番外編 恋する乙女と鈍感男

「で、実際のところ、三条は大江さんの事どう思ってるの?」


 ここは大学構内の食堂。僕は、目の前で大盛りラーメンをすする三条に、開口一番問いかけた。三条は、麺で口の中をいっぱいにしながら親指を立てる。


「うぇっひゃひーほ!」

「食ってから言え」

「めっちゃいい子!」

「他は?」

「他……? あ! 眼鏡似合う!」

「うーん」

「なんだよ」


 ――違うんだよなあ。

 あそこまであからさまな好意を向けられていながら、よく気づかないでいられるもんである。僕は片肘をつき、嘆息した。

 それじゃ次の質問だ。


「三条の好みの女の子のタイプって何?」

「巨乳!」

「ううううん」

「のお姉さん!」

「ぬぬぬぬぬん」

「人の好み聞いといて取る態度じゃなくね?」

「ごめん、あまりにも受け入れられなくて」

「どういう事!?」


 これは、なかなか難しい案件になりそうだ。昨日事務所で起きたことを思い返し、僕はまたため息をついた。







「どうしたらいいんでしょうか……」


 目の前には、ソファーでうつむく女子高生。もう打つ手なしといった様子で、その目はどんよりと曇っていた。

 あれから色々頑張ってアプローチしたものの、ことごとく玉砕し、藁にもすがる思いで僕に相談に来たのだという。

 いや、来られても。


「ちょっと近づいてみても、遠回しに好きって言ってみても、もう全然脈が無いんです!もうヤです!鈍い!」

「そりゃ相手はあの三条だからね……」

「でも、諦めたくなくて……」

「うんうん」

「景清さん、私どうしたらいいでしょう。景清さんなら、その辺り詳しいんじゃないですか?」

「僕、自分から告白した事ないからな」

「うう、恵まれてる…! じゃあどういう事をされたら、ドキッとしたり意識してくれたりしますか?」


 ドキッと? 意識?

 今まで自分のことを好きだと言ってくれた女の子達の顔を思い浮かべ、腕を組んで考える。


「えーと……肩によりかかってきたりとか?」

「ああ、早速難易度が高いっ…! で、でも、それでドキドキしたんですよね?」

「うーん……求められてるんだろうな、とは思えたけど」

「求められてる?」

「あ、いや、ごめん忘れて。そうだな、他は……」


 あれ、思ったより出てこないぞ。僕ってこんな淡白な人間だったっけ。

 弱った。目をキラキラさせてる女子高生が眩しい。困り果て、我関せずといった様子でパソコンに向き合っている曽根崎さんに助けを求めた。


「曽根崎さんは、どう思いますか?」

「私を巻き込むなよ。大体誰かに怒られて終わるんだ、こういった話題は」


 そうだろうな。

 それでも渋々、曽根崎さんは口を開けた。


「……キスの一つでもして真正面から好きだと言ってしまえばいいんだよ。そうすれば確実に思いは伝わるだろ」

「キキキキス!!!?」

「曽根崎さん!!」

「ほら怒るだろ。もう知らんよ、私は」

「無神経が過ぎるんですよ!」

「だから私に聞くなと言っただろ。まどろっこしいことは好きじゃないんだよ」


 確かに、聞く相手を間違えたこっちも悪い。それを言うなら、大江さんが僕に聞くのも違うと思うけど。

 ふと、そういった話題に詳しそうな人間が一人頭をよぎった。だけど、あの人はあまりにも詳しいから逆にダメだ、とすぐさま候補から消し去る。


 しかし、どうしたものか。涙目の大江さんを無下にするわけにもいかず、頭を抱えそうになったその時だった。


「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃん! みんなお待ちかね!柊ちゃんよぉ!」


 ド派手にドアを開けて柊さんが入ってきた。突然の登場に、事務所にいた全員ぽかんと彼女に見とれてしまう。

 柊ちゃんは黒髪をサラリとかき上げ、微笑んだ。


「お熱い視線をありがと。なんとなく話は聞こえてたわ。まったく、こういった話こそボクにすべきでしょ」


 大江さんの目が泳いでいる。気持ちわかるよ。僕もこの人だけには相談したくないもの。


「さ! それじゃ恋の作戦会議を始めるわよ! ズッブズブにみっちゃんに溺れさせてあげるんだから!」


 大江さんをその美麗な顔に引き寄せ、柊ちゃんは人差し指をビシッと天井に突き上げた。

 ――ああ、嫌な予感がする。

 僕と曽根崎さんは顔を見合わせ、同時にがっくりうなだれたのだった。






 それが昨日の話である。僕は、三条を事務所に連れてくるよう柊ちゃんから仰せつかっていた。

 向かう道すがら、三条は怪訝な顔をして僕に尋ねる。


「なんでオレ、景清のバイト先行かなきゃなんねぇの?っていうか、今日家庭教師の日なんだけど」

「ちょっと事務所に人手が足りなくて、大江ちゃんに来てもらってるんだよ。だからついでにそこで勉強もしてもらおうって話」

「なるほど! 効率的だな!」


 ンなわけねぇだろ。疑えよ。

 そうこうしている内に、曽根崎さんの事務所に到着した。


「ここだよ」

「よーし、今日は大政奉還辺りをみっちりやるんだ! 楽しいぞー!」


 意気揚々と階段を上がり、ドアノブに手をかける三条。――果たして、柊ちゃんプロデュースの“ 三条骨抜き大作戦 ”はうまくいくのだろうか。彼女を起用した事が、吉と出るか、凶と出るか……。


 いよいよドアが開く。そこで出迎えてくれたのは――。


「お、おかえりなさいませ! ご主人様!」


 ――ミニスカートのメイド服に身を包んだ、ポニーテールの女の子だった。

 恥ずかしげに頬を染め、ぱっちりした目をこちらに向けている。華奢なスタイルに、かわいらしいメイド服はよく似合っていた。


 いや世界観!!!!


「お、大江ちゃん?」


 三条が、二、三歩後ずさりながら尋ねる。うん、そうなるよ。そりゃそうだよ。

 しかし、三条のアホは僕の想像を遥か超えていた。


「眼鏡かけてなくて大丈夫?」

「そこ!?」

「もしかして無くした? オレ一緒に探すよ?」

「そんなわけあるか! 服! 服見ろ!」

「いつもと雰囲気違うけど可愛いな!」

「嘘だろ!?」


 もっとこう……もっとこう、あるだろ! なんで眼鏡だ! アホか!

 こんな対応されてさぞ大江さんはがっかりしているだろうと顔を上げたら、三条に可愛いと言われたのが嬉しかったのか照れ笑いをしていた。


 お前らお似合いだよ。


「大江君、仕事をサボってもらっていては困る。三条君にお茶を出してくれ」


 いつもより不遜な態度の曽根崎さんが、机の上でふんぞり返りながら言った。ノリノリじゃねぇかオッサン。


「景清君、君もだ。早く仕事に取りかかれ」

「え、僕もですか?」

「勿論。私に味噌汁を作るんだ」

「この環境でも、いつも通り僕はアルバイトするんですね……」

「当然だろ。ああ、今日は制服も用意してある」

「誰が着るか!」


 差し出されたメイド服を曽根崎さんの顔に投げつけ、肩をいからせてキッチンに入る。すぐに、大江さんもやってきた。


「あの、三条さんにお茶を出したくて……」

「あー、今入れるよ。作り置きの緑茶あるからそれ出そう」

「はい、わかりました」

「……酷い目に遭ったね」

「いいえ。こういった服を着るのは初めてなので恥ずかしいですが、三条さんにも可愛いって言ってもらえましたし……」


 そう言い、頬を染める。わー、かわいらしいな。ほんと和む。幸せになってほしい。

 知らぬ間に口元が緩んでいたのか、大江さんも笑い返してくれた。

 和やかな空気がキッチン内に満ちる。だが、そんな時間が長く続くはずはなかった。


「景清君、キッチンはイチャつく所じゃないぞ! そこでは味噌汁を作ることに専念し、出てきてから続きをするんだ」

「イチャついてんの!? 景清め、大江ちゃんのお父さんに言いつけるぞ!」

「イチャついてねぇよ。うるさい男どもだな」

「お前時々キャラ変わるよね!?」


 ひとまず、先に味噌汁を作った方が良さそうだ。大江さんにお茶を持たせ、僕は鍋に水を入れた。







 結局、特に進展は無かった。

 あの後、三条は至って普通に、メイド服姿の大江さんと授業をしていた。様子を見ていたが、やはり要所要所で大江さんに間違いを指摘されているようだ。だけど、二人とも楽しそうだったので、これはこれでいいのだろう。


 その授業も終わった頃、今から帰るという三条に、僕は見送りという名目で外まで呼び出された。


「なんだよ、三条。僕を呼び出して」

「えーとな、いや、うーん。ちょっと言っておきたいことがあって」

「何?」

「……その、さ。なんで今日、大江ちゃんはメイド服だったの?」


 ――他でもない三条を落とす為です。

 とは言えないので、慌ててごまかす。


「実は、今日来てた他のお客さんなんだけど、メイド服が目に入ってないと呼吸が止まる奇病を患ってたんだよ。そんで最初曽根崎さんが着てたんだけど、逆に症状が悪化して死にかけたから、やむなく大江ちゃんにやってもらったんだ」

「ふーん、大変だったんだな」


 信じた! アホで良かった!

 珍しく浮かない顔をしている三条は、僕の安堵に気づくことなく話を続ける。


「……こんな事オレから言うのもアレだけどさ、もうそういう事を大江ちゃんにさせるのは、やめてほしいんだ」

「ああ、うん。お父さんも心配するしね」

「や、そうじゃなくて。まあそれもあるけど、うん……」


 なんだか歯切れが悪い。見ると、三条は腕で顔を隠していた。その隙間から、小さな声が漏れる。


「……なんか、オレが嫌なんだよ」


 彼の耳は、真っ赤だった。


「スカートだって短いし、でもあの子、いい子だから色々そういう目で見られても気づかないかもだろ。オレがいてやれたらいいけど、いや、そうじゃなくても、あの子のあんな姿他の人に見せるのはやっぱダメだと思っちゃって……」

「三条」

「あー、ごめん。全然うまく言えない。何言ってんだろな、オレ」

「さっきまでの言葉、そっくりそのまま大江さんの前でもう一度頼む」

「なんで!?」


 ――どうやら、少しだけ進展はあったようだ。

 無論、それが柊ちゃんの思惑通りかはわからない。だけど、顔が夕焼けの色に染まる三条を見て、僕はからかうように彼を小突いたのだった。




 番外編 完

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