第四話 無想の片鱗
「お
「ああ、
相手の上段を受け反らし、転じながら顔を打つ─本来なら
もう一つ、違うとすれば。
「最後の上段からの振り下ろし。あれは」
「あいつ本来の技だな」
自斎は「なるほど」と、
「弥五郎には、
それがあの振り下ろしなのだろう。とはいえ。
「
「倒したんだから問題あるめえ。よほどの
名を呼ばれた弥五郎はこちらを振り向いた。その顔は
「
「仕事を始めるぞ!」
「仕事?」
師の言葉にはてと首をかしげる。今日の仕事とは、この
「これですよ、これ」
近づいてきた小次郎が、草の陰で倒れる水賊から野太刀を
「なにをしているんだ?」
「もう
「他の水賊に奪われるのも面倒だからよ。
「いい品は
気のせいだろうか。小次郎の目が
しかしなるほど。堅田に来る旅すがら、
どこそこで
どうやらよくある
弥五郎は剣に興味はあっても、戦というものに関心を持てなかった。
「弥五郎、舟屋近くの連中から取ってこい」
「わかった」
弥五郎は手始めにノした男三人のところに向かう。太刀二振りに槍が一本。太刀も槍もみたところ
白目を向いて泡を吹き、完全に意識を失っている。いったいどれほどの力だったのかと、自斎は呆れる。
長巻は重たいが、持てないほどではない。ついでに
「コイツぁ──」
とはいえ弥五郎は、ただの木刀で
兜を割るにはいい
同時に、
そして、それを成す
「無想、か──」
その
弥五郎は、その入り口に立っている。
その日の
ぱちりぱちりと、
「明日から、
弥五郎は囲炉裏の鍋から目を離し、自斎を見やる。
「あれを倒したからか?」
「お前、あれを出すのに手こずったな」
あれ、とは受け流しからの
確かに、十字受けから
「おい小次郎、どれくらいだったよ?」
「呼吸を二度ほど。
土間から帰ってきた小次郎の答えに、「
「勝負の世界じゃ、
だが。と自斎は言葉を続ける。
「あの最後の振り下ろし。あれはどうやった」
「────────」
どうやった。と言われても気付けば出していたものだ。やろうと思ってやったことではない。
あの振り下ろしは、自分が
何より。
「──あれは無心でやるものだから、どうやるかとは、考えない」
肩を張らずとか、肘を
その答えに自斎はにたりと笑う。
「全ての剣をあの振り下ろしのように剣を振るえたとしたら、どうなると思う?」
「どういう意味だ?」
「
「シンポウ?」
「受けと攻めの話は今朝したな?」
「覚えている。心を揺らさなければ、剣はぶれない」
「それが心法の一つだ」
心法とは
頭で体を動かすのではなく、心でもって働かせる。それが心法なのだという。
「いいか弥五郎。剣とは心だ。頭じゃなく心で振る。それが剣の肝要なのよ」
「マスが
自斎が言い切るのと同時に、小次郎が三人分の焼きマスを持ってくる。今日の成果として
「はっはー! こいつぁいい。最近はフナばっかだったからよ。さて、こいつも
自斎が、
白い
弥五郎はふと目を覚ました。
起きたついでにと、小便に立つ。そこで気付いた。
まさか、と思い障子を開けると、縁側に小次郎が座っていた。
「おや、弥五郎さん。なぜ起きてるんです?」
「なぜ起きている、小次郎」
「月を見ていました」
「欠けた月をか」
「弥五郎さんは月は好きですか?」
「
月は、満ちたり欠けたり
この堅田までの
しかし天道、太陽は変わらない。
「僕は好きですよ、月は。
よくわからない感覚だ。
そういえば小次郎の
月を愛でる
「お前、実は
「さあ、分かりません。船の上にいたそうですので」
「……どういう意味だ?」
「流され子なんですよねえ、僕」
弥五郎は「そうか」と短く返した。
このご
「
「おれと似ているな。おれも
「なるほど、伊豆の人でしたか。だから今朝、伊豆神社の名を聞いて
そこまで言うと、小次郎は「ああ」となにかに気付いたように頷いた。
「
小次郎の口からこぼれでた
「織部を知っているのか」
「ええ。伊豆神社にいたころですが、そこに織部さんはいました。お師様に剣を教えて貰っていたのですが、ある日お師様のところにやってきた剣士に肩を打たれて稽古ができなくなって、それで、伊豆神社に縁がある
「名前も似ているし、なにかしらの
色々と、繋がった。自斎と織部は同門であると同時に、師弟関係にあり、それで弥五郎を紹介したのだ。
弥五郎はふと、東を見やった。
「
「
「うみ、ですか。知っています。淡海より広く、しかも
「さてな、俺は
「からかってます?」
「本当のことだ」
気づけば、弥五郎は小次郎のとなりに腰を下ろしていた。
そういえば、小次郎と話し込んだことはなかったと思う。
それからしばらく。小次郎がようやく眠たくなってきた頃に、弥五郎は小便に行き、小次郎は部屋に戻り床につく。
年下の兄弟子との、穏やかながら楽しい会話であった。
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