第183話 闘技場の女たち
「ハーディア様。ズマがいます」
「えっ」
小さな驚きの声が漏れる。
感情を露わにするハーディア。
そのまま首を振り、ズマの醜怪な姿を確認するや弾かれたように顔を背けた。
こちらは顔も隠しているから露見しないはずだとハーディアは自分を納得させようとしたが、それでも悍ましい圧迫感はひしひしと迫って来るようだった。
よりにもよって、こんな近くに居合わせてしまうとは。
カチェは考えてみればズマが居ても不思議ではないと気づく。
王都では闘技大会の他に、いくつもの祝典が行われているが、やはり規模や派手さにおいて大闘技大会が一番であろうし、その内容もズマのような暴力と残虐を好む男にはぴったりであった。
ズマは周囲に屈強な男たちを侍らしている。
誰も彼も、荒んだ視線と酷薄な顔をしていた。
カチェは十傑将が幾人か混ざっているのを見つける。
中には王都で襲撃を仕掛けた際に殺しそこねたロシャという男もいる。
以前にも増して凄惨な顔つきになっていた。
そんな男たちが、いずれも刀剣や鉾などを持ち、不審な者がいないか付近を油断なく見回ていた。
さきほど人を食い殺した魔獣より、これら男どもの方がよほど凶悪な怪物と思えるほど毒々しい瘴気を発している。
欲しいまま奪い尽くし、邪魔となれば躊躇いなく数千人でも虐殺するのだから、そう感じるのも当然であった。
その暴虐の渦の中心に座っているのがズマだ。
ハーディアは思わず視線を向けてしまう。
今日も今日とて、酷く不機嫌そうな、他者を常に蔑んだ視線をしていた。
ところが、この顔がハーディアの前では舌なめずりをして卑屈な媚びに歪むのである。
その時、太鼓が連打され、銅鑼は激しい音を奏でる。
騒々しい演奏と共に闘技場へ出てくる集団があった。
総勢三十人ほど。
派手な衣装に、物々しい武器を携えている。
狼の巣穴という
技の駆け引きで観客を沸かせるのが剣闘士の誉であるのに、狼の巣穴は不必要な殺害ばかりを好むという。
また、場外乱闘もお手の物で、対戦相手を事前に恫喝するなど素行も極めて悪質である。
首領の名はデンガドロイ。
もともとは傭兵だったのが剣闘士に鞍替えをして、その後に自分の組合を作り上げるまでになった。
腕っ節が強いだけでなく、それなりに統率能力もあるようだ。
そんな剣闘士たちだが、やることは派手であり、少なくとも臆病ではないため一部からは人気があるらしい。
剣闘士らを率いるデンガドロイだけは馬に乗っていた。
やがて彼らは、どうしたわけかディド・ズマの席へ近づいてきた。
カチェはデンガドロイの面相を凝視する。
欲深く、残忍な顔をしていた。
目玉は興奮しているのに、氷のように冷たい視線をして、酒色に耽っているためか頬には贅肉がついていた。
ハイワンドで処刑した極悪人らが、あんな顔をしていたと思い出す。
ズマは周囲に響く怒鳴り声で、騎乗の主に話しかける。
その声質はどんな男でも無視できない猛り狂った迫力が備わっていた。
「おいっ! デンガドロイ! 負けるんじゃねぇぞ。お前に貸した金、いくらだと思っている! 明日も分からねぇ剣闘士に金を貸すような物好きは俺ぐらいなものだぜ」
デンガドロイは公衆の面前で恥をかかせてくるズマを殺したいほど憎んだが、手綱を握り締めて我慢する。
なにしろ金を借りたのは事実だった。
そして、力でも敵わなかった。
なんと評されようとデンガドロイにとっては勝利だけが全てだった。
悪名は無名に優るのだ。
派手に稼いで遊び暮らすつもりだったのが、つい、やりすぎて同業者から省かれるようになったのが失敗の始まりだ。
辺境の地方都市を巡業して回るなど、ろくな稼ぎにもならずバカらしくてやっていられなかった。
