ごうりきよろい武者むしゃ

 本来ほんらい馬上ばじょうるうらしいそのかまえは独特どくとくで、かちであってもそのわざえはおとろえない。

 上段じょうだんから突き出されれば獲物えものねら隼鷹しゅんおうごとく、下段げだんからされればそらおおとりごとく。比類ひるい大敵たいてきである。まだとしわかえるが、おおくのいくさえてきたのがよくかる。

 ──同時どうじに、まだわかいであろうあの男が、目立めだ馬上ばじょうにてやりるわねばならなかったという現実げんじつが、六角ろっかくありさまかたっていた。

 古今ここん無双むそう武士もののふになれるだろうおとこが、このっぽけなやぐらまかされている。

 経験けいけんませると言えばこえがいいが、ようはただ、人手ひとでりないのだろうことはさっしがつく。さぞ本人ほんにん不満ふまんだろうと、松軒ははならした。

 しかしわざける一刀斎は、打ち合うことで意志いしっていた。

フンッ!」

 賢佐のやりには、うつさがめられていない。もとよりそんなものがないように、びと振っている。

 おのれ境遇きょうぐうくさることなく、忠義ちゅうぎしたが存分ぞんぶんうでを振るう。これが武士とうものかと、一刀斎は奥歯おくばんだ。滅私めっし姿勢しせい保身ほしんこころからとし、ただ純粋じゅんすい使つかっている。

「ままならぬかただな、武士というのは!」

 くびへとはなたれたをいなしながらいかける。しかし賢佐は「いな」と槍をはらもどして一刀斎をはなす。

われらには使命しめいがある。あるじしたがい、所領しょりょうまもり、一族いちぞく郎党ろうとうやしなう。たたか理由りゆうがある以上いじょう、なにもなやむことはない。おのれついやし、すべてをまもとおす。われ武士ぶし生命イノチとはそれだけでよいのだ。おまえたち、武芸ぶげいしゃとはちがう」

 賢佐はやり穂先ほさきを、一刀斎へとける。

「一刀斎と言ったか。ただ、一刀いっとうもとにだけきる者と。使命しめいく、自在じざいいのちもちいる武芸者。おのれこころしたがい、おのれ意志いしつらぬく。──おのひとつできていく。自由じゆうままといえばこえはいい。だがしかしそのじつ貴様きさまは、みずからのちからだけできていかねばならない世界せかいいている。想像そうぞうぜっする困難こんなんさだ。このんでそのみちくそのこころ理解りかいしがたい」

 ゆっくりと、やりく賢佐。そのするどいは、獲物えものねらます猛禽もうきんのようにひらかれている。

「なるほど、おれたちはおたがい、理解りかいない存在そんざいか」

 一刀斎は八相はっそうへとかたなかまえ、りょうあしちからを込める。つべきおとこを、しかと見つめて。

もとよりまじわらぬはずの二人ふたり片方かたほうついえるが必定ひつじょう理解りかいなど、不要ふようであろう」

 ジリと、賢佐かたすけあしすなんだ。

 両者りょうしゃあいだに、静寂せいじゃくおとずれる。つぎいで、たたかいははげしさをすだろう。これはそう、あらしまえの、ほんのわずかなしずけさ──。


 ──ツトン。


 てんてられた甕割かめわり。そのさきに、あめ一滴いってきちる。

 甕割の切っ先は、その雨粒あまつぶふたつにき、かれた雨粒はかがみわせのように、刀身とうしんながちる。

 わた二尺にしゃく七寸ななすんながれきり、つぎ一雫ひとしずくが賢佐の穂先ほさきをかすった瞬間しゅんかん

シッッッ!」

セェッッ!」

 同時どうじに、その身をはじした。

 彼我ひが距離きょりはわずか五間ごけんたがいの間合まあいを考えれば、剣戟けんげきれるは三間さんけんばかり。長物ながもの使つかいである賢佐の方に間合いながさはある。

 賢佐はうでおおきくひろげてやりかかげ、一刀斎を威圧いあつする。「こちらにれば槍の餌食えじきになるだけだ」と。

 しかし一刀斎はじることなく、太刀を正眼せいがんへとかまなおしてよりつよちからめる。前足まえあしりにするようにうしあしして、ちがった前足を、くようにうしあしして。

 槍の元へと、身をさらす!

