第164話  仄暗き迷宮の囁き




「まぁ、ちょっと落ち着こうぜ」


 アベルは荷物籠を下して蓋を開けた。

 持たされたわりに中身については教えてもらっていない。

 どうやら、だいたい食べ物のようだ。

 

「勝手に食べたぐらいで怒るほどヒエラルクも小さい男じゃないだろ。みんな、食べよう」


 蜂蜜がたっぷり塗られたパンを面々に渡す。

 ドルゴスレンは渋い笑みを浮かべて、豪快に食べた。

 マイヤールとギャレットは途惑ったような表情だったが、顔を見合わせた後に口にする。

 少年リティクは久しぶりの甘味に喜んでいた。


 小休憩しながら相談となる。

 普通に考えれば悪夢的な最悪の状況だ。

 しかも、まだこの悪夢は終わりすら見えない。


 アベルは図らずも仲間になった者たちの顔を見る。

 極限状態では表情や態度に人格が現れるものだ。

 ヒエラルクの弟子たちより、よほどマシな面をしている。

 仲間が信頼できるかどうかは自分自身の生存に直結していた。

   

「さてと。罠に落ちて死なずに済んだのだから最悪ってわけでもないさ。これからどうするか……」

「まずは上を目指すに決まっているだろう」


 そう答えたのはマイヤール。


「いや、それはちょっと待とうぜ。ヒエラルクの性格を考えると勝手に逃げ戻るのだけは許さない気がするんだよな。下手すれば後で処刑されるか、なんにせよ無事には済まない。あいつの目的を叶えて、迷宮から出ることを考えた方がいいと思う」

「アベルよぉ。そうは言うけれど、どうやってあいつらと合流するつもりだ」

「地下三階の邪教神殿跡のあたりで待つ」


 マイヤールとギャレット二人して難しい顔をした。

 それからマイヤールが首を捻り、言うのだった。


「……簡単に言うけれど、地図もないぞ」

「キヌバに借りた時、ざっとだが内容は憶えた」

「へぇ。記憶力は称賛しよう。だが、現在地が分からないのでは意味をなさない。だいたいここは本当に地下三階なのか、ということだ。下手したらもっと下層かもしれない」

「まあね。でも、それは考えても仕方ないだろ」


 それまで黙っていたギャレットが貴族的な面長の顔を頷けて言う。


「合言葉を知っているヒエラルクか魔術師サレムがいないと扉は開けられないことになっている。もし、あいつらが全滅したら俺たちも出してもらえない……」

「そうなったらここに住むか? あんたらのいた牢獄より広いからさ、気の利いた別荘になるだろ」

「ははは。アベル。バカを言うな」

「いくら広くても同居人が魔獣ではな」


 一応、みんな笑っているが、もし手持ちの食糧が尽きたら壁に張り付いている芋虫やら魔獣の肉などを食べるしかなくなる。


 もしも帰り道が完全に分からなくなり、昼も夜も見分けのつかない地下迷宮を彷徨い続けたら正常な精神は失われるに違いなかった。

 方角、時間すら意味はなくなり、ただ出会う魔獣を殺して食らい、生き延び、暗い闇から闇を蠢く魔物のようなモノに成り果てる。

 やがて食われる、その日まで。

 人生の破滅にも色々と種類はあるが、かなり最悪の結末だ。

 

 酷い目に遭う覚悟はしていたが、これはまた思っていたよりさらに悲惨な状況だった。

 こういう時、どうしてもアベルの脳裏に忘れられない面影たちが現れる。

 ガイアケロンとハーディア。

 カチェに両親と妹。

 イース……。

 そして、殺すべき敵たち。

  

 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 動け。

 勇気を絞り出せ。

 探索の再開だ。

 

 まず、迷宮では隊列を組む必要がある。

 この編成はかなり重要だった。

 しくじると全滅に直結する。


 隊の先頭は普通、凄腕の冒険者や斥候職が務める。

 あるいは盗賊や暗殺稼業の技術を身につけた者がその任に当たることもある。

 だが、ここにそうした人物はいない。

 どうにか代役が出来る者は自分ぐらいだとアベルは結論する。


「僕の五歩後ろからマイヤールとギャレットが付いてきてください。真ん中にリティク。最後尾がドルゴスレン殿です。ちなみにドン尻は追跡してきた魔物に襲われやすい位置ですから」

