あしとりさん
第1話 ワケあり人類愛者の来訪
「君、誰かに似てると言われたことはないか?」
穏やかな休日の昼下がり。窓の外には青空が広がり、時折車の行き交う音が聞こえる。そんな平和を体現したかのような僕の世界に、突然もじゃもじゃ頭が降って湧いた。
こちとらようやく事務所の掃除を終えて一休みしようって時に、なんでやってくるんだよ! ソファーの上から僕の顔を押さえて覗き込んできた曽根崎さんに、思い切りしかめ面をする。
「言われたことないですよ。離してください」
「左目の下の泣きぼくろか? それともわりかし大きな目? 髪型? うーん」
「聞け!」
虹彩すらわからないほど真っ黒な彼の瞳に、怒り顔の僕が映っている。っていうか、近いな。鬱陶しい。今は二人だからまだいいけど、こんなとこ誰かに見られたらあらぬ疑いがかかりかねな――。
ドアが開く音がした。
「あ」
「あ」
「あ」
そこにいたのは、僕のよく知る人物。彼はすっきりと整った顔でじっくり僕らを眺めた後、柔らかい笑みを浮かべた。
「どうぞごゆっくり」
「いやいや待って待って待って誤解です弁解させてちょっと待てコラ!!」
「阿蘇ー、今ダメだ。取り込み中だったよ」
「クソ兄が忙しいワケねぇだろ。早く入れ」
「オーケー。そんなわけでオレも混ぜてもらっていいかな?」
「混ざるな! 誤解だっつってんでしょ!! つーかなんでアンタがここにいるんですか!!」
僕は、久しぶりに見たその男にがなりながら問いかける。しかし、それに答えたのは、後からやってきたこの人だった。
「ああ、俺が連れてきたんだ」
「阿蘇さんが!?」
情報を処理しきれない。なんで、この人と阿蘇さんが知り合いなんだ? っていうか、どうしてこの事務所に?
次から次へと湧く疑問に頭を抱える僕を見て、爽やかなイケメンは微笑んだ。
「久しぶりだね、景清。ところでいつから曽根崎さんとは関係があったの?」
「あるわけねぇだろ! ぶっ殺すぞ!!」
「ああなるほど、誰かに似てると思ったら藤田君だったか。いやあ、謎が解けた」
「アンタも否定しろ!! 何!? まとめて息の根止めた方がいい!?」
「落ち着け景清君」
何となく事態を察した阿蘇さんが、藤田と呼ばれた男を後ろから蹴り飛ばす。彼が呻き声を上げて床に崩れ落ちたのを確認した後、阿蘇さんは曽根崎さんに鋭い眼光を向けた。
「兄さん、状況説明」
「はい。景清君、彼の名は藤田君といって、次の案件の仲介役だ」
「藤田って所はよく知ってます……」
「そうなのか?」
「ええ。僕の母の弟さんなので」
そう。彼こと
会うのはもう五年振りぐらいではないだろうか。
僕の言葉を聞いた阿蘇さんが、驚いたように目を見開いた。
「へえ、そうだったのか。俺とこいつは幼稚園からの腐れ縁なんだよ」
「うわー、そうなんですね。ご愁傷様です」
「おう」
「酷いなぁ。二人ともオレのこと何だと思ってるの」
なおも笑顔で床から顔を持ち上げる藤田さんを、阿蘇さんと二人で冷たく見下ろす。
「腐れ下半身野郎」
「脳髄色欲魔」
「まるで人権の無いあだ名だね」
「日頃の行いのせいでしょ」
「だねぇ」
全くこたえた様子は無いが、それも当然だろう。何を隠そう、彼は人間であれば揺りかごから墓場まで抱けると豪語する、自称“ 性的 ”人類愛者なのだ。
無論、そこに男だとか女だとかそういった垣根は無い。
幸いといっていいのかわからないが、本人の見た目の良さも手伝い、そこそこのコミュニティを作り上げているらしい。だけどマジで突っ込みたくないので、詳しくは知らない。
そんな人が、阿蘇さんと友達だなんて。
……。
「まさか」
「その勘違いを声に出したら景清君でも消し炭にするぞ」
「すいません」
だから察しが良すぎるんだって、この人。素直に頭を下げて、人数分のお茶を淹れに行こうと席を立った。
「ご無沙汰しております、曽根崎さん」
「藤田君も元気そうで何よりだ」
「景清はここで働いてるんですね。良かった。あの子は色々ワケありだから、貴方の元なら安心だ」
「彼は優秀だから、私も助かってるよ」
「早速本題に入りたいんですが――景清のいる前で、この話をしてもいいんですか?」
「命に関わらない事なら構わない」
「その辺は大丈夫かな。結構な怪異……いや、都市伝説だけど」
「まさに私の分野だよ。話してくれ」
「ええ。では、恐れながら」
急須で淹れたお茶を人数分用意し、僕は戻ってきた。藤田さんはもう床に寝転がっておらず、ソファーに座って真剣な顔つきで曽根崎さんに向き合っている。
彼の形の良い唇が動き、一つの言葉を紡ぐ。だけどそれは、いつものふざけたものでは無く、あどけなくも不気味な響きを持っているものだった。
「あしとりさん」
曽根崎さんの口角が上がる。ビビるのが早いぞ、アンタ。
「――とうとう、死人が出たそうです」
藤田さんの後ろで立っていた阿蘇さんが、舌打ちをした。
ああ、また怪異がやってきたのだ。
僕は、言いようがない不安に、お盆を持つ手に力を込めた。
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