第八話 新しき名は
「僕、禄を
「その時は刀は使うな」
どっさりと積もった髪の多さに、弥五郎は思わず息を飲む。
頭を触る。よかった髪は残っている。刀でもって
肩の半ばほどまであった
「はー、サッパリしたじゃねえか。
奥の
「さて、髪の次は名だ。俺が一つ、考えてやったぞ」
自斎が弥五郎の前に座り、手に持った紙を広げてみせる。
そこには、七つの文字が書かれていた。
【富田 一刀斎 景久】と。
「トダ、イットウサイ、カゲヒサ、ですか?」
弥五郎の代わりに小次郎が
「「
「一刀の元に、生きる──」
弥五郎には、縛りがない。弥五郎は
そういう意味では、弥五郎は自由の身であった。しかし自由とは、
「そして
「
「なぬ?」
バッサリと、切り捨てた。自斎はすっとんきょうな声を上げ目を丸くしていた。
なるほど、これが刀を使わず相手を斬ることか、とどこか納得する。
小次郎も自斎のその反応が面白かったのか、「ぶっ」と口から息を吹き出した。
自斎が目を
「いや、おれが、
弥五郎も元来、思ったことは
この先苦労も多いだろう。それを聞いた自斎は。
「かーはっはっはっはっはっは!」
と、笑いを
どうやら答え間違えてはないようだが、念のため訊いてみる。
「ダメだったか」
「いや、それでいい。お前は我を通しゃあいい。その富田の
それなら納得、と自斎は大きく頷き、ちょっと待ってろと
数分もしない内に戻ってきた自斎の手には、
自斎は「富田」の字にちょちょいと
書かれたのは、「外他」の二文字。
「これで同じくトダと読む。外や他のトダとは違うって意味だ。どうだ」
「いや、同じトダじゃないですか……」
「それならいい」
「いいんですか!?」
弥五郎の
「字が違えば意味は変わる。それに、外や他と違うという意味なら
「そういうものかなあ……」
小次郎は納得いかない様子で腕を組み、「外他 一刀斎 景久」と書かれた紙を見やった。
今度は自斎が、くつくつと笑う
「字が違えば意味が変わる。はて、そうかねえ?」
自斎は「
「これはな、「ばんじ」と読む。仏教で使われる
なるほど、と弥五郎は紙に書かれた卍を見つめる。「吉祥を斬る」だと縁起が悪いが、「万事を斬る」だとなかなか
──そういえば、なにか忘れているような。なにか大事なもの……。────ああ、そうだ
「
甕割。三島神社に
あまりの
たしか、「斬るとはなにかを知った時に返す」と言っていたが。
すると自斎は「安心しな」と、なにやら
「そこだよ」
自斎が指差したのは、弥五郎の下。
弥五郎ははてと、下をみやる。あるのは
「…………まさか」
弥五郎はさっと
そしてその床板の下には、なにやら白く細長い、三尺ちょっとの
……ここはいつも、飯の時に座っていた場所だ。いつだか、気を失って運ばれたときに寝かされていた場所でもある。
箱を取り出して床板を戻し、箱を開けてみる。するとそこには、思った通り。
「手入れはちゃんとしといてやったから安心しな」
朱塗の鞘から、刃を引き抜く。いつかと変わらぬ
「また会えたな、甕割────」
「お前は
外他一刀斎景久の名と卍の印を与えられ、甕割をその手に再び取り戻した弥五郎に、自斎は告げた。
京と言えば
とはいえ去年の夏、弥五郎が堅田を訪れる前には時の将軍
「京に、何があるというんだ?」
「よくぞ聞いた。今の京都は、なにもない」
「……なに?」
なにもない、とは。なぜそんな場所へ
「まあ聞け」、と自斎は言葉を続ける。
「京の
心の底から楽しそうに、「当流以外の武」を語る自斎。
その興奮は
「そして今、京では件の
言葉の
「天下一の剣豪」。
その言葉を聞いた瞬間、胸の中に
京の都。そこには、
心の臓が火山のように
どうしたものか。明日は朝早いというのに、全く眠れそうもない──。
──
「や、やめろ!!」
「
「くへへ、大人しくしてなガキども。お前の
大男は最近この京に来た腕自慢であり、
それを止めようとしたのがこの男であったのだが──。
「す、素直に引いた振りして後ろから叩くやなんて、ひ、
「しかも、父ではなく自分らを……それでも武士か!」
震えながらも
それもそのはず、今男が踏みつけている子ども等のの父は、かつてこの
普段なら虚を突かれたところで反応できたが、男が棒を向けたのは子ども達。それを
「知らねえのかガキども、
踏む力を強めながら放たれた言葉に、少女はひっと小さく
「お、お前なんか、
少年は
あまりのいじらしさに、周囲の人々は目を
「なるほど、それがお前の兵法か」
「なっ───!?」
突如。男の体が、風に吹かれた
ようやく
「てめえ、なにしがった!?」
すっ飛んだ男が振り向けば、そこにいたのは
腰に
「
「けはい、だと? なんだ、強者の気配でも
鼻を高くする男を見れば、どちらが天狗か分からない。
「
「なんだと!? その刀を抜け、刀ごと
「こいつにお前はもったいない」
鴉天狗はそう吐き捨てて、
それゆえに。
「てめえ、
鴉天狗もなかなかの
──それはなんと、
「ごご、が、ぁ……」
棒と棒が、多少ぶつかる音がした。ただそれだけ。
人々が、
「──卑怯が兵法というなら、もう少しそれを見せてほしかったんだが」
大男の六尺棒は、鴉天狗の顔の横を通り抜け、逆に鴉天狗のその棒は、切っ先
鴉天狗が棒を引き抜くと、喉から血がドクドクと流れ出て、そのまま大男は
周りの者は、いったい何が起きたのか、さっぱり分からぬと言った表情で目を丸くしていた。まるで天狗の
恐る恐る、少年が鴉天狗に
「あ、あの、あなたは、
「…………まさか、京くんだりに来てまでそう呼ばれるとは」
鴉天狗は、軽くため息を吐いた。
まさか、
「──
「え?」
男が小さく、だがしかしはっきりと、その腕前に似合わぬほど
「
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