テェァアアアアアアア!」

 槍下をけようとする一刀斎へ、賢佐は槍を突き下ろす。その槍は、はねたたみ天からせまる隼鷹の如く、はやするどい。

 しかし一刀斎の目は、そのやりきゅう降下こうかから目を反らさない。

 思うことはただ一つ、ただ、斬るということだけ──!

ェヤァッ!」

「グッ……!?」

 されたその穂先を、一刀斎はとす。

 武士の槍は、己を滅し、雑念ざつねんとして振われるもの。

 だがしかし武芸者の剣もまた、こころからすべてをとすもの。ただ純粋じゅんすいに、ました心でもって剣を振るうもの。

 甕割の太刀はみだれることなく一条ひとすじの真っ直ぐな剣閃けんせんえがき、大身な穂をらした。

 つづいて甕割を振りかぶり、賢佐のみぎ小手こてねらう。しかし!

ェエ!」

 賢佐は槍を持つ手を振り上げて小手をけ、半身はんみなってうでおおきくまわし胴を目掛めがけて槍をつ。

 だが、ようやく刃圏はけんおさめた以上いじょうこののがすわけにはいかない。

 こころほのおふるこせ。炎の中にある全てを、この一瞬いっしゅんそそむ!

 せまる穂へと太刀を振り上げ、しのぎでもってやりせいする。そして。

フン!」

「な────!」

 ゆびうち手首てくび駆使くしし、やいばで穂先をおどらせる。──鞍馬くらまりゅうの、見様みよう見真似みまねとし。

 ガラきとなったわきしたへと、甕割を突き出す!

「くう!」

「ッ!」

 賢佐は大きく腰をらしてその突きをかわし、うでひねって槍ので一刀斎の顎をくだきに行く。

 一刀斎は踏み込むことで槍をかわし、またも賢佐の正面しょうめんに出る。だが。

フンンンン!!」

「なっ」

 今まで片手で振るっていた槍を、賢佐は両手りょうてでもって振り落とした。

 賢佐の槍の技は、本来ほんらい馬上ばじょうで振るうもの。当然馬上では、きゅう以外いがいでは片手かたてで技を振るう。

 だが達者であればあしだけで馬をあやつることも可能であり、両腕りょううでで打つこともある。

 そしてなにより、今は馬上ではないのだから、両腕で用いてもなんの問題はありはしない!。

「ぐぅ……!」

 一刀斎は咄嗟とっさむねおさえて槍の打ちをふせぐものの、上体じょうたいもどちからも合わさったのか、その打ち下ろしは尋常じんじょうでないちからが生まれていた。

 なんとか持ちこたえたものの、刀身が棟を抑える手にめり込んで、その衝撃が肩まで抜けた。

 あの足腰あしこしねばづよさは、騎馬きばによってたものだろう。こしすわり、よくられた意気いきちからがその打ちには込められていた。

 それだけでなく。

足場あしばが……ゆるい!)

 まえは、そのはげしさをしていた。

 黒雲くろくもが、めにめたあき冷雨ひさめしている。まるでしのたばねてとしたような雨は、いたむほどに身体からだつ。

 一刀斎が地面をみしめるが、こたえがあまりない。

 だが、賢佐の足は根付ねづいたように動かない。なぜだと思う前に、当然かと答えが見つかる。

 この打ち合いの中、賢佐はたいしてうごいていなかった。つまり足にちから準備じゅんびはすでに出来できていたのだ。

 このまま押しきられるか、そう思った瞬間しゅんかん、賢佐が後ろに飛ぶ。

 逃がしてはならぬと、その姿を目で追った。だが──!