ところが稼ぎの良い興行には入れない。
貯めていた金も蕩尽と百人を上回る手下たちの食い扶持で、あっという間に無くなった。
今更、ひとり傭兵稼業に戻るなどできはしない。
目も眩むような美食と女遊び。
なにより試合での勝利。
捨てられるはずがなかった。
どうしても金の算段が立たず、つい、ズマの手代に金を借りた。
もちろん法外な利息がある。
速やかに、とんでもない額へと膨れ上がった。
返せる見込みなど立つはずもなかった。
そこへきてズマの仲介を経て、内務大臣から声が掛かった。
闘技大会で派手な試合をすれば賞金をくれてやると。
危険な臭いのする依頼だった。
相手は追い詰められた奴隷ども。
つまり本気の奴ら。それも選抜されてくるという。
嫌な相手だったがズマの督促に身の毛がよだった。
踏み倒せる相手じゃない。
返済できないとなればよくて奴隷扱い、下手打てば生きたまま皮を剥ぎ取れて殺される。
選ぶ余裕などなかった。
それでもしぶとく立ち回った。
なるべく有利に戦える条件を王国に飲ませた。
デンガドロイは自分こそ被害者だと信じていた。
卑怯な同業者たちやズマに嵌められた。
屈辱と怒りは抑えられない。
憤怒は対戦相手に向かう。
奴隷どもなど皆殺しにしてやる。
失うわけにはいかないモノばかりだ。
メンツ、這い蹲る手下たち、金と女。
デンガドロイは自分を見下してくるディド・ズマに愛想笑いを浮かべた。
「おぅ。ディド・ズマ殿! まず大船に乗ったつもりでいてくれや。賞金は確実よ。返済の目途もついたってもんよ」
「へっ! 言いやがるな、この野郎! いいか。お前の勝ちに金貨大枚をしこたま賭けているからな。奴隷ごときに負けやがったら承知しねぇぞ!」
ディド・ズマが金を賭ける。
それは負ければ死よりも恐ろしいことになる、という意味でしかない。
実際、ズマは血走った眼を開き、睨みを利かせている。
もし敗北すれば、詫び言や冗談を口にしたところで皮を剥ぎ取る拷問が待っているだけだ。
脅された剣闘士たちは筋金入りの荒くれのはずだが、引き攣るような表情を浮かべたのが状況の悪さを物語る。
カチェもハーディアも血の気が引くような心地だった。
ズマに追い詰められた狂暴なる剣闘士とアベルが戦う破目になった。
普通、試合は見世物であるから死人はそれほど出ない。
だが、今日は別だ。
これは、どちらかが全滅するまで続くのではないか……。
ハーディアはより困難な状況に追い込まれたアベルを思うと痛ましくてならなかった。
未だアベルに対する愛情は少しも薄らいでいない。
むしろ会えないまま、あの群青色の瞳を思い出し、恋とも愛とも感じる想いが濃くなり続けていた。
ズマはデンガドロイを一頻り脅し上げると、ようやく椅子に座る。
十五人ほどの男たちを引き連れているが、座っているのはズマだけで他の手下たちは警護のため前後左右で跪いていた。
ハーディアは王族用の席にいなくて良かったと、そのことについてだけは安堵していた。
もし、そこにいたならズマが放っておくはずがない。
しつこく纏わりついてきただろう。
それも婚約者であるという顔をしてだ。
ハーディアは心で唱える。
私は断じてズマなど許さない、と。
無辜の民衆を虐げ、殺し、奪い、しかもそれら悪業を誇りに思ってさえいる男。
あんな男に妥協してなるものか。
ハーディアが王族のための観覧席に視線を移すと、そこにはランバニア王女がいる。
あの姉とも会いたくなかった。
おそらく政治的地位を守ることに執着しており、自分の競合者となるハーディアを疎ましく思っているようであった。
どうすることもできないまま状況は進む。
ついに三人組の奴隷が姿を現す。
囃し立てるような声、拍手の嵐。
解放と賞金を目当てにした命知らずに対する称賛、あるいは愚か者への嘲笑か。
カチェは目を凝らして奴隷たちを見る。
アベルではなかった。
そうと分かっても心臓は跳ね回るほど動いている。
奴隷も、対する剣闘士も防具は盾と冑だけ。
あとは半袖の
やがて興奮の声が響き渡るなか、三対三の男たちが衝突する。
いきなり奴隷の一人が仰向けに倒れる。
戦槌を使った剣闘士の一撃。盾ごと吹き飛ばされたのだ。
そこを連携した槍使いの剣闘士に狙われた。
股ぐらを一突きされ、倒れていた奴隷は痛みから飛び起きた。
だが、深手らしく白砂の上に真っ赤な血が流れる。
激しい出血、ふらつき、やがて片膝をついたところで両手剣の剣闘士に胸を斬られた。
血飛沫。
悲鳴のような歓声。
「こ、これは……」
カチェは思わず驚きを口にした。
どう考えても奴隷に不利ではないか。
剣闘士たちは同じ
それに闘技場という特異な場所での戦い方も心得ている。
対して奴隷は寄せ集めに違いない。
一対一ならまだしも、三体三ではその不利が倍増するだけだ。
これでは結局のところ、奴隷を殺すだけの見世物ではないか。
背後の観客たちの嘆きが聞こえる。
「あぁ~……こりゃ失敗だな。倍率は奴隷のほうが高かったから乗ってみたのだが」
「デンガドロイの奴め。上手くやりおって」
「いや、最後に生き残った数を当てる賭け方もあるからな」
「奴隷ども、生き残るか?」
残った奴隷二人は当然、激しく抵抗した。
剣をメチャクチャに振り回し、罵声や奇声を発して威嚇する。
だが、相手は歴戦の剣闘士だ。
それもズマに脅され、尻に火のついた輩。
槍で足の甲を突かれて、一人の奴隷が動きを鈍らせる。
休ませずに両手剣と戦槌が襲いかかった。
振り回された槌は胸に衝突。
奴隷は血を吐いて倒れる。
最後の一人も呆気なく殺された。
カチェは呆然としながら、運ばれる死体を見詰める。
無残な骸は隠されず、台のような場所に置かれた。
死んだ数を明示するためであろう。
観客たちは狂騒的に興奮する。
よくあるような、不出来で大袈裟な試合ではなかった。
本物の闘争。
噂に聞く戦場とはこんなものかもしれない、という気にさせられた。
次の組では剣闘士の一人が重傷を負うが、また奴隷は三人とも殺されてしまう。
カチェは冷静になろうとするが、どうしても不安を抑えられない。
しかも、直ぐ傍にいるディド・ズマは下品な罵声を咆えている。
地獄にいる気分だった。
~~~~~~~~~
ついにアベルは広場に出る。
嵐のような歓声が四方八方から渦のように降り注いだ。
まるで戦場の怒号だ。
アベルの両隣にいる奴隷は空気の振動に混乱して、呆然と立ち尽くしている。
気持ちは理解できた。
六万人という途方もない観客たち。
その全てから注目されているかもしれない異常な状況。
身が竦むのも当たり前だった。
アベルは奴隷たちに気合を入れる。
「おいっ! 敵が来るぞ! 相手の武器をよく見ろ」
三人の剣闘士。
二人は盾と剣を構えている。
残りの一人は長い槍を両手で扱っていた。
分かりやすい陣形だった。
槍が攻撃に専念する。
盾と剣を装備した二人は、防御と支援ということだ。
一目で敵は闘技場での戦いを熟知していると察する。
対して奴隷たちは即席の三人組。
武器もおのおのが好きなものを手に取っただけ。
だから奴隷全員が盾と剣の装備を選んでしまった。
「まずは距離を置いて様子見するぞ!」
アベルが怒鳴ると奴隷らは頷く。
奴隷の一人は褐色の肌をした巨漢の男。
身長二メルはありそうだ。
まだ若く二十代半ばぐらいに見えた。
頬の削げた精悍な顔をしていた。
恐怖と戦っているのか血が滲むほど唇を噛んでいる。
気力はあると見た。
もう一人の奴隷は顔をすっかり覆うような冑を被っているため表情が読み取れない。ただ、足運びも覚束ないほど緊張していた。
とてもではないが複雑な命令など理解できる状態ではない。
「横に動け! 走れ!」
アベルの単純な指示を受けて奴隷が付いて来る。
剣闘士たちが追跡してきた。
全員、野獣のような眼つきをしていた。
人殺しに慣れた者だけが持つ視線。
そうやって夢中になって駆けていると観客から罵声が浴びせられるようになった。
「バカ野郎! 追いかけっこを見に来たんじゃねぇぞ!」
「審判者! 戦わせろ!」
殺気立った客たちが怒鳴る。
アベルは毒づく。
「素人が! 黙ってろ!」
だが、激しい歓声に掻き消されて届いているかも定かではない。
とはいえどこかで戦わなくてはならない。
アベルとしては、まずは敵を疲れさせて足並みを乱れさせたかった。
ところが奴隷の一人、冑で顔の見えない男が早くも足を縺れさせて倒れそうだ。
一人でも欠ければ、やはり大幅に不利となる。
見捨てる損は大きい。
アベルは、まともに動けそうな褐色の巨漢に声を掛ける。
「僕はアベル。あんたは」
「コモンディウス」
「戦えるな?」
「まだ死ぬつもりはない!」
コモンディウスの声には生きる気力があった。
巨漢の体、凄まじい筋肉が張り付いている。
「僕が槍を何とかする。頼むぜ!」
アベルは、いきなり反転して剣闘士たちに接近する。
敵の支援担当は二名。それぞれ盾を赤色と黒色に染めていた。
剣闘士は名前を売りたがるので識別のための特徴がある。
槍の男の眼つきが、いっそう険しくなった。
アベルは狙われているのを感じる。
やはり槍が危険だが、全長を見る機会は無かったから間合いがよく分からない。
しかし、幾多の戦いから導いた経験則で、およその見当をつける。
アベルは槍の間合い寸前と思われるあたりで、急に左に移動した。
無意味な動きは一つもしない。
すべて計算し、相手の挙動に対応する。
すると相手の赤い盾を構えた支援担当が一人、前へ飛び出しきた。
少し遅れて槍も歩みを進める。
そうして槍の攻撃圏内に入るや穂先を繰り出してきた。
鋭い突きだ。
アベルはあえて盾で防ぐ。
その気になれば躱せる程度の槍だったが、それは隠しておく。
とたんに赤い盾の剣闘士は猛然と駆けて、アベルの盾を掻い潜るように下段から突いてきた。
狙いは下腹部。
対応困難な位置からの、よく熟練された攻撃。
連携のタイミングも完成されていた。
だが、アベルは予測してある。
伸ばされた剣を刀で弾き、逸らす。
ところが抜け目なく槍がアベルの顔を突いてきた。
ブンッ、という鋭い音。
頬のすぐ横を、恐ろしい勢いで刃物が通過する。
並の戦士なら回避できないような連続攻撃。
だが首を捻り、避けた。
アベルは後退して、荒い呼吸を繰り返す。
必殺の連撃と言ってよい、充分なものだった。
アベルは小さく頷く。
この遣り取りだけで敵の程度が見抜けた。
槍の間合いと癖も把握する。
突く瞬間、力を乗せるために足を踏み込む挙動がある。
巨漢のコモンディウスが気合を叫びながら、黒色の盾を持った男へ横から接近していく。
剣戟が始まる。
刃と刃がぶつかり火花が散った。
コモンディウスの攻撃は速く、力強い。
むしろ押しているぐらいだ。
冑で顔の見えない奴隷は、どうしたらよいのか分からないらしく右往左往するばかりだった。
急速に戦いが白熱してきたせいで観客は大興奮を始める。
ビリビリと声援の振動が伝わってきた。
剣闘士たちがその熱気に応えたのか、じっくりと距離を詰め出した。
だいぶ悪質な剣闘士らしいが、ここで退くとメンツに関わるためか殺意を滾らせている。
――来てみろ!
ぶっ殺してやるぞ!
アベルは勝負に出る。
横移動をすると見せかけて、突然、駆け寄る。
槍の攻撃は、足癖のせいで全て見抜けた。
二回、三回と槍の攻撃を避ける。
槍使いの顔に苛立ちが露わとなる。
今度は赤い盾の剣闘士が近づいてきた。
不用心な、雰囲気に浮かされた接近だ。
アベルは重心を低くさせつつ、魔力を奮い立たせる。
相手の想像を上回る渾身の力で盾をぶつけた。
木製の盾に亀裂が入るほどの激しい打撃。
剣闘士は後方に倒れそうになるほど体勢を崩した。
アベルはがら空きになった太腿へ斬りつける。
骨まで断つような一撃。
裂けた動脈から血が噴き出す。
剣闘士は倒れて悲鳴を上げた。
槍の剣闘士は絶叫しながら突きを繰り返すが、アベルは摺り足と体捌きだけで回避する。
それから奇手として盾を手に持ち、なんと投げつけた。
フリスビーのように飛んで行った盾が槍の男の顔に命中。
打撃としては弱いが、驚いた剣闘士は顔を逸らせている。
アベルは大股で接近する。
穂先の間合いを越えた。
危機を察した剣闘士は槍を反転させて石突を向けるが、アベルは下段から刀を掬い上げる。
切っ先に手ごたえ。
ぼとりと腕が落ちた。
「ひゃぁあぁぁぁ・」
槍使いの悲鳴は直後に途絶える。
アベルの刀が喉を貫いていた。
コモンディウスの方も佳境に入っていた。
彼は、かなりの強者だった。
確かな足運びに、素早い挙動。
なにより膂力に優れている。
盾を鈍器のように、相手を殴るための武器として扱う。
当然、剣闘士も盾で防ぐが、力に明らかな差があった。
どすんどすん、という重たい打撃音とともに剣闘士が左右に揺さぶられている。
アベルは少し驚く。
あれほどのパワーで押されたら、自分でも正面衝突はしたくない。
やがて力負けした剣闘士の盾が横に跳ね飛ばされた。
剣闘士が苦しまぎれに下手な斬撃を仕掛けた。
鈍い攻撃を見逃すコモンディウスではなかった。
逆に斬り払うと剣闘士の腕が半ばまで切断され、武器を落とす。
剣闘士はパニックになって後ずさるが、これまでまともに戦っていなかった冑の男が、猛然と飛び込んできて相手に体当たりを食らわせた。
倒れた相手を滅多刺しにする。
奴隷は三人とも生き残り、剣闘士は全員死亡。
完勝だった。
アベルは溜息を吐き出し、ようやく闘技場を見渡す余裕を持った。
圧巻の光景だった。
全周を覆う丘のような観客席に空席は見当たらない。
通路にすら人が立ち並び、老若男女、ありとあらゆる者が勝者を褒め称える。
大口を開け、何ごとか叫び、アベルを指さしている者も大勢いた。
誇張ではなく、六万人かそれ以上とも思える途方もない数の人間がアベルを見ていた。
一生忘れられないような陶酔感が湧いてきそうになる。
剣闘士となった者が、名誉のために命懸けで戦う理由を知った。
アベルが観客席を見渡していると、最前列に破格というべき豪華な席がある。
鮮やかな薔薇の花が溢れるほど飾られ、白い幔幕で周囲とは分け隔てられていた。
最も高貴なる、王族の席だ。
遠目から見ても美しいと分かる女が一人、座っている。
アベルは歩み寄る。
立ち上がり、バルコニーから身を乗り出さんばかりにさせた女。
長い金髪が陽に輝いている。
ランバニア王女だ。
今日は黒色の長衣を纏っていた。
色香の匂い立つ優雅な体を、くっきりと目立たせていた。
裾のスリットは深く、生々しい太腿の付け根まで見えている。
ランバニアの脚の美しさというのは、やはり特別だった。
アベルも興奮しているせいか、引き締まった肉感的な女の体に、つい眼が吸い寄せられる。
ランバニアは全て見透かしたらしく、ゆっくり裾を閉じて隠した。
挑発的な自信に満ちた笑みを浮かべ、それからアベルへ手を振る。
もっともっと楽しませてほしい、そう言われている気がした。
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