第18話 こうして彼は現れた

 鍵のかかっていた入り口をバールで破壊した阿蘇と柊は、特に何の障害も無く教団の建物内に侵入していた。


 手元のスマホで確認した所、どうやら曽根崎と景清は行動を共にしているらしい。ならば、気になるのは一箇所で動かない藤田の方だ。


「どうする? 景清の所へ行ってみる?」


 柊は、阿蘇のスマホを覗き込みながら提案した。彼女が首から下げたネックレスの赤い石が阿蘇の手に当たり、彼は煩わしそうにそれを払いのけた。


「……いや、俺は藤田の所に行くべきだと思う。兄さん達は動いているようだけど、こいつはそうじゃない」

「そ。じゃあ行ってみましょ」

「おいそっちは逆だバカ」


 柊の腕を掴んで止めるが、複数の足跡が近づいてくる音に気づいた阿蘇は、咄嗟に彼女を壁に押し付けた。そして、自分が着ている白装束で彼女を覆う。

 集団が、自分達の背中を駆け抜けていく。阿蘇と柊は、息を殺してやり過ごした。


「……行ったわね」

「そのようだな」

「先頭はシンジと景清だったわよ。景清なんか、変な模様描かれてたし……。結構ピンチじゃないのかしら、アレ」

「出口とは真逆に走って行ったから、何か考えでもあるのかもしれん。それよりお前、よくこんなの持ってたな」


 阿蘇は、自分が着ている白装束と仮面を指差した。フフンと鼻を鳴らし、柊は言う。


「流石ボクでしょ。なんだって抜かりはないんだから」

「おう、すごいすごい」

「何よー、もっと心を込めて褒めなさいよ」

「本当にすごいと思ってるよ。時間が無かったのに、よく準備してる。ほら、早く行くぞ。藤田取っ捕まえて、兄さんを追うんだ」

「ええ。あっちの方ね」

「違ぇっつーの。お前それもうワザとやってるだろ」


 見当違いの方向に突き進もうとする柊の襟首を押さえ、藤田のいる部屋へと足を向ける。


 そうして辿り着いた部屋は、異様な雰囲気を醸し出していた。


「……えらく騒がしいな」

「ええ。中に何人かいるみたいね」


 迷い無くバールで扉の蝶番を外し始めた柊の隣で、阿蘇はうっすら開いた隙間から中の様子を覗いてみた。

 瞬間、息を飲む。


 ろうそくの薄ぼんやりした灯りの中、教団員に囲まれ暴行を受けていたのは、さっきすれ違ったはずの景清だった。


「……なんで……」


 いや、そんなはずはない。確かに、あの時見たのは景清本人だったのだ。

 ならば、彼そっくりの髪型に、彼の服を着たあれは――?


 阿蘇が混乱する中、女のヒステリックな鞭の一打ちにより、教団員達はその人物から離れる。女は人差し指で彼の顔を持ち上げると、何やら喚きだした。


 灯りに照らし出されたその男の左手首に、紫色の石がはめ込まれたブレスレットが光る。

 そこでようやく、阿蘇は全ての事態を悟った。


「……バカ野郎が」


 ――囮なんざ、甥が喜ばねぇような事をやりやがって。


 銃を取り出し、安全装置を外す。その間にも、女は鉄パイプをアイツに向かって振り上げていた。


「柊、一発使うぞ」

「どーぞ」


 言うが早いか、隙間から放たれた銃声が一気に部屋を支配した。阿蘇は白装束を脱ぎ捨て、一目で人を威圧させる警察服を露わにする。同時に扉の蝶番が外れ、柊は力づくでそれを蹴り飛ばして完全に開け放った。