「ぐぉ……!?」

 賢佐が、槍をスッとはらう。すると穂のまっていた雨水あまみずが、一刀斎のった。

 水をたたき付けられた一刀斎は、思わず目をつぶる。目がいたばしり、わずかばかりにしかけられない。

 開けたとしても、いたみず視界しかいゆがめてまともにぞううつさない。

 さらにこのしのあめ余計よけい周囲しゅういくらませて、木々きぎ穿うがおとが、水面みなもつらぬおとが賢佐のうごきをしていた。

 このままでは、たれる。そう思った瞬間しゅんかん、ふと魂の炎がれた。

 同時に脳裡のうりに、ふっと小火ちいさびともる。かつて近江おうみごした時に、かたった、師の師について。

『俺の師は、目が見えなかった』

大抵たいていやからはすべての行動こうどう意識いしきを込める。気配けはいは目や手癖てくせよりも正直しょうじきだ』

 ──ああ、そうだった。

 目が見えなくても問題はない。音が聞こえないからなんだという。

 気配を読む。それは元から、得意とくいだったではないか。

 つぎうつったのは先程さきほど、雷の技を振るった松軒の姿。

 ──ああなるほど、そうすればいいのか。

 一刀斎は、甕割を上段じょうだんに掲げ上げる。読むのは気配。槍に込められた意が、雨を切り裂き迫る気配。

 魂の炎を、体のそとへとおこひろげる。ほのおれる。かぜれる。殺意かぜに揺られて、わざれる。

 揺れた後は、揺らしたものをやすだけ──!

シャァアアアアアアア!」

 賢佐がたけて、己の全霊ぜんれいを槍にそそいだのがつたわる。

 そして、その槍は──真正面ましょうめんから、突き出される!!

ァアアアアアアアアアアアアアア!」

 必要ひつようなものはほのおべて。としたものは、くちからいて。

 ただ無心むしんに、切り落とすのみ────。


「……これが、武芸者か」

 賢佐は、切り裂かれたから槍を落とした。

 賢佐は最後の一撃、奇をてらって右手ではなく左手で繰り出した。だがしかし一刀斎は、目が見えぬのにもかかわらず応じて見せた。

気配けはいが、めたんでな……」

 目をぬぐい、ようやく視界しかいを取り戻した一刀斎は片腕かたうでおさえる賢佐をる。

 からだるには、あと一歩いっぽ踏み込みがりなかったらしい。

「一刀斎!」

「なん──」

 うしろから己を呼ぶ声に振り返ろうとした瞬間しゅんかん、顔の横をなにかが通りすぎた。

 降りしきるあめきながらるそれは、幾度いくどいた、あのおと

「次は、俺が相手だ……!」

 前を見れば櫓から、赤鎧あかよろいに身を包んだ大男。その鎧は間違いなく、のきかげからこちらを見ていた弓巧者。その弓勢ゆんぜい猿臂えんぴ之勢のせい猿号えんごう擁柱ようちゅうの腕の持ち主。

 赤鎧の大猩々だいしょうじょうにらむように眉間にしわせ、一刀斎をにらける。

 やる気かと、剣を構えようとしたその時、一刀斎はふと気づく。

 あれほどの弓の腕があってなぜ今──。

「ああ、そうか」

 その猿のけわしいを見て、はたと気付いた。

「お前、ちかくがえないのか」

 そのかたが、わずかにふるえた。しかしそれも一瞬いっしゅんで、矢をつがえてつるを引きしぼる。

 だが、その弓の前に、賢佐が立ちはだかった。

仁兵衛じんべえ。……勝負はついている。外他とだ一刀斎いっとうさい。とどめをせ」

不要ふようだ」

 賢佐が意を決し差し出した首を、バッサリとらぬと答える一刀斎。

 賢佐と仁兵衛と呼ばれた猩々は、ともに目を見開いた。

「元から首級しるしが欲しかったわけじゃない。技を振るって相手が死ななかったとしても、それはおれの未熟みじゅくゆえだ。首を落とすのに躍起やっきになることもない」

 それに、と一刀斎は言葉ことばを続ける。

「人が死ぬのは、やるべきことが全部ぜんぶわった時だ。ならここで死ななかったお前には、まだ果たすべき天命てんめいがあるということだろう」

「ケッハッハッハッハ! 天命、天命か。こいつあ笑える。ここまで来たら勝ち目はねえなあ!」

「……義衛門ぎえもん

 仁兵衛の陰から、男が出てきた。

 賢佐から義衛門と呼ばれたその男は、戦陣せんじんにありながらよろいけずに、羽織はおりくずし、いてニヤけている男。

 この男も、軒から垣間かいまえた男だ。とすれば。

「お前が、山犬やまいぬか」

 山犬。そう呼ばれた男は一瞬いっしゅん目をまるくするが、なにがおかしいのかケラケラと笑いだした。

「山犬、山犬ね。そいつぁいい。気に入った。──大したもんだぜ武芸者。いくさ相手あいてに武で立ち向かうとは。だいそれた馬鹿だ。お前以外にそんなことするような奴はいねえ。天下てんか二人ふたりといねえ馬鹿だよお前は!」

 敗戦けた皮肉ひにくにと義衛門は煽ってきた。だがしかし、とうの一刀斎は。

「それはいい、気に入った」

 くちを、わずかに上げてほほんだ。思わず呆気に取られ、義衛門の口は真一文字まいちもんじむすばれる。

「おれは元から天下てんかいち剣豪けんごうを目指している。天下に二人といないとは、いい言葉ことばをもらったな」

「いやあ、めちゃあいねえだろ今のあ……」

 松軒がのそりと近付いてきて、その目を義衛門へと向ける。

「さて、六角ろっかく残党ざんとうども。さんざんお前らにはくるしめられた。とくにそこの軍配者にはなあ」

 まとう気配から、わずかばかりにいなずまはしる。

「そちらさんにやる気がもうねえってんならあ、これで終わりにするつもりだぜ。さっさと、このから出ていきなあ」

「こうち」。そう聞いた時、義衛門のくちびるがそれをかえした。

 しかしその音は雨にかき消され、誰の耳にも届かない。

「──こうち、ここはこうちってのか。……は、どう書くんだ?」

「はあ? 場所の名前も知らずにいたのかお前はよお……読みはちげえがあ、畿内きない河内かわちのくにと、一緒いっしょだぞお」

 なんだその質問しつもんはと、松軒は目尻めじりにしわをつくり首をかしげる。

 畿内の河内と一緒。そう聞いた瞬間に、六角方三人は瞠目どうもくした。

「……そうか、ここは……ケハ、ケッハッハッハッハッハッハッハ!」

 唐突とうとつに、義衛門が笑い出す。その突拍子とっぴょうしのなさに、今度こんどは一刀斎と松軒が目を見開いた。

「おいそこの雲林院うじいの。さっき苦しめられたって言ってたよな?」

 いやらしくわらいながら、山犬の如き男は松軒にたずねる。いったい何事なにごとだと思いつつも、そのいには、おもみがあった。

 それを感じ取った松軒は、ふかくうなずき。

「──ああ、苦しめられたなあ。お前ほどの軍配者、そうはいねえぞ」

「ケハ、そうか。……なら、もう俺様おれさまにはこころのこりはねえ。そもそももう、ここも持たねえからよ」

 ここも持たない。それはいったいどういう意味かと聞こうとした時。

「なっ」

 かわ水量すいりょうが、どっとした。それと同時に地面のぬかるみが進み、櫓がずるりとすべった。

 慌てた様子の一刀斎と松軒を、義衛門は嘲笑あざわらうようにニタリと笑い。

「ここはみずうみもと。雨が降れば湖から水が吐き出されてみずびたしになる。ついでに知ってるか? 木ってのは根を張ってすべりを防ぐもんなんだがこの通り、ここら一帯いったい木をっちまったもんで地面じめんもゆるゆるだ。どっちにしろ、この櫓は雨が降ったら終わりだったのさあ!!」

 面白おもしろがまるでないことを、この山犬は愉快げに言う。いったいどういうきもをしてるのかと、一刀斎は呆れ返った。

「行くぞお一刀斎! ここももうすぐながされる!」

 松軒が一刀斎の肩をつかむ。だが。

「お前らはどうする気だ」

「俺様らは負けた身だぜ。だったらほろびるのみだろうさ」

 仁兵衛が賢佐に肩を貸し、櫓に戻る。

 櫓にたたずむ義衛門は、この大雨たいうの中一人カラッとかわいた笑いを見せている。どうやら、軽薄けいはくそうに見えてこころうちは武士らしい気質きしつの持ち主らしい。

「ああでも」

 何かフッと思い付いたように、義衛門は一刀斎を睨みつけた。

「――人が死ぬのがやるべきことを全部やった後ってなら、もしかしたら、天命が俺様らを生かすかもなあ」


 秋雨あきさめいて、木々きぎかさやくたない。

 一際ひときわふとく、えだかさねた巨木きょぼくもとでも、あめれたかたつ。

「ったく……まさかあれだけ苦労くろうしたやつらがよお、まさか雨が降るのを待つだけで良かったなんてなあ……」

 松軒は、濡れておもくなったあたまを落としショボくれている。

 それもそのはず。雲林院は百人ひゃくにん以上いじょうを使っても、あの櫓を落とすことが出来なかったのだから。それがただ、雨が降れば自然しぜんくずれる設計せっけいだったなど聞いて落胆らくたんしないはずがない。

 はげます言葉ことばも見つからないので、一刀斎はぼうっと外を見ていた。

「だがまあ雑兵ぞうひょうかたけたし、あの三人も崩れる櫓と一緒にみずうみに飲み込まれる。結局けっきょく勝ち逃げされなかっただけましかねえ……」

「そうだな」

 義衛門、仁兵衛、そして賢佐。三人は櫓の中へと戻っていった。いさぎよいとは思う。だが、あのような生き方はおれには出来ぬと、一刀斎は目を閉じる。──すると。

「……む?」

「どうしたあ?」

「静かに、今なにか聞こえた」

 一刀斎の言葉に、松軒は耳を澄ませる。耳の穴に入ってくるのは雨が葉を打つ音ばかり。本当かと思い、さらに耳をよく立ててみれば──

「…………!」

「…………ー!」

「…………かー!」

「ああ」

 確かに聞こえる。高い雨音と違って、ぶとひくい、張られた声が。

 この声には、聞き覚えがある。というより松軒にとっては、子どもの時分じぶんから聞きなれた声。

「松軒様ー! どこにござるかー!!」

「我ら三人は健在けんざいですぞっ……!」

「うむ! うむ!」

てつしんたちかぁ!?」

 松軒が、森の中に声を張り上げる。するとその声の主達は、こちらに気付いたらしい。

 どたどたと地面を駆ける音が聞こえてきた。

「松軒様ぁー! それに一外他殿ぉー!」

「お二方、無事でござったか……!」

「うむ、うむ!」

 無事だったかとはこっちの台詞セリフである。

 佐武さぶいち大岩おおいわ雪崩なだれに飲まれ、鉄之進と南蔵なんぞう大水おおみずまれかけていた。

 なのに彼らは、傷のひとつもってないどころかまだまだ元気げんきがありあまってる。

「ふはははは! 我々も悪運あくうんが強いのでな!」

「ワシらもまだ、死ぬには早いようですなあ……」

「うむ、うむ」

 この三人を見ていると、嫌らしく、だが妙な清々しさを纏った笑みを浮かべた山犬の言葉を思い出す。

『もしかしたら、天命が俺様らを生かすかもなあ』

 彼らは倒れかけた櫓の中へと戻っていった。だがしかし、もしかしたら──。

「……では、雨が弱まったら戻ろうか。雲林院の街に」

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