第9話 潜入

「どうもー、見回りの警備員ですー」


 例の倉庫の前に立ち、シャッターをガンガン叩く。阿蘇さんから借りた警察官の制服を着ているので、パッと見は警備員に見えるだろう。


「すいませーん、ここを借りられてる高城さん、いらっしゃいますよねー?ここに人が入って行ってるとの連絡を受けたので、確認しに参りましたー。開けてくれないと警察呼びますよー?」


 勿論そんな目撃情報なんて無い。全部嘘っぱちだ。しかし、本当に人がいないのではないかと疑うほど、中から何の物音もしない。手元の契約書が無ければ、いくつもある倉庫群の中からここを突き止めることなどできなかっただろう。


「高城さーん!」


 そろそろ手が痛くなってきた、そんな時だった。

 シャッターの横にあるドアが開き、 40代後半ぐらいの優しそうな男の人が出てきた。この人が、高城准教授だろうか。


「ちょっと困りますよ。人を中に入れるなら、その旨も書いてもらわないと」


 そう言いながら中の様子が見えないか首を伸ばすも、中は暗く、何もわからなかった。

 しかし、彼の後ろから漏れ出た、どろりとした濃い花の香りが、僕の鼻腔をつく。――ここで間違い無いようだ。

 高城准教授は、困ったように頭をかきつつ笑った。


「いやあ、すいません。今日で倉庫の使用期限が切れるので、生徒と一緒に中の荷物を出してたんです」


 倉庫の外には、運搬用のトラックはおろか、出されているはずの荷物も無かった。

 だけど、それに気づかないフリをして、にこやかに提案する。


「そうなんですか?なら、僕も手伝いますよ。人手は多い方がいいでしょう」

「いやいや!構いませんよ。お忙しいでしょう」

「それが全然。体を動かしたいなと思っていたぐらいですよ」


 断る高城准教授を強引に押しやり、ドアの隙間へ体をねじ込ませる。――どんどん花の香りが強くなる。くらりとしそうになったが、咳を一つして正気を保った。

 突然、体の圧迫感が無くなる。よろけて中に入りながら振り返ると、笑顔の高城准教授が後ろ手に鍵をかけたところだった。


「……高城准教授、どうしてドアに鍵をかけたんですか?」

「ははは、いや何。そこまで中を見たいと言ってくれるなら、ぜひお仲間になってもらいたいと思いまして」

「仲間?」

「そう、彼らの仲間です」


 そして、中を見るように片手で促される。恐る恐る倉庫の中央を見ると、そこには――。


「……なんだ、あの魔法陣」


 倉庫の床いっぱいに、チョークか何かで怪しげな模様が描かれていた。更に異様だったのは、その魔法陣の上に座り込み、無言で煙草を吸い続ける人々。二十人ほどの若い男女が、虚ろな目を天井に向けて煙草を咥えていた。

 近づいてくる高城准教授から後ずさりつつ、疑問を口にする。


「……この二十人は、どうして魔法陣の上で煙草を吸っているんですか」

「あの場所で吸うべきだからですよ」

「魔法陣の意味は何ですか」

「仲間になれば、いずれわかりますよ」

「……見たことのない煙草ですが、もしかしてここで作っていたり?」

「ああ、よく気づきましたね。今はもう使っていませんが、この倉庫の二階で作っていました。今日のパーティーは、その在庫一斉処分といったところでしょうか。まあ、そんな話よりーーー」


 高城准教授は優しげに笑っている。


「今はまず、あなたを手足とするのが先でしょう」


 その言葉に、言い知れぬ違和感を抱いた。その違和感の正体に気付く前に、僕の両腕を二人の男が押さえ込む。


「何するんですか!」

「何って、お仲間になる為の準備ですよ」

「こんな荒っぽい準備があるか!」

「おや、あなたは思っていたより若い方なんですね。大学生ぐらいでしょうか……いや」


 高崎准教授の笑顔が、歪に動いた。


「あなた、私の研究室に来た景清君ですね?」


 ビー玉のような無機質な目に、僕の顔が映る。――やはり、あの時見られていたのだ。その事実に、背筋が凍った。

 高崎准教授は僕を瞳に映したまま、続ける。


「ならば、あなたを落とすのは彼がうってつけでしょうね」


 そして彼は、一人の男の名を呼んだ。それは、僕も知る彼の名だった。


「……三条」


 魔法陣から、三条がぬらりと出てくる。その口には、煙草が咥えられていた。


「三条!僕だ!景清だ!」

「景清……ああ、わかるよ」


 三条は、生気のない目で僕を見る。咥えていた煙草を口から離し、うわ言のように言った。


「あの時は、ちゃんと煙草を勧めてやれなくてごめんな。でも今日来てくれたってことは、煙草を吸いにきてくれたんだろ。ありがとな」

「三条!目を覚ませ!しっかりしろ!」

「大丈夫だよ。ここには皆いるし、煙草を吸って言うことを聞いてれば、安心するから」


 むせかえるような花の匂いだ。――だめだ。匂いだけで、頭がクラクラする。なんで僕こんな弱いんだ、情けねぇ。


「景清」


 三条が、僕に火のついた煙草を差し出す。逃げようとしたが、両脇から男にがっちり掴まれており、身動きすら取れなかった。


「いいじゃん、友達だろ」


 煙草が近づく。――クソ、ここまでか。あとは、阿蘇さん達がうまくやってくれることを期待するしか――。

 諦め、目をつぶった、その時だった。


 ――胸元のポケットに入れたスマホの向こうから、大きく息を吸う音が聞こえた。

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