第6話 涼香の部屋
「藤田さぁん!」
とあるマンションの一室のドアを開けた瞬間、白いベビードールを身に纏った涼香が飛び出してきた。彼女はそのまま藤田に抱きつき、胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
藤田はというと、慣れた手つきで彼女を抱き止めその背中を撫でた。
「もう大丈夫だよ。オレ達が来たから、安心して」
「でも、私、怖くて……!」
「うん、怖くなくなるまでこうしといてあげる。いくらでも甘えていいよ」
「藤田さん……」
熱っぽい目で藤田を見上げる涼香に、彼は優しく微笑む。……すっかり曽根崎はおいてけぼりである。が、元よりそういった事を意に介さない人間なので、殆ど半裸状態の涼香を藤田に任せ、彼はズカズカ部屋に上がった。
「お邪魔します」
一応、挨拶はした。
部屋の中は可愛らしくまとまっており、所々にクローゼットに入りきらなかったのであろう服がかけてある。何か無いかとざっと見回した所、ふとガラステーブルに置かれていたスマホが目に入った。
それを手に取り、昨日の彼女の姿を思い出す。確か、美知枝が入院している病院名を調べる時に、スマホを操作していたはずだ。その際の彼女の指の動きは――。
よし、解除。
曽根崎は早速中を改める。狙いは死んだ彼女の姉だ。
まずはメッセージアプリに目をつけ、開いてみた。
「……ふむ」
そこにあったのは、涼香とその姉――
気になったのは、ほぼ同時期から美知枝に症状が出ていた点と、それについて朱美がほぼ何も言っていない点だった。おかしな事を言うようになり病院に連れて行ったとあるが、大したことではなく見舞いも不要だと知らせている。
とはいえ、涼香は心配だったのだろう。母に直接電話して症状を聞いており、日々悪化していく病気について朱美に問いただしていた。しかし、朱美はそのお節介がますます母を追い詰めるとして、一週間前を最後に連絡を絶っている。
――もう少し、朱美について知ることはできないだろうか。曽根崎は、次にSNSアプリを開こうとした。
「曽根崎さん?」
だがここで、外にいる藤田から名を呼ばれる。曽根崎はあえて平常心を保ち、返事をした。
「なんだ」
「なんだじゃないでしょ。勝手に上がっちゃだめですよ」
「すまない。私はお呼びじゃないと思ってな」
そう言いながら、涼香のSNSに登録されているフレンドリストを指でスクロールし、残らず頭に叩き込む。時間を稼いでくれているのか、ただ性欲に忠実なだけなのかは定かではないが、藤田は妖艶に続けた。
「お呼びじゃないなんて、そんなこと言わないでください。なんなら三人で楽しみませんか?」
「やめとくよ。私が混ざるのは彼女も歓迎しないだろう」
「大歓迎です! 私、複数って大好きなので!」
「悪いが最近不感症でね。そんな相手じゃ満足できないだろ」
「あ、じゃあ見てるだけでもいいですよ」
良くない。なんだこの色々と不適切な状況は。
曽根崎はそんな事を思ったが、口に出すより手元の作業を優先する。
そしてなんとか元の位置にスマホを置いたとほぼ同時に、二人が部屋に入ってきた。曽根崎は、何食わぬ顔で涼香に問いかける。
「落ち着きましたか?」
「ええ、藤田さんのお陰で」
「それはよかった。では、何があったか話してくれますか?」
「はい、でも、その、えーっと……」
途端に涼香の歯切れが悪くなる。藤田はその辺にあったカーディガンを涼香の肩にかけながら、彼女の代わりに言った。
「夢の中で、お母様がとてもグロテスクな見た目になって出てきたそうです。それで怖くて目が覚めて、落ち着かなくてオレを呼んだと」
「そ、そうなんです。怖かったので、つい……」
「……なんて、ほんとはオレに会いたかっただけじゃないの?」
「あれ、わかっちゃった?」
怒んない? と上目遣いで藤田を見つめ、首に腕を回す涼香。事に及ぶのは構わないが、情報収集ができなくなるのは困るので、曽根崎は慌てて割って入る。
「その見た目はどんなものだったのですか?」
「やだ、もう怖いから忘れちゃいましたよー。でもなんか全身ボロボロで、すごくグロかったです」
「――それでは、次の夢で母が自分の元に来てしまう、と電話でおっしゃった意味について教えていただけますか」
ここが一番重要な所だ。曽根崎は息を凝らして彼女の返事を待ったが、当の涼香は藤田の腕の中で首を傾げながら言った。
「私、そんな事言いました?」
「……え?」
「……あ、もしかしたら寝ぼけてたのかもしれません。すごく怖くて目が覚めて、それで急いで電話かけちゃったから。すいません」
「……」
本当に?
本当に彼女は、ただ寝ぼけただけなのだろうか。
涼香は藤田に甘えるような声で言う。
「藤田さん、もう帰っちゃうの?」
「君が望むなら、今日一日は君のモノになるよ」
「ほんとー? じゃあ一緒にいてよ。もちろんタダでいいから」
「涼香ちゃんは優しいなぁ。あ、曽根崎さんはどうします?」
しなだれかかる涼香の頭を撫でながら、藤田は曽根崎に尋ねた。曽根崎は腰を上げつつ、首を横に振る。
「事務所に帰って調べたい事がある」
「そうですか? なら、また今度ぜひご一緒しましょう」
「機会があればな」
教育上よろしくなさそうな二人を振り返る事なく、曽根崎は部屋を後にした。そしてマンションのエレベーターを待ちながら、一人考える。
嘘のように恐怖が薄れていった彼女と、夢から覚めた直後の彼女が言ったはずの言葉を、脳で反芻させる。それらから導き出される解答は、ただ一つ。
……あくまで、私の推測が当たっていればの話だ。だけど、間違いないのだろう。
――彼女がこうして普通でいられるのは、今日で最後だ。
そうならない為に、どうすればいいか。到着したエレベーターに乗り込みながら、曽根崎は次に取るべき行動を考えていた。
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