「知っておるわい。儂にも意地がある。魔獣ごときにやられるものか」

「ドルゴスレン殿はどんな武術を嗜まれていますか?」

「棒術、格闘技、刃物なら長剣だな。魔法の才は無いが身体強化なら任せろ」

「マイヤールとギャレットは?」


 マイヤールは火魔術と水魔術の初級を扱えるという答え。

 ギャレットは魔法を使えないが、やはり魔力による身体強化が出来ると言う。

 二人は貴族だけあって剣や武術の教育を受けていた。もっとも、その手にするのは棍棒だが。

 アベルは囚人全員に呼びかける。


「これから前進するけれど、むやみやたらに歩かないでくれ。なるべく僕の足跡を歩くこと。小石一つでも引っ掛けたら音が出る。それで窮地に陥ることもあるだろう。どれだけ用心深くなれるか、集中力を保てるかが勝負だ。いくぞ」


 地下迷宮を進む。

 魔光はあえて消すことにした。

 というのも壁や天井に生えている発光植物により歩くのに不都合はなく、余計な光源を放っていると、むしろ魔物を誘き寄せることになる恐れがあった。

 

 それでも人数がいるなら灯りを使うのも手であったが、今や忍び足で、なるべく戦いを避けつつ移動しなければならない。

 やり方は変えてみるべきだった。

 

 歩きながらアベルは色々と考える。

 魔獣の対処は両親とライカナ、イースから教えてもらった。

 それに旅の途中、野獣や動物を狩った経験も積んだ。

 とはいえ魔獣は手強い敵だ。


 その特徴は貪欲な攻撃性や執着性にある。

 動物などでは人間の気配を感じると素早く逃げる種類がほとんどだが、魔獣の場合は好んで攻撃をしてくる。

 待ち伏せをして、不意に襲ってくることもよくあった。

 

 本当なら周到に装備なども揃えるはずなのだが、あまりにも貧弱ななまま迷宮に放り込まれている。

 鎧などの防具は皆無。

 戦えば、容易に致命傷を負わされる可能性が高い。

 本当なら戦闘は避けたいが、どうにもならない。


 すると迷宮の奥に広がる暗闇の向こうから、何か音を感じた。

 アベルは背後に手で合図を送った。

 じっと静かにしていると犬の走る音のようなものが聞こえる。

 荷物を降ろして待ち構えた。


 ぼんやりとした光に照らされ浮き上がってきたのは、眼が六つもついた四つ足。黒い狼に似た魔獣だった。

 二匹いる。


 魔獣は躊躇ためらいなく、凄味のある唸り声と共にアベルへ襲い掛かって来た。

 連携のとれた動き。

 一匹は足元から走り寄り、もう一匹はジャンプで飛び込んでくる。

 同時攻撃だ。


 咄嗟にアベルは右手に握る石を投げつける。

 足元から駆け寄って来た六つ眼狼の鼻面に命中。

 魔獣が痛みで怯む。


 だが、もう一匹が飛び込んでくる。

 アベルは体ごと転がり跳躍攻撃を避けた。

 直後、ダガーを手にして接近。

 偽攻撃として空の手を振ると魔獣は引っ掛かった。


 手に噛みついてきた六つ眼狼の顔面にダガーをぶちこむ。 

 切っ先が眼に突き刺さった。

 だが、致命傷にならず暴れ回る。

 そこを背後からドルゴスレンが棍棒で叩く。

 力の入った一撃。

 狼の体がひしゃげる。

 アベルは踏み出してダガーを首筋に何度も突き入れた。

 確実に殺した。


 残る一匹はマイヤールとギャレットが牽制をしてくれる。

 睨み合いになっているところでアベルが炎弾を撃ち込む。

 狼は素早く回避したが、これは予想できていた。


 炎弾が狼の背後で爆発した瞬間、アベルは歯を食い縛り猛然と襲い掛かる。

 六つ眼狼は繰り出されるアベルの腕に噛みつこうとしてくるが、動きを読んで鼻をダガーで斬りつける。

 確かな手ごたえ。

 魔獣が痛みで転げ回る。

 そこを囚人たちが一斉に近寄り棍棒で滅多打ち。

 魔獣はしぶとく暴れ回っていたが、囲んでしまえば後は時間の問題だった。


 マイヤールが死角から棍棒を振り抜く。

 狼の後ろ足が圧し折れる。

 連打を浴びせられた魔獣が苦しげな鳴き声を出し、血を流し、痙攣を起こした。

 止めの乱打で頭を潰すと、やっと死ぬ。

 

 アベルは深く息を吐く。

 緊張と興奮で汗が流れた。

 なんとか損害なしに戦いを終えられた。

 ドルゴスレンが強面の顔を緩め、本当に感心した様子で語りかけて来た。


「アベルよ。素晴らしい戦いぶりだ。先頭のお前がこれほどの動きをしてくれたから無事に済んだ。普通ならもっと酷い戦いになっているだろう。これ以上、人数は減らせぬ」

「皆も上手く戦ってくれてますよ。まぁ、先は長いので安心できませんけれど」

「儂が将であったなら、お前ほどの戦士は間違っても人足などさせないが」

「ドルゴスレン殿がもう一度将軍になったら、その時は出世させてください」


 もちろん、それは軽口であったのだがドルゴスレンは真顔になり、瞬きも忘れて黙ってしまった。

 それから、ぼそりと言う。


「儂もまだ諦めていないのだ。このまま殺されるつもりはない……」


 もはや初老のドルゴスレンは地位も名誉も全て失った。

 年齢や状況を考えれば心折れ、再起する力など枯れているところだが、胸中には尽きない憤怒が滾っているらしい。


「アベル。お前もだな」


 頷き、答える。

 今は口に出せないが、どうしてもやらなくてはならない。

 イズファヤート王を殺す。

 絶対にだ。


 

 それから殺したばかりの六つ眼狼の死体を少し調べてみる。

 動物とは比べ物にならない剛毛で、鈍らな刀などで斬りつけても効果が薄いほどと思える。

 だから突くしかない。

 急所の眼と鼻を狙ったのは正解だったわけだ。

 どんな相手でも感覚器官というのは鍛えようがなく弱点である。


 余裕さえあれば毛皮を剥ぎ取り、肉などは回収するのも手なのだが今は時間が惜しい。

 死体を置いて前進再開だ。


 この迷宮というものは直線的な通路が、ただ伸びているだけではなかった。

 よく見ると側壁には窪みや小空間が無数にあるし、床にも穴がある。

 大きな岩もそこかしこに転がっているから、どこに危険な魔物が潜んでいるか分かったものではなかった。


 丁寧に探索すれば財宝や有用な道具が落ちているかもしれないが、先を急ぐ。

 アベルはどうにも嫌な予感を得ていた。 

 

 音や足先の感触は特に重要だった。

 いきなり踏み締めるような歩行は絶対にやらない。

 爪先か踵を、じわりと接地させる。

 もし落とし罠があったとしても、この歩き方なら回避できる。


 仄暗い迷宮の囁きを丹念に聴き取り、さらに対話するように、ゆっくり輪郭を探りながら進んでいった。

 眼、鼻、耳、口、皮膚、それらから得られる情報を一つに纏め上げ、五感を超えたものへと昇華させる。

 すると、眼では捉えられないはずの暗闇の先、微細な動きが何となく感じられる気がした。


 迷宮を沈黙のうちに移動していると、様々な音が聞こえてくる。

 何かの羽ばたきが頭上を旋回していた。

 大蝙蝠の類らしい。


 たかが蝙蝠でも人間の上半身ほどはあって衝突されたら骨ぐらいは折られるかもしれない。

 やつに狡猾な知恵があるなれば目などを狙ってくる可能性もあった。

 待ち構えていると、大蝙蝠は突然と動きを変えて小柄なリティクに急接近した。

 

 だが、ギャレットが棍棒で迎撃。

 激しい音がして蝙蝠は打ち落とされる。

 ぎいぃ、という耳障りな悲鳴。

 ドルゴスレンが足で踏み潰し、止めを刺した。

 的確に最弱のリティクを狙ったあたり、やはり油断できない。

 自分が標的にされたと理解した少年は恐怖で顔を強張らせていた。


 さらに進むにつれて湿気が増してきた。

 嗅覚は水の臭いを感じる。

 アベルは足元を観察した。


 ぼんやりと発光する苔や茸が床、壁、天井にも生えている。

 床には魔物の歩いた跡があるかもしれない。

 その足跡をよく見分ければ、それがどれぐらいの体格であるのか、どんな種類の魔物なのか推測できる。

 

 足音を厳重に抑えて慎重に進み続けると、どうも行く手に広い空間があるようだ。

 アベルは仲間らに止まって動かないよう指示した。

 忍び足に慣れてないと、どうしても音が出てしまう。


 見つかる前に敵を確認すれば対策を考えることが出来る。

 先に発見されるわけにはいかない。

 荷物を降ろし、ここからは単独で行く。


 ゆっくり歩き、足音と気配を可能な限り減らす。

 湧き上がる恐怖心を押さえつけた。


 視力だけに頼らず、周囲の音を漏らさず捉える。

 眼だけに頼っていると、ついつい他の情報を取り逃がしてちょっとした変化を見過ごす。

 そして、重要な兆候というのは大抵、ほんの些細なものでしかない。


 単独で歩んだ先にあるもの……微光が照らす空間には水面が広がっていた。

 湖というほど大きくはない。

 ささやかな沼というような規模だ。

 

 その沼の横を通り抜けた先に迷宮は続いている。

 迂回は出来ない。

 黒く濁った沼へ、さらに接近した。 


 アベルの感覚は酷く危険を訴えていた。

 水中はまるで見えない。

 水際……泥や苔がやけに乱れた場所がいくつもあった。

 おかしい。

 想像する。


 水を求めて様々な魔物が沼へ近づく。

 そこで突然、襲われる。

 暴れるが、真っ黒な沼に引き摺り込まれて……。


 一度、引き返して相談しよう。

 背を向けて移動する気にならず、後ずさりを始めた時だった。

 水面が、ゆらりと波打った。


 アベルは身を固まらせる。

 凝視していると、沼から丸い眼球だけが浮上した。

 爬虫類の特徴をした縦長の虹彩。

 視線が、ぶつかる。


 見つけられた。

 沼がざわつく。

 危険……どころではない。

 チリチリと肌を刺してくるような感覚。


 アベルは迷わず魔力を振り絞る。

 これは待ち伏せだ。

 きっと沼の魔物は、いままで無数に食らい続けて来た強者だ。

 機会を逃さず、弱肉強食で常に生き残ったような。


 後方に跳躍しながら、さらに魔力を練り上げる。

 すると水面から噴射のように水飛沫が上がり、身を出してきたのは巨大な蛙。

 全長は二メルより大きい。

 体色は真っ青。


 アベルの頭上に魔素が寄り集まり、光を発する。

 急激に紡錘形の塊へと転じ、近くにいるだけで焼けるような放射熱を出す。

 この距離で、爆閃飛の速さを躱せるはずはない。


 赤い熱弾が迷宮の闇を引き裂く。

 突然、水壁が現れて衝突。

 水蒸気が散り、魔法は中和される。


――防御魔法か!?