「よぉ」


 部屋にいた全員の注目が集まる中、阿蘇は銃を構えたまま、警察帽を親指で押し上げた。


 視線の先には、生まれて初めて人間の声を聞いたかのような、アイツの目。


「助けに来てやったぞ、ナオ」


 ――せっかく昔のあだ名で返してやったというのに、俺の名を呼んだはずの張本人は顔を妙に歪め、返事の代わりに涙を一つ落としただけだった。









 何が起こったというのだ。


 愛璃は、突然現れた警察官の姿にしばし呆然とした。しかしすぐ立ち直ると、周りの教団員に命令する。


「何をやっているの! 早くこいつを追い出しなさい!」

「し、しかし……!」

「見りゃわかるでしょ、こいつは一人よ! じゃあ殺しなさい! こいつが生きて帰って報告したら、お前達は犯罪者になるのよ!? 早く!!」


 殆どの教団員は動かなかったが、愛璃の言葉を間に受け警察官に襲いかかった者が一人いた。それに彼は素早く体を向けると、躊躇うことなくその足元に発砲する。

 教団員は、目の前で示された絶対的な暴力に、一斉に身を竦めた。


「そう、それでいい」


 警察官は、なおも拳銃を構えたままで冷静に言う。


「傷害の現行犯に、公務執行妨害まで付けたくはねぇだろ。わかったら大人しく俺の言う事を聞け」

「……何よ……」


 なんなのだ、こいつは。突然現れて、場を圧倒して。

 気に入らない。

 やっとここまで来たというのに。


 睨みつける愛璃を無視し、警察官は教団員に語りかける。


「さて、今ここは既に警察に包囲されている。そこの女の言う通り、このままじゃ全員手が後ろに回るだろう。でも、俺としては唆されただけの可哀想なお前らを、女と同じ罪でしょっ引くのはどうかと思うんだ」

「……」


 じっと聞き入る教団員を見て、男は警察官と思えないような悪い笑みを浮かべた。


「……だから、今ならその二人を置いていってくれさえすりゃ、お前らだけは見逃してやるよ」

「なっ……!」


 愛璃は驚いた。だが、教団員は目に見えてソワソワし始めている。愛璃は、必死で鉄パイプを床に叩きつけた。


「嘘よ! こいつは一人よ!お前たち、神の器の母であるアタシを裏切ったらどうなるか……!!」

「こいつらさえ引き渡してくれたら、お前らは善良なる信仰者として報告しといてやる。警察は全員引き上げて、この後何をしようとも目をつぶろう」

「やめろ! 洗脳するな!!」

「うるせぇなお前は。そんなに喚いたら俺の仲間が来ちまうだろが」


 その時、廊下の向こうで男が「こっちだ!」と叫ぶ声と、複数人が廊下を駆けてくる足音が聞こえてきた。跳ねるほど驚く教団員を鋭い目で見つめ、警察官は最終通告をする。


「早く逃げろ! 警察が撤退するまで、別の部屋にでも隠れて地上には出んじゃねぇぞ!」


 それがトドメとなった。教団員は互いを押しのけるように、我先にと壊れた扉から外へ逃げて行った。


「やめなさい! アタシを置いていく気!? 後で全員、お祖父様に言いつけてやるわよ!! 全員、全員!!」

「うるせぇっつってんだろ」


 いつの間にか距離を詰めていた警察官が、愛璃の前髪を乱暴に掴んだ。愛璃は、不愉快なその男から逃れようと身をよじったが、男はビクともしない。


「藤田の拘束を解け。鍵持ってんだろ」

「黙りなさい! 誰に向かって口をきいてると思ってるの!」

「従わねぇなら、全部脱がしてでも無理矢理見つけてやる」


 空いた方の男の手が、愛璃の服を掴む。愛璃は、咄嗟に隠していたナイフで男の顔面を裂こうとした。

 動きを予期していた男はあっさりそれをかわしたが、彼の手が離れた隙に愛璃は弟の所へ走ると、その首に刃を押し当てた。


「そこを一歩も動くんじゃないわよ!動いたら、こいつの首を掻っ切る……!」

「……」

「アタシは本気よ! こいつの命なんか、アタシの命に比べたらどうってこと――」

「お前さぁ」


 凄む愛璃に、男は呆れたように言った。


「俺が飛び道具を持ってること、忘れてるだろ」

「……は?」


 銃声が響いた。右足がガクンと折れ、生温かい液体が床に広がっていく。――私は何をされたのだ。どうして、体に力が入らないのだ。どうして、焼け付くような痛みが――。


「ああああああ!! 痛い、痛い痛い痛い!!」


 愛璃は、右足を撃ち抜かれていた。床に転がり、女とは思えないような悲鳴でのたうち回る。


 なんで、私がこんな目にあわないといけないのだ。

 私は選ばれし者で、その中でも特に尊重されるべき存在なのに。


「この不浄が! 覚えてろ……景清を神にしたら、必ず真っ先に焼いてやる!」

「はいはい、お久しぶりですお姉様。景清君は絶対助けるし、ついでに藤田も貰って帰ります」

「殺してやる! 許されると思うな!」

「もー、なんなの? 一番うるさいのが残ってんだけど」


 ふいに、ハスキーで艶やかな声が割って入ってきた。しかし愛璃がその声の主を確認する前に、後頭部に強い衝撃を受ける。


「え、ダメだった? どう見てもコイツ、ヤバイ奴だったじゃないの」


 遠のく意識の中、驚くほどに悪びれない、あっけらかんとした言葉が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます