第8話 僕が行きます

 曽根崎さんは、柊さんに連絡をつけると、すぐどこかへ行ってしまった。結局、彼がどこへ何をしに行って、三条の命が奪われないよう時間稼ぎをするのか教えてもらうことはできなかった。


「余りにも情報が無いから、憶測で動くしかない。それでも、無理だけはするなよ」


 去り際にそんな無茶なことを言っていた。


「あ、今日味噌汁飲んでない」


 どうでもいい話まで思い出してしまった。ほんとにそれどうでもいいだろ。

 余計な回想に額を押さえていると、角を曲がってきた車のライトが僕を照らした。そのまま僕の前で止まったその車から、三人の人物が慌ただしく降りてくる。


「景清君!」


 最初に僕の元へ駆け寄ってきてくれたのは、阿蘇さんだ。非番だったのか、今日は私服である。


「ここに来るまでに柊から話は聞いた。また巻き込まれたんだな」


 その目には、同情の色が浮かんでいる気がしないでもない。そんな阿蘇さんを押し退け、絶世の美女が現れた。


「シンジにしては失態よねぇ。こんな後手に回るなんて」

「柊さん」

「そんな可愛くない呼び方やーよ。ボクの事は柊ちゃんって呼んでちょうだい」

「……この方、何歳ですか?」

「俺の一個下だから26歳」

「何?ちゃん付け不満?」


 小声で阿蘇さんに尋ねたつもりだが、聞こえていたようだ。柊さん――柊ちゃんから凄みのある睨みをくらい、僕は慌てて首を横に振った。

 その後ろから、頭一つ小さな影が覗く。


「景清さん」

「大江さん、来て大丈夫なの?」

「いえ、黙って抜け出してきました」

「え!?いいのそれ!」

「良くないに決まってるでしょ。一瞬でカタつけて帰るわよ」

「俺からも色々言ったんだけど、この子テコでも動きゃしねぇの。責任は柊が全部負うってよ」


 ――そんな一途な恋心一つで、頭のおかしいヤニ中毒者だらけの集団に乗り込ませていいのだろうか。

 考えていることが顔に出ていたのか、大江さんは僕をまっすぐ見て言った。


「確かに、私は阿蘇さんや柊ちゃんみたいに、力があるわけではありません。ですが、複数人相手なら人手も必要ですよね?それならどうか私を使ってください」

「でも、危ないよ」

「承知の上です」

「……大江さんにとって、三条ってそんな頑張れるほどの相手なの?」

「はい」


 眼鏡の向こうの目は、あまりにも澄んでいた。


「……私、あんまり前に出ていける性格じゃなくて、三条さんが家庭教師になってくれるまで友達っていなかったんです」


 大江さんは、俯いた。


「確かに、最初こそ、なんでこの人が来たのだろうって思ったこともありました。家庭教師なのに、私の方が三条さんを教えている事も多々ありましたし」


 やっぱり三条家庭教師できてなかった!金もらっちゃダメだろアイツ!


「……でも、三条さんと話してると、とても楽しかったんです。一つの事柄について、その背景を考えたり、議論したり。気づけば、授業の時間だけじゃなく、三条さんの事も大事な存在だと思うようになっていました」

「……そうなのか」

「はい。それだけじゃなくて、三条さんは――」


 言いかけて、大江さんは頬を染めた。わー、甘酸っぱい。先が気になる。

 しかし、そこで阿蘇さんが肩に手を置いてきた。これ以上の深堀りはやめて、そろそろ作戦を練ろうということだろう。目が怖い。とても怖い。

 そんなわけで、作戦会議が始まった。僕は、彼らが到着するまでに調べておいた倉庫の写真をスマホで見せる。


「今連絡がつかない三条は、恐らくここに拉致されています。相手は複数。かつ、ブラックと呼ばれる煙草により洗脳に近い状態になっていて、話し合いで解決する事は無理だと思われます」

「その中に三条さんがいるんですね……。無事でしょうか」

「殺されてはいないと思う。だけど、煙草で我を失っている可能性は高い」


 その言葉に、大江さんは唇を噛み締めた。そんな彼女の様子に気づいたのか、話題を変えるように阿蘇さんが尋ねる。


「具体的にこの倉庫に何人いるかはわかるか?」

「わかりません」

「中にどんな物が置かれているかも?」

「わかりません。そもそもこの倉庫、それぞれ小さな一軒家ぐらいのサイズはあるんです。倉庫だけじゃなく、会議室や合宿などにも使われています。だから結構長期的に借りる人も多いみたいで……。なので、その時々によって中の物も変わります」

「ここ、三階建てよね?上の窓を割ってこっそり侵入ってのは?」

「できるでしょう。ただ、そこからどうするか……」

「決まってんじゃない。一人残らずのしちゃえばいいのよ!」

「それをやるにも相手が何人か把握しとかないといけないだろ。配置もな」

「面倒くさい男ねぇ。階段上がってきたヤツらを片っ端から叩くんじゃダメなの?」

「ダメに決まってんだろ。逃げられる可能性もある」

「そこは外にアンタがいて、出てきた順にボコりなさい」

「お前の脳みそ暴力で支配されてんの?」


 目を爛々と輝かせる柊ちゃんを、阿蘇さんは呆れ顔で見ている。二人とも腕に覚えがあるのだろうか。なら、その案もありかもしれない。

 しかし、如何せん情報が無い。それならば、取るべき行動は一つだろう。


「――中に何人いて、どんな配置になっているかわかれば、効率的に動くことができますか」

「おう。それぐらいの情報がありゃ、俺と柊でうまく動ける」

「……なら、僕が行きます」

「は?」


 阿蘇さんの顔が心配そうに歪む。彼の目を見つめ、僕は言った。


「僕が中に入り、状況を外に伝えます。阿蘇さん達は、その情報を元に動いてください」

「……景清君、それは危険すぎるんじゃ」

「命を狙われることは無いと思います。悪くて、というか間違いなくそうなるでしょうが、僕が煙草を吸わされるぐらいです。そうなる前に、中の情報を把握します」

「――シンジから聞いたわ。その煙草、中毒になるのにも個人差があるんですってね」

「僕の場合はほんの少量で依存状態になります」

「じゃあダメじゃねぇか」

「だけど、僕がそうなった所で周囲に与える影響はたかが知れています。問題は、阿蘇さんや柊ちゃんが中毒になった場合です」


 大江さんは言わずもがなだよ、と不安そうな彼女にも声をかける。


「……今回の計画の要である二人が戦力から外れるのは、避けたい。だから、僕が行きます」

「でも一瞬で依存状態になるんだろ」

「そうなったら僕の喉に指突っ込んで嘔吐させてください」

「さてはもうやられたな?すまん後で締めとくわあのクソ兄」


 察しが良すぎる阿蘇さんに頭を下げられつつ、具体的な計画の話に移る。何でもかんでも突貫工事だ。それでも、やりきらなきゃいけない。


 ふと、時間稼ぎをしているだろう曽根崎さんが思い浮かんだ。あちらは大丈夫なのだろうか。


 ――信じろと言われたからには、信じるしかないのだ。かぶりを振って彼への心配を打ち消し、目の前の計画に集中することにした。

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