 アベルは爆風から逃れるつもりで伏せていたが、無駄になる。

 沼から、さらにもう一匹が這い出て来た。

 状況はどんどん悪化していく。


「何だ……あれ」


 異様だった。

 そいつも大蛙なのだが、腕と手が人間のそれとしか見えない。

 しかも、魔術師が持つような錫杖を掴んでいる。

 体色は赤と黒がマダラになっていた。


 その錫杖を持ったマダラの大蛙は、ぐっぐっぐっ、という笑い声にしか聞こえない音を喉から発する。

 どうやら本当に笑っているみたいだった。

 バケモノの顔は愉悦に歪んでいる。


 子供のころ、アイラとウォルターが雪の降る夜に教えてくれた。

 魔物のなかには魔法や未知の術を使ってくる種族がいると。

 数十年、あるいは数百年も生き永らえて来たそういう奴は信じられないほど強い。


 わざわざ戦うような相手ではないから、よほどの意味がない限りは逃げるのだと言う。

 それでも度胸試しだと豪語して冒険者たちが挑み、そのまま消息不明になることは数知れないと……。


 青蛙の方が、たった一回の跳躍で距離を大幅に詰めてきた。

 アベルは後方に飛びずさる。

 青蛙の大きな口が開き、よく見えないほど素早く何かが放たれた。

 咄嗟に左腕で顔を守る。

 舌だった。


 長い鞭のような舌が左腕に絡まる。 

 何か、ずっと前に同じような目に遭った。

 あの時は体ごと飲み込まれて、それを逆手に腹の中で魔法を使ってやったのだ。


 また飲み込まれても落ち着いて対処してやる。

 そうアベルは思っていたが、次の瞬間、腕を捉えた舌は撓り、体は直上に持ち上げられる。

 そのまま天井にぶつけられ、さらに加速度を増して床に衝突させられた。


「がはっ……!」


 体全体に激しい衝撃が走る。

 気が遠くなるほどの痛み。

 頭だけは右腕で守ったから失神寸前で持ちこたえたが、考えが甘すぎた。

 慌ててダガーを腕に絡まる舌に突き刺す。


「ゲエコッ」


 悲鳴も蛙らしかった。

 青蛙が堪らず舌を引っ込める。

 アベルがさらに後退しようとした時、錫杖を持った蛙から強い魔力を感じる。

 魔法だ。


――やばい!


 マダラの奴が行使してきたのは氷槍だった。

 しかも、連発。

 一発目はダガーで弾き、二発目は転がって避けたが、三発目が太腿に当たってしまった。

 防具がないため、大腿筋に深く突き刺さる。

 激痛。

 これではまともに歩けない。

 

 青蛙が舌を伸ばしてアベルの首を的確に絡めとる。

 ぎりぎりと万力のように強く締まり息が出来ない。

 ダガーで刺そうとしたものの力が入れにくく浅い攻撃になった。

 蛙の舌が蠢く。

 このまま再度、壁にぶつけられたら耐えきれるか分からない。


――こっちも魔法だ。

  いや、防がれるか。

  それでもやるしかない!


 魔力を急激に加速させる。

 舌はますます猛烈に締まって、首を圧し折ろうとしてきた。

 ダガーによる刺突と魔法攻撃。

 これを同時に繰り出さないと効果がない。


 だが、太腿の傷が深すぎた。

 出血も酷く、痛みで動かせない。

 治す余裕もない。

 視界が歪んできた。


 その時、アベルの横を誰かが駆け抜けていった。

 少年リティクだった。

 しかも、炎弾を掌の上に創っている。

 青蛙に向かって放った。

 

 水壁が立つ。

 炎弾と相殺されて無効化されるが、駆け付けて来たドルゴスレンがアベルを捕らえる舌を棍棒でぶん殴る。

 驚いたように舌が引っ込む。

 さらにマイヤールとギャレットがアベルを守ってくれた。


「ああっ、酷い傷だ!」


 マイヤールが絶望的な顔で叫ぶ。


「僕のことはいいから、あのバケモノどもに注意しろ!」


 アベルは治癒魔術に全力を傾ける。

 氷の槍を両手で掴み、歯を食い縛って引き抜いた。

 途端に血が噴き出る。

 間髪入れずに、掌の淡い光を傷口に注ぎ込んだ。

 見る見るうちに傷が塞がっていく。


「えっ! アベル、そんな強力な治療魔術が……」

「ふざけやがって! 糞蛙ども!」


 激怒と復讐心が混じり合う。

 立ち上がってダガーを構え、前に走った。

 リティクは何も言わなかったが彼は魔法が使えたのだ。


 やるじゃないかと思う。

 切り札は、誰にも言わないものだ。

 それでいい。


 ドルゴスレンの大きな体に隠れてリティクは炎弾を再度、発現させていた。

 青蛙の舌が鋭く伸ばされ、ドルゴスレンが棍棒で防ぐ。

 リティクは炎弾を放つが、やはり水壁で無効化されてしまった。

 アベルが駆けつけて少年の様子を見ると、魔力の使い過ぎで消耗したらしく息が荒い。


「アベル殿。ご無事ですか……」

「ああ。おかげで助かったぜ」


 アベルはドルゴスレンに並ぶ。

 バケモノ蛙らを睨みつけた。

 魔法を繰り返し行使してくる錫杖を持った蛙は、明らかに邪悪な知性を感じさせる。

 げっげっげっ、と不気味に笑っていた。


「ぶっ殺してやる!」


 アベルは足を踏み出した。


 

